3 占い
「お客様はどのようなことを占ってほしいのでしょう」
「今悩んでいることをやめるべきか、続けるべきか、かな」
「では、手をお借りします」
レイは男性の右手を自分の左手に載せ、そこに自分の右手を載せる。レイの手で相手の手を挟む形だ。そして口の中で「透視」と声に出さずにつぶやいた。
相手の全身を見る。男性の胃の少し下、この世界でいうところの十二指腸が赤く光る。
場所を確認して再び口の動きだけで「治癒」と唱える。魔力は糸のように細く出す。完治はさせない。そんなことをしたら騒ぎになる。
「そうですねえ、長い目で見ればどちらも良い結果につながりますね。やめれば心が穏やかになりますし、続ければいずれは良い利益を生むかもしれません」
答えとしては大変にいい加減。でも相手もレイの答えなんて望んでない。この店の占いの客は皆「あの店の占い師に手を触ってもらうと少しだけ体調が良くなる」と聞いてやってくるのだ。それをあからさまに言ってしまうと法律に触れるから一応占いの形にしている。料金は占い代金二千円。
三分ほどこうして治癒魔法で相手の状態を少しだけ改善して終わり。
肩こりや筋肉疲労からくる腰痛ならその場でたいていは治る。運動しなければ再発するけれど、二千円で束の間の快適さを買ってもらうのだ。
「おお。腹の重苦しさが取れたよ」
「お悩みが解決したら心も晴れますから」
治癒魔法は万能ではないけれど、この程度なら簡単だ。男性は笑顔で帰って行った。
「ママ、焼うどんとビール、それとぬか漬けもお願いします」
「はあい」
昼遅くに三人前のお弁当を食べたけれど、今日は結構魔力を消費したから食欲がある。レイはベール付きの帽子を脱ぎ、香ばしい焼うどんを食べながら冷えたビールを飲む。由紀子ママの作る焼うどんは味が濃い目で食が進む。
最初に見た時はうどんの上で揺れ動く鰹節に恐怖を感じたけど、(ん?生きてるわけじゃないのか)とわかってからは鰹節が大好きになった。
冷えたビールの合間に食べる糠漬けも最高だ。この国は食べ物飲み物がやたらに美味しい。
「レイちゃん、ありがとうね。さっきのお客さん、ボトル入れていってくれたわ」
「そうなの?多分また来るはずだから常連さんになってくれるといいわね」
「助かる。このご時世、一人でもお客は欲しいもの。あの人、お金持ってそうだったし」
「うふふ」
由紀子ママとはスーパー銭湯で出会った。
当時レイは母国にはなかったスーパー銭湯にはまっていた。その存在は勤め先のパートの女性から教えてもらったのだ。
「レイちゃん、スーパー銭湯に行ったことないの?二千円しないで極楽を味わえるのよ。私、休みの日は必ず行くの。小さいお風呂では味わえない気持ちよさよ」
「使い方がわからないです」
「教えてあげるわよ」
レイはパートの女性に丁寧にお風呂のマナーを教えてもらい、アパートから一番近いスーパー銭湯に行き、一度で夢中になったのだ。食費を節約しても行く価値があると思った。
ある日、湯上りにビールを飲んでいたら、隣に座ってお刺身定食を食べていた女性が「痛っ」と小さく何度も声に出していた。それが由紀子ママ。
レイが我慢できずに「どこか痛いんですか?」と話しかけたのが親しくなったきっかけだ。
「五十肩でね。右肩がやっと治ったと思ったら、ちょっと前から今度は左肩が痛み出しちゃって」
「私、すこし触ってもいいですか?」
由紀子ママはとても怪しんでいたけど、お金は取らないと言うと「いいけど」と触らせてくれた。結果から言うと肩はその場で痛みが取れた。
喜んだ由紀子ママはその場でビールをご馳走してくれただけでなく、店に呼んでくれて、焼うどんとビールをご馳走してくれた。そこから由紀子ママとの付き合いが始まったのだ。
日本の法律は非常に細かい。
この国に来てからレイはずっと法に触れないように神経を使っている。保護施設にいた時は自由に使えるパソコンで気になることは片っ端から調べまくっていた。スマホを使えるようになってからは高い利用料も自己防衛料と割り切ってスマホで検索して調べていたし、今も調べている。言語に全く不自由しないのは召喚魔法のおかげだろうか。
(何しろ私はある日突然この国の人間になった経歴のわからない怪しい人物だからね)
行方不明者リストにもない、捜索依頼も出されていない、記憶もないと主張している、きわめて怪しい経歴の人間なのだ。この上犯罪歴が加算されたら生きづらくなる。せっかく豊かで安全な国に来たのに。そんな事態は避けたい。
由紀子ママは面倒見の良い性格なのと、店の売り上げアップのためにレイに占いの場所を提供している。少しずつ噂が噂を呼んで、レイの占いという名の治癒魔法は人気が出た。
後日、あの裕福そうな男性は、また占いの客になった。
「一か月は良かったんだけどね、また腹が痛みだしてね」
「今日のお悩みはなんでしょう」
「そうだねえ、息子がいつまでも結婚しないことかな」
「では右手を私の手のひらに載せてください」
今夜も二千円を三分で稼ぐ。今日は三人の予約が入っているから、九分で六千円の儲けだ。収入を得られて魔力も放出できる。ママにも客にも喜んでもらえる。いいことばかり。
最近のレイの悩みは、この領収書を切らない収入を正直に申告するには青色申告の開業届けと面倒な記帳の作業が必要、というところだ。だが仕方ない。
とにかく無難に、法に触れないように。
聖女として一生を拘束されるよりはまし、と最近は「青色申告の手引き」を真面目に読む魔法使いである。