4 斎藤君
配送業者の斎藤君は十九歳。
キカワ金属に毎日通って来るドライバー兼配達員だ。
夏川レイは初めて斎藤君を見た時、(こんな男性が現実の世界にいるんだ)と驚いた。
ゆるふわパーマの明るい茶髪。優し気なタレ目。力仕事をしてるはずなのに華奢な体つき。テレビやネットで見る韓国のアイドルみたいだった。
ウジェ王国ならば「貴様それでも男かっ!ええい、俺が鍛えてくれるわ!」と兄たちが鼻息を荒くしそうな弱弱しい見た目だ。
その斎藤君がレイの弁当を覗き込んで話しかけてきたことがあった。
「レイさん、今日もお弁当なんスね。しかも大量」
「はい。私、大食いなので」
「それだけ食べて太らないなんて、もはやミステリーッスね」
「あはは。ほんとにね」
レイの弁当箱は男子高校生が愛用する金属製大容量タイプだ。
その日のお弁当は全面に白米を詰め、上には豚肉とキャベツとピーマンの甘辛炒め、煎り玉子、鮭フレークがぎっしり載せてある。レイは彩り的には合格だと思っているが「量だけでなく盛り付けまで男子高校生のお弁当みたいね」とキカワの従業員さんたちに言われる。
母国にいる時は料理は料理人の仕事だったので、自炊は全くの未経験だった。だがこの国では家に料理人が常駐してる家などほぼない。
仕方なく本を読んで覚えたのだが、我ながら料理のセンスがある、と自負している。レイは基本、自己評価は低くない。
「いいなあ、美味しそうだなぁ」
「ひと口食べますか?」
「いいんスか?じゃ、遠慮なく」
事務机の引き出しに常備してあるプラスチックスプーンと弁当箱を差し出すと、斎藤君は煎り玉子と下の白米を一緒にすくって口に入れた。モグモグしてすぐに目を丸くする。
「ん-。美味いス。レイさん、美人で料理も上手いなんて、いいお嫁さんになりそうスね」
「ありがとう」
こんなの社交辞令だとわかっていても、ちょっと嬉しいと思う。それ以来、レイは少しだけ斎藤君が気になった。
「脆弱そうな人だから私の治癒魔法で健康を保ってあげたい」
「毎日料理をたっぷり食べさせて体格を良くしてあげたい」
「年下を甘やかすのも楽しそうでいい」
などと想像して楽しんでいたのだが、ある日、衝撃の事実を知る。
斎藤君がキカワ金属のパートの女性と会話してる最中に
「今日は息子の誕生日なんで、おもちゃ買って帰るんス」
と言ったのだ。
「あら、おめでとう。何歳になるの?」
「二歳スね。手がかかるんで奥さんが大変そうス」
「わかるわあ、二歳は大変よね」
(ゆるふわのリスみたいなあなたが既婚? しかも子どもまでいるの? その若さで?)
「想像できない」
「ん? なんか言ったスか?レイさん」
「いえ、なにも。斎藤君、結婚してたのね」
「はい! でき婚ス。男としてケジメつけたス」
そこにパートさんが口を挟んだ。
「レイちゃん、斎藤君はね、こう見えてもちょっと前まで暴走族の副長だったんだってよ。信じられる?」
「あはは、それ茨城に居た頃の話スよ。若気の至りスから。今は真面目な好青年スよ」
レイは「そうなのね」と言いながら豚肉の味が染みた白米を口に運ぶ。(このゆるふわ君が父親……)(暴走族ってなんだったっけ)と考えながら。
「斎藤君、レイちゃんに見せてあげなよ、あの写真」
「ええ? あれスか?ちょっと恥ずいスよ」
そう言いながらもスマホを操作して画面をレイに向ける。そこには細く剃った眉、艶のない金髪のオールバック、中指を立てながらこちらを睨んでいる柄の悪い少年がいた。
「これ、斎藤君なの?」
「そうス。もう昔の話スね。四年前スから」
レイは「四年前は最近ですよ」と苦笑する。
ゆるふわ君にはキスも未経験でいてほしかった、などと勝手なことを思ってしまう。
「レイさんはどんな人が好みスか?」
「私ですか? ん-、親が……」
親が選んだ人なら誰でもいい、と言いかけてから「過去の記憶が無い」という設定を思い出して、そっと口を閉じた。
口を閉じたレイを見て中田部長が急いで話題を変えて、そこからはプロ野球の話になった。
なんとなく心の元気がないまま帰宅する。
帰り道、母猫が子猫を口に咥えて運んでいるのを見た。母猫も子猫も毛艶が悪かった。
「病気かしら」
辺りを見回してからしゃがみ込み、そっと二匹まとめて治癒魔法をかけた。
「治癒」
二匹の猫の体からパタパタとノミが落ちた。害を為す物を排除する魔法をかけたのだが、ノミの他にも寄生虫もいたかもしれない。そちらは明日くらいに排出されるだろう。
「バイバイ」
ビルとビルの間の細い隙間に入って行く猫の親子を見送ってアパートに戻った。途中のコンビニでシュークリームを二個買った。
恋とも言えない淡い思いは形になる前に砕け散ったが、日本の美味しいスイーツが心を癒してくれる。
「ん-、おいしっ。コンビニスイーツ最高。この世界も日本も最高っ」
いつでも前向きな魔法使いである。