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聖女はとっくに召喚されている。日本に。【コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 魔法使い、日本に放り込まれる
23/91

23 春に去る鳥

 夏川レイは今、親水公園で野鳥の観察をしている。

 一緒にいるのはスナック由紀子で知り合ったご老人の滝田。滝田は野鳥観察が趣味で、レイが野鳥に全く疎いのを知ると熱心に誘ってくれたのだ。


 レイはさっきから双眼鏡を目に当てたり外したりを繰り返している。

 不思議なことに双眼鏡を通すと見えなくなるものがいた。あの黒いものではなく、半透明の人間みたいな、でもあの小さい人間とは違うものだ。いつものあれよりは大きい。人の手のひらくらいの大きさだ。


「レイちゃん、あそこの鳥を見ていてごらん」

「見てます見てます。すごく長い時間水に潜ってますけど、大丈夫なのかしら」

「カイツブリは潜るのが得意なんだよ」

「あっ、その近くにいるのは知ってます。鴨ですよね。ニュースで雛を連れて歩いてるのを見ました」

「そうそう。もうすぐいなくなる」

「どこに行くんです?」

「北だよ。日本の夏は暑くて苦手なんだろう」


 鴨の周りをふわふわ浮いている小さい人には羽がある。最初見た時は(天使? 日本には天使がいるの?)と思ったものだ。


 突然鴨の一羽が飛び立った。

 飛び立って上空をうねるように大きく旋回している。

 鴨が飛び立つ時、羽の生えている小さい人の数人がレイに向かって笑って手を振ったように見えた。(あの小さい人に感情があるの?)と驚いて何も反応できなかった。

 レイの部屋にいるテーブルヤシの小さい人は笑っているのを見たことがなく、新鮮だった。


「またね!また来てね!」


 思わず声を張り上げて腕を振ってしまった。

 ハッと横を見ると、滝田が微笑ましい物を見るような顔で自分を見ていた。

 次々他の鴨も飛びたち、最初の鴨に合流する。たちまち鴨の群れは二十羽ほどになった。矢印の形になり、北に向かって高度を上げながら小さくなっていく。


「いいものが見られたな。渡りの瞬間に出会えた。彼らは秋になったら帰って来るよ」

「そうなんですね」

「いいねえ、レイちゃんは昔の子どもみたいだ」

「それは、誉め言葉なんですよね」

「そのつもりだよ」


(違うんです、私は鴨じゃなくてその周りにいた羽の生えてる人に……)と思うが、曖昧に微笑んで口を閉じておいた。


「レイちゃん、よかったらうちでお茶でもどうだい? 不愛想な娘がいるが、それでもよかったら」

「あー、はい。では少しだけ」


 滝田の自宅は親水公園のすぐ近くだった。

 木造二階建ての家には小さな庭があって、よく手入れされているのがわかる。二階のベランダには洗濯物がはためいていた。


「ただいまー、お客さんだよー」


 滝田が声をかけたが出迎えるどころか返事もない。

 自分は歓迎されてないのでは、と玄関で靴を脱ぐのを躊躇しているレイに滝田が申し訳なさそうな顔になった。


「娘はプログラマーでね。いや、プログラマーが何をしているのか私にはわからないんだが。自宅で仕事をしていて、たいていはヘッドフォンをつけて音楽を聴いてるんだ。気にせず上がってよ。お茶を淹れるよ」

「はい。ではお邪魔します」


 リビングに通されてソファーに座る。この部屋もきれいに片付いていて掃除が行き届いていた。壁際に置いてあるピアノはカバーが掛けられ、書類と本が詰まれていた。

 レイは(家族写真が一枚もないのね)と思った。風景画は飾られているのに家族の写真は一枚もない。レイの実家では、暖炉の上や飾り棚に家族の絵がたくさん飾られていたものだった。


 お茶を飲み、滝田が撮影したという野鳥の写真をたくさん見せてもらう。背景がぼやけていて立体感がある水鳥の写真は美しかった。

 この世界の文化はこういうところがすごいと思う。「なくても生活できるけどあったら便利」という物がこれでもか、と作り出され普及している。(カメラ、欲しいかも)と思いながら丁寧に写真を見た。


「美しいものを見せていただいてありがとうございました。そろそろ帰ります」

「貴重な休みを付き合わせて悪かったね」

「いえ、とても楽しかったです。私も写真が撮りたくなりました」

「そうかい。ありがとう」


 そこでリビングのドアが開いた。ノックはなかった。


「あ、お客さんだったの。ごめんなさい、気が付かなくて」

「美穂、夏川レイさんだよ。スナックの常連さんだ」

「へえ、スナック? 若いのに。カラオケとかですか?」

「いえ。ただ美味しいお酒とごはんを楽しんでいるだけです」

「ふうん」


 美穂と呼ばれた娘さんは四十歳くらいだろうか。長い髪をバレッタでざっくり後ろでまとめ、長袖のTシャツにジャージのズボン。首にヘッドフォンをかけていた。分厚い眼鏡もかけている。

 美穂はピアノの上から本を一冊手に取ると「ごゆっくり」と言って首だけ曲げるような挨拶をしてリビングから出て行った。


 彼女にぴったりくっつくようにして年配の女性が移動していたが、その姿が半透明なのと足を使わずに滑るように移動していたので、レイは決して視線を合わせないように気をつけていた。




次話に続きます(*'ω'*)

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