忠告を無視する者たち
さて、どうしたものか。おれ達は相談を始めた。
マジシャンをスカウトする、というのも簡単じゃないのだ。
なにせここまで来るのにハンタードッグの群れを超えてこなきゃならない。おれ達はセーフスフィアを登録していても、スカウトしたマジシャンが登録してないのでは一緒にワープは出来ないのだ。つまりあの大変な道のりをもう一回というわけだ。
そしてここまで来るようなマジシャンはどこのパーティも欲しい。早い者勝ちのスカウト合戦という訳だ。そんな事に時間を使うのはあまりにも無駄が多い。
じゃあ町まで戻ってスカウトするのかといえば、マリーさんのような後衛が一人いただけでも大変だったのに後衛が二人になるともなれば、苦労は二倍だ。
じゃあパーティの最大人数である五人目まで入れて、その人に守ってもらうか。
それはランサーさんが喋るのがしんどくなるという問題が発生する。慣れてるマリーさんはともかく、知らない人は一人くらいがいいらしい。慣れてくれば平気なんだとか。
で、議論した結果は。
「とりあえず自分達でダンジョンの様子を見て、どんな魔法使いが必要なのかを調査する。という名目でダンジョンに入り、あわよくばダンジョン攻略してしまおう」
と、いうものだった。
意外とおれ達ならイケるんじゃないか? という希望的観測を大いに含んだその提案は、目の前にダンジョンがあるのに第三者の意見だけで足踏みしているのは勿体無いという理性で抑えの効かない欲望から生まれたものだった。
これが割と脳筋なランサーさんにも宝を求めるマリーさんにも嵌ったらしく、いざ犬守の迷宮へ。
岩の切れ目から奥へ入ると、どこから光が漏れているという訳でもないのに中は意外と明るく、正方形の小部屋へと踊り出る。そしてそこには一人の女性が立っていた。
「こちら『銀行』支店でございます。ダンジョンに入る前に必要のない素材やアイテムのお預けや、ポーション類のお引き出しをオススメしております」
ポーションか、そういや買ってないな。今日二人と別れたらアストの町とセカの町を歩いてそういう便利アイテムの類も探してみようか。
「NPCだね。ちょっと話かけてみるか。なあ姉ちゃん、ダンジョン攻略のヒントとかあるかい?」
「ダンジョンの各部屋は様々な形をしておりますが、共通点としてまず始まりの小部屋がございます。ここでは銀行の担当の者が必ず立っていて皆さまをお待ちしております。また、それぞれのマップの区切りは『通路』でございます。モンスター達は通路を超えて侵入してくることはありませんので、危険を感じられたら通路から退却、もしくは通路を超えて先に進むのがオススメです」
なるほど、この正方形のマップから三方向に狭い通路が繋がっている。その先を偵察して、どの道を進むのか決めるという訳だ。
「じゃあ、おれが軽く通路の先を見てくるよ」
そう言って二人を小部屋に置いて単独行動を開始する。どれ、まずは南の道は……げ、ハンタードッグが五体。これは無しだな。
東の道を行くと新しいモンスター、今のおれと同じくらいの背丈のゴブリンが三体と、ゴーレムの盾持ちという首の無いゴーレムが盾を左手に盾を持っている厄介そうなモンスターだ。
そして北の道は通路を抜けても少し広くなった程度の通路でしかない。そこにダイコウモリという大型の蝙蝠が二匹ほど洞窟の天井にぶら下がっている。
三者三様と言ったところか。おれは見たものを二人に報告すると、二人もハンタードッグは嫌だなあという感想だ。そうすると、選択肢は東か北。広いマップにゴブリンとゴーレム、狭い道の天井にいるダイコウモリ。
さて、どちらが忠告にあった魔法使いがいた方がいいという敵だろうか。
「盾持ちってのは厄介だろうね。ゴーレムだし物理防御も高そうだ」
「ダイコウモリも面倒そうなのですよ。初めての空飛んでくる敵ですから、戦い慣れないと辛いと思うのです」
二人の言う事にはどちらも一理ある。ここはおれも意見を出しておくべきだろう。
「単純に敵の数が少ないダイコウモリの道でいいんじゃないかな。一応今回は偵察って事になってるしむしろどっちとも戦いたいくらいだ」
「じゃ、場合によってはいっそ道を戻ってでも戦うか」
「私もそれでいいのですよ」
そういう訳でおれが先頭になりながら北の通路を通ってダイコウモリのいるマップへ。しかしそこには恐るべき罠が仕掛けられていた――
というか本当にトラップがあっただけなんだけど。近くで見ないと<罠知識>があっても見つけられないらしい。近づいたら罠が光って見えた。そして、それに気付いたのはダイコウモリの縄張りに入ってからだった。
空中から襲い掛かってくる蝙蝠に武器を振り回して対抗するおれとランサーさん。通路の前で待機するマリーさん。
おれは罠に引っ掛からないように蝙蝠に襲われながら解除を行おうとしていた。内容は簡単で二桁の足し算を三回。ただ、仕掛けの近くにいないといけないし、蝙蝠の攻撃も回避しないといけない。地味に厄介だ。
短剣を振り回しながら罠を解除しようとしてふわふわ飛び回る蝙蝠に弄ばれるおれと、若干とはいえ移動が制限され同じく攻撃が当たらないランサーさん。それは蚊が殺せなくてイライラする様子に似ていた。
ようやく罠の解除が終わると、おれはヘイトアクションを起動。寄ってきた蝙蝠二匹に攻撃を仕掛けようとして、やっとのことで片方の蝙蝠にかすりヒット。
体力が多いようには見えないが、それでも羽の先に当たった程度じゃ駄目か。
しかし、二匹の蝙蝠がまとまっているのを見て、ランサーさんは頬に空気を溜めていた。そしてそれを吐き出すと大き目の炎となって、蝙蝠たちを襲う。
「4ヒットの【ドラゴンブレス】……これなら当たるだろ」
そういえば彼女は固い鱗を持った竜人なのだ。ブレスの一つも吐けるというもの。ちなみに指なんかも爬虫類っぽいんだ。
「倒せたのですね。落とすゴールドは2ゴールドだったのです。二倍にしてなきゃ1だったのはあまりにも切ないのです。ダイアさんに【ライト・ヒール】」
欲張りと言われた片鱗を見せたマリーさんは、相変わらず変な色で、宙に浮いてて足の無いスライム人間って感じだ。
「でも倒せた。これならダンジョンの奥にもいけるんじゃないか?」
そしておれがTS人間。水色がかった銀髪をさらさらと流しながら、幼女の身体で罠も破るし、敵からのヘイトも稼ぐし、撃破力だって悪くない。つよつよ美少女なのだ。
ちなみにドロップアイテムは蝙蝠の羽。まあ妥当なところだろう。
「それじゃダイア、この先の探索も頼むよ。ここから先へ行く道は二つ。どっちにいくのか、それとも戻って盾持ちを倒しに行くのか考えよう」
「了解です」
頼まれるがままに通路を通って、ふと気付く。あの蝙蝠倒す意味ってなんだ? 罠なら解除したんだから、先の通路に進めば蝙蝠も襲ってこなかったじゃないか。
出てくる敵は全部倒そうとするなんて、バーサーカーじゃあるまいし。いやでも、マリーさんが襲われる可能性もあったしな。でも蝙蝠は邪魔くさくて倒しにくいとはいえ火力も低かったしライト・ヒールで充分間に合ったか……あとでその辺は要相談だな。
なんて思考を一発でぶっ飛ばすものを見つけてしまった。宝箱だ。
「おお!」
即座に戻って二人に報告。聞かされた二人の顔も輝いている。
おれ達は宝箱の前に集まると、まずは罠が無いか探る事になる。
「頼んだよ、ダイア」
「分かってますって」
この罠はさっきのより何故かよっぽど簡単だ。一桁の足し算なのだ。
あまりの簡単さに二人に向けて笑いかけると、二人は神妙な顔をした。
「なんか数学の問題なのです。XとYを求められているのです」
「こっちはXだけ。でもこういうのしばらくやってないからなあ」
つまり、問題が人によって違うのだ。おれは恐らくTECが高いから簡単な問題、マリーさんはTECがマイナス超えてるからかなり難しい問題なのだろう。
まあ、おれが開けるのだから問題は無い。二人は試しに開けるのに挑戦していただけなのだ。
宝箱を開けるとそこには白く輝く光の玉が三つほど。
一人一つ取れということなのだろう。それぞれが光の玉を取ると、玉は輝きを失い、本来のアイテムの姿に戻った。
おれのは……木彫りのハンタードッグ。
「二人はなんだった? 同じもの。おれ民芸品だったんだけど」
「121ゴールド。こりゃハズレだね」
悔しそうにランサーさんはギザギザの歯を強く噛んだ。
「私は炎の棍棒なのです。使わない武器なので売り払うしかないのですよ」
売るしかないという意味ではおれもそうだろう。でも誰が買うんだこんなもの。
三人が全員溜息を吐いて、はじめてのお宝は残念な結果に終わってしまった。
マップを一つ戻って、もう一つの通路の先を偵察する。なるほど、これはわざわざ戻る必要はないな。ゴブリンが四体とゴーレムの盾持ちが一体。ゴブリンは巡回してて不意打ちはかけられそうにない。
報告に戻ると、じゃあ殴りにいくしかないねと楽しそうに笑うランサーさん。先程のハズレ宝箱の憂さ晴らしがしたいのだろう。
そんなわけで突撃だ。ゴブリンに見つかり、ぎゃぎゃぎゃと何か騒いだと思ったら他のゴブリンが寄ってきた。盾持ちゴーレムもずしんずしんとゆっくりと近づいてくる。
離れているし問題は無いと判断してゴブリンから先に倒そうとする。しかし。
『ヘイトを稼いでいる敵対象が存在します。攻撃してください』
目の前に邪魔なほど大きなウィンドウが表示される。そのウィンドウはゴーレムを見ている間だけ消えるようだ。つまり、奴を一発殴るまで視界が邪魔されるという訳だ。これがヘイトを稼がれるという事か。やられる方になってみるとめっちゃ邪魔だな。
ランサーさんもやられたらしく、忌々しげにゴーレムの方へと移動する。ゴブリンは無視するしかない。
「すみませんが、ダイアさん! ヘイト、ヘイト稼いでくださいゴブリン来てます!」
ゴーレムの方へ向かっていくおれに切実な声が聞こえてきた。そういえばヘイトアクション打ってないな。ただ、これゴブリンにこっち来られてもウィンドウ邪魔で回避難しいぞ……?
だが、やるしかない。
「【ヘイトアクション】!」
おれはヘイト稼ぎの必殺技を発動させてやると、そのままゴーレムに走り寄った。そのまま後ろに回って一撃を加えると、ゴーレムを視界の外にやっても邪魔なウインドウは出てこなくなった。
だが……硬い。短剣による攻撃を入れた瞬間、手が軽く痺れるような感触がしたのだ。そして問題はそれだけではない、ヘイトを高められた苛立ちから精彩を欠いた一撃を加えようとしたランサーさんがゴーレムの盾によって攻撃を防がれたのだ。
つまりそれは防御成立という事でゴーレムはSPを2点回復する。そうなればやってくる事は一つ。再びのヘイト稼ぎだ。再びおれとランサーさんはヘイトの高まった状態にさせられてしまった。
「なるほど、このゴーレムをさっさと落とさないと辛い、ね! ぐっ!」
視界の外にいるゴブリンの棍棒がランサーさんを叩く。それを無視してでもゴーレムを攻撃するしかない。
「【ライト・ヒール】!」
攻撃を食らったのを見て、マリーさんがランサーさんを回復する。
おれは再びゴーレムの背中を殴ってヘイトの高まりを解除した。そのまま続けて攻撃。そしてヘイトアクションを再びかける。
ランサーさんは周囲のゴブリンを相手にし始めて、おれもそれに参戦する。ゴーレムも盾で殴ってくるが、所詮ゴーレムものろのろとした動きだ。当たるはずもない。そして、当たらなければSPは回復しない。つまりまたヘイトを高められる危険は無いのだ。
俺がワイヤーアクションで一気に距離を取ると、ゴーレムはずしんずしんと重たい体を引き摺ってこちらを狙ってくる。ゴブリン達はそれよりも早く近づいてくるため、おれ対ゴブリンの状況になる。そしてそこにランサーさんも近づいてくればゴーレムは距離が詰められず戦力にならない。
ゴブリンの方はちょっと耐久力があるだけで雑魚だ。ハンタードッグより弱いと思う。巨猿よりも当然下。
そうともなればさっさと片付き、あとは盾持ちのゴーレムだけとなったのだが……これがきつい。攻撃がどれくらい入ってるのかよく分からないし、首から上が無くて急所も分からないからクリティカルも狙えない。
結局おれがヘイトを高めてる間にランサーさんが殴り、溜めたSPでドラゴンブレスを吐き出しまくって倒した。
これは……
「効率が悪い」
おれ達の意見は一致した。
周回をしたいダンジョンでこんな調子で殴っていてはどうしようもない。幸いゴーレムの動きも遅いし無視して通路の先へ行くようにしよう。そんな結論に達した訳だが……。
辿り着いたダンジョンの最奥。そこにはボスとして巨大な首無し盾持ちゴーレムが存在していて。
無言で回れ右してダンジョンを抜け出したのだ。
忠告は、正しかった。