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人魚誘拐未遂事件

 おれ達に近寄ってきたNPCの名前はアンダーザ。漁師だと言う。人魚の恋人を持つ男で、その恋人が人間の世界をどうしても見てみたいという。

 そこで、ミナトが調合した『地上への憧れ』を使って彼女と地上デートがしたいんだとか。

 貴重な薬をデートの為に使えというのか……とは思ったが、今後作り方が広まれば別に貴重でも無くなるな。材料はクラゲの足だし。


「で、報酬は?」

「海底街の上まで乗せてってやるよ。海底街は半球状の領域になっていて、海底街の中心、真上からなら潜ってすぐ呼吸ができるんだ」

「ふうん、なるほどね。みんなはどう思う」


 全員一致での賛同。海底街への行き方が分かったのだ。文句がある筈も無いか。


「じゃ、俺の船に乗ってくんな! 早く早く!」


 子供のような笑顔を見せておれ達を急かすアンダーザ。

 漁船に乗せられ、おれ達は海の上に。

 しばらく船の上でのんびり空や海の様子を見ながら雑談していると、不意に船が止まった。目的地に辿り着いたのか。


「よーし、ここだここだ」


 そういうとアンダーザは船から飛び降りると、海の上に浮かんだ。


「ここから潜ればすぐだよ。君達も来るといい」


 その言葉におれ達はどんどんと海に着水する。

 びびってたのはHP低い勢のミナトとセアズだった。


「うちはHP5なんだよう。本当に息が出来るんだろうねえ」

「ノリノリで海底街勧めといてなんだけど、ボクは中学校の時の授業以来泳いでないんだ」

「いいから行くぞ。渡来人の嬢ちゃん方」


 そういうと男は潜り始め。戻ってこなかった。ついて来いという事なのだろう。

 ランサーが初めに軽く潜って息が出来るかを確認していた。


「おお、大丈夫だわ本当に。HP減らないよ。試しに顔を付けてみ」


 との事だったのでそれぞれが呼吸を確認し、水の中で息ができるという稀有な体験を確認し、水の中に潜っていくのだった。

 魚の群れが泳いでいる。水が綺麗な青色をしている。それは現実ならダイビングでもしないと見れないような景色だった。

 いや、現実では見る事の出来ない景色だろう。なぜなら潜れば潜るほど、巨大な海底城が目に入ってくるのだから。


『あれが海底街? 城じゃん』


 というチャットが流れてきた。


「いや、水中だけど喋れるよ」


 おれがそういうと、本当だ。とランサーさんが喋り始める。

 ちょっと不安そうだったミナトとセアズは泳ぎというよりは本当にゲームのアシストという感じで、泳ぐことなく身体がすーっと海の底に真っ直ぐに降りていく。

 底まで辿り着いた時、そこは確かに町だった。城下町。仰げば巨大な城が目に入る、一つの町。


 おれ達は海の底を足で歩いていた。そう、まるで地上かのように普通に歩くことが出来るのだ。浮くことも出来るが。


「不思議なものだねえ」


 などと感心したように呟くミナト。さて、何をしようか。そう相談すると、挙手するものが一人。


「特産品を集めて、地上で売り払って大儲けしたいのです!」


 欲の皮の突っ張ったマリーの発言に、ランサーは笑った。


「多分無理だと思うぞ」

「むー、何故なのです?」

「海のアイテムは漁師連中や人魚が自由に取れる。海産物なんて珍しくないのさ。今は木材集めで木材以外の物が売れないから売りに来ないだけで、海底街も見つかった今、海産物にそこまでの大発見、大きな価値って物はないだろ」


 それなら、とミナトが挙手した。


「なにか薬は作れないかねえ。また珍しい薬を作って大儲けしたいんだねえ」


 考える事がマリーと同レベル。


「だから海底のアイテムは地上に持ち出されて……まあいいや、探してみるか」


 という訳で諦めたように意見が採用され、まあ町の見学ついでに何か面白いものを探す。という感じになっていた。

 あちこちで人魚が店を構え、おそらく漁師であろうプレイヤー達も露店を出している。おれ達はそれを冷やかして、何かいいものは無いかと探している。


「にしてもあの城って入れないのかな?」

「あたしらはただの冒険者だぞ? 城なんて無理無理」

「なにかイベントでもあればって感じなのです」

「ボクが配信してるから、海底街に来る渡来人も増えると思うよ」

「そうしたらイベントやれるかもねえ」


 そんな話をしていると、一軒の薬屋を見つけたので入ってみる事にする。


「あら、外のお客さん。うちの薬を見てく?」


 そう言ってショップのアイテム一覧が出される。

 なにか面白いものはないかと見てみると、普通のポーション類の並ぶ中、一番下にわかめがあった。


「わかめって……海藻のわかめ?」

「そうよ。栄養満点で、布団にもなるの」


 人間の世界で薬になって布団にもなるものある? おれは住む世界が違うと色々違うんだなあと感心せずにはいられなかった。

 で、ミナトはそれを買った。なんのつもりなんだか。


「見てて欲しいねえ。これを調薬してやれば……ほら!」


 なんと、どんな閃きがあったのか新しいポーションを作ってしまったのだ。わかめから。


「『水中呼吸』のポーションゲットだねえ!」

「すげえよ。すげえけどさ。海底街では呼吸できるし、それいつ使うんだ?」

「がーんだねえ」


 そう言ってミナトは新しいポーションをしまい込んだ。

 この出来事のすぐ後の事。おれ達はセーフスフィアを発見。解放したのだ。


「これでいつでもここに来られるな」

「イベントある時来るくらいだろうけど。ふわふわしてて落ち着かないからなあ、ここ」

「でも景色はいいのですよ?」


 話ながら歩いてくると、聞き覚えのある名前が一軒家から漏れてきた。


「アンダーザ!」

「シィ!」


 窓からその家を覗いて見ると、人魚の女性と男が抱き合っていた。


「出歯亀行為はやめなって」


 おれはランサーに抱っこされて持ち上げられて、その場から引き離された。


「おや、皆さん。今から彼女のシィと一緒に地上に戻るところですよ。一緒にどうですかな?」


 二人っきりのところを邪魔するのも悪いか……と思い、首を横に振ったのだが。


「喜んで。お願いするよ」


 セアズが勝手に了承してしまった。

 理由を問うてみると。


「これは恐らくイベントだよ。まだ何かあるはずさ」


 との事らしい。

 しかしおれ達は何事も無く船で陸地、アストの街の港へと戻ってきた。


「おいおいセアズ、外したな?」


 ランサーが軽くにやりとしてセアズを責める。しかし、セアズはどこ吹く風だ。


「よく見てごらんよ。ここ、ただのアストの街じゃない」

「なんだって?」

「プレイヤーがいない。ここはイベント用のアストの街だ。今からここで何かが起こる」



 どこからか、人魚、捕まえ、売り払うというキーワードが聞こえてくる。

 おれがハッと顔を上げて周りを見ると、セアズがこちらに顔を向けていた。


「ダイアも聞こえたみたいだね。行こう。アンダーザとシィのデートを見張るよ」


 そうしておれ達五人はこっそりと二人のデートを追跡する事になる。

 と、カットラスを持った男達がアンダーザ達に詰め寄る。


「知ってるぜ。そこの女は本当は人魚なんだってなあ。そいつを渡してもらおう――かっ」


 最後の一言を言い切る前に射殺。セアズが狙撃したのだ。

 ランサーがたぬきの槍を持って暴れ回る。巻き込まれて倒れていく海賊たち。

 残りの海賊と二人の間には距離が出来た。

 ミナトのウォーターウィップが海賊を襲う。鞭が巻き付き海賊を捕獲した。


「くそっ、護衛がいやがったか! ここは一旦」

「逃がさないけどな」


 おれはワイヤーアクションで近場の家の上に乗って待機していた。跳躍し、逃げようとする海賊にとどめを刺す。


「き、君達……なぜここに」

「心配だったのさ。君の可愛い恋人さんがね」

「アホ。アンダーザも心配だろうが」

「なのです」


 正式サービス以来、セアズとランサーの仲がまた悪くなったような、言いたい事を言い合える仲なような気もして複雑だ。仲が悪いなら修復したいところだが。


「そうか、ありがとう。そしてシィ、ごめんな。地上は怖いところだっただろう」

「ちょっとだけね! でもこうして守って貰えたし、スリリングの範疇よ!」

「シィは強いね。そして渡来人の君達。守ってもらって悪いんだが、渡せる報酬は俺には無いんだ」

「そういう事なら私があげるわ! はいこれ!」


 そう言って、人魚のお守りという装飾品を手に入れた。全能力が+5されるようだ。


「また会いましょうね、渡来人のみんな! ばいばーい!」


 画面暗転。するとアンダーザとシィは消えていた。

 そして。


「街にプレイヤーが溢れている。通常マップに戻ってきたね」

「装飾品貰えたのは嬉しいのです! まだ装飾の装備を決めてなかったのでちょうどいいのです!」

「あたしも一個店売りのもののままだったからな。ちょうどいいわ」

「うちもこの性能なら付け替えれるねえ。嬉しいよぅ」


 マリー、ランサー、ミナトは装備を新調できるようだ。

 そしてこのイベントを見つけたセアズはと言うと。


「言った通りだっただろう? イベントがあるって。報酬も悪くなかった」


 そう言ってしたり顔だ。

 ランサーは素直に認めたくない感じだ。ぐぬぬって顔してる。

 おれはランサーに助け船を出した。


「でもランサーもイベントがありそうな場所知ってるんでしょ? 王国とかなんとか」

「おお、そうだな! まあ正確にはここがその王国なんだが……その首都ってやつだ! そこに行く!」


 ランサーは力強くそう宣言する。明日はみんなで首都に向かおう。

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