18 カキフライとタルタルソース
退勤時間になるのを待ちかねるようにしてタイムカードを押した。今日は金曜日だ。月末だけど、仕事はやり終えた。
「お先に失礼しまーす」
「はい、お疲れ」
キカワ工業の勤怠管理は、部長の中田が受け持っている。
年季の入ったタイムカード機にカードを入れてガシャンと退勤時間を印字してもらい、中田に見送られて事務所を出た。
「レイちゃん! いらっしゃい!」
「由紀子ママ、おなかに溜まるものを食べたいです。先に日本酒、冷やで」
「はぁい。すぐ作るわね」
隅の席に腰を下ろして常温の日本酒をちびちび飲みながら夕飯を待つ。今夜のお通しはシラスおろし。軽く汁を絞った大根おろしの上にこんもりとシラス干しが乗せてあり、お醤油がちらりとかけてある。レイはこの店で知った柚子七味を振りかけてから大根おろしをお箸ですくって口に入れた。
「んー。美味しい」
「レイちゃんは渋いのが好みだね」
「はい。でも、ママのお店のはどれを食べても美味しいから」
話しかけてきたのは十二指腸潰瘍を抱えている丸山さんだ。
一部上場企業の偉いさんらしいが、占いを受けに来た初回にボトルを入れて、それ以降このスナックによく足を運んでいる。
レイの占いと言う名の治癒魔法が気に入っているのもあるだろうし、ママの作る庶民的な味にも惹かれているのだろう。
今夜は刻んだいぶりがっこ入りのタルタルソースをたっぷり添えたアジフライを食べている。
由紀子ママの作るいぶりがっこ入りタルタルソースは、それだけをトーストや白いご飯にのっけて食べたいぐらい美味しいから、レイは大好きだ。とにかくこの国の食べ物は庶民のものでも美味しい、と思う。
「レイちゃん、あとで私の占いを頼めるかな」
「はい、大丈夫ですよ。丸山さん、アジフライも食べられるようになったんですね」
「そうなんだよ。いやあ、ここはいい店だ」
占いを予約するのは、おそらく胃もたれ予防なのだろう。レイはうっすら微笑んだ。
「はい、おまたせ。今夜はカキフライと小鉢の盛り合わせよ。スナック由紀子特製のはらぺこ定食」
「ああ、美味しそう! いただきます!」
「ごはんは一杯までならお代わり無料だから」
「ありがとうございます!」
揚げたての大粒なカキフライが四個と千切りキャベツ、タルタルソース、漬物が載せられた豆皿、マカロニサラダの小鉢。いい匂いが漂ってきて、昼の弁当をほとんど食べなかったレイはさっそくカキフライにかぶりついた。
ジューシーな蠣は口の中を火傷しそうなほど熱い。
噛むたびに口に広がる濃厚な旨味。歯ごたえのいいいぶりがっこ入りタルタルソースと混じり合うと、ため息が出るほど美味しい。
急いで白米を口の中に放り込んで、「んー」と目をつぶってしまう。
合間合間に食べるマカロニサラダもしみじみ美味しい。豆皿の漬物は柴漬けだ。全てが白米を呼び寄せる。
「はあぁぁ、おいしっ」
「そう? ならよかった。そうだ、レイちゃん、これ覚えておいてね」
由紀子ママの指さす場所には貼り紙があり、「来月の十五、十六、十七日は連休」と書いてある。
「三連休なんですね」
「十五日が祝日の金曜だから、レイちゃんもお休みでしょう?」
「あっ、そっか。忘れてました」
「実家の親が入院してさ。たいしたことはないんだけど、弱気になってるから顔を見せに行くのよ」
「そうなんですね」
そこで由紀子ママはレイが記憶が無いということを思い出したらしい。ハッとした顔をしてから
「レイちゃん、一緒に行かない? 温泉と山の幸しかない田舎だけど」
と誘った。
「でも、お見舞いで帰るんですよね? お邪魔でしょうからまた今度で」
「ううん、面会時間は決められてるから毎日三十分ずつしか会えないの。時間は余るのよ。行かない? 一緒に」
少し悩んだが、レイはこの世界は東京しか知らない。日本の田舎を見てみたい、と思ってしまった。少し考えてから誘いを受けることにした。
「では、お邪魔させてください」
「そう来なくっちゃ」
「ママ、あっちに帰るなら『雪割り草』を買ってきてくれるかい? あれ、蔵元に行かないと手に入らないんだ。クールで送ってくれればいいから」
「あ、それなら俺も」
「私も頼むよ」
一人の客のリクエストに、その場にいた男性二人が乗っかった。それぞれが名刺の裏や店の注文票に自宅の住所を書き込んでいる。
「はいはい。地元経済の活性化にご協力いただきまして、ありがとうございます」
由紀子ママがおどけて、みんなが笑った。
その夜、レイは満腹になるまでカキフライ定食を食べ、占いという名の治癒魔法を施し、シゲさんたちとたわいないおしゃべりをして過ごした。
帰り道、ほろ酔いのレイは、道祖神の前にしゃがみ込んで道祖神の頭をなでながらその話をした。
「今度の連休、由紀子ママの実家に一緒に行くんです。アキラ君も一緒に行けたら楽しいのに。遠くは行けないのかな。そうだ、今日の昼間、あの呪文を使いましたよ。効果は抜群でした。教えてくれてありがとう」
立ち上がり、「ばいばい」と手を振って、レイは自分の住むアパートへと歩き出した。





