祝・正式サービス!
五月に入り、ついにバトル・デュエル・オンラインの正式サービスの開始日だ。平日だったので朝からログインという訳にはいかないが、おれの顔はにっこにこだ。
それに比べてクラスの男子達の顔は暗い。高校には携帯ゲーム機を持ってきても良いという暗黙の了解があるらしく、おれはクラスメイトと一緒に昼休みや放課後に遊んでいた。
盛り上がりすぎて帰るのが夕方遅くになったらおれの家までボディガードとして皆がついてきてくれるという特別待遇。
そんな日々とお別れだというのが辛いらしい。遊び相手が一人減ったくらいで大袈裟な……とは思うがクラスメイトがおれを大切な仲間だと思ってくれてるからだと思うと悪い気もしなかった。
おれもいつの間にかコミュ強になってたということだな。ちょっとばかし声をかける時にボディタッチしたり、さん付けしてくる相手には呼び捨てでいいよと言ったりしてたくらいなんだが。
あとはやっぱりゲームの力。ゲームが好きなやつは少なくない。むしろ多い。だからゲームを通じて交流を深められたのが大きい。
これからも昼休みはクラスメイトと遊ぶぞ。放課後はすぐ帰ってログインするけどな。
なんにせよ、あまりにご機嫌顔なので授業毎に色んな教師になにかあったの? って聞かれるくらいだ。おれは背が低いので一番前の席なため余計に目立つらしい。好きなゲームのサービスが開始するんです! って元気良く言うと、よかったねーと返してくれる。そう、良かったのだ。また仲間と会って冒険が出来る。
ちなみに対応が違った先生が一人いて、その先生は。
「……バデか」
と、呟いた。略称さえ知ってるレベルらしい。という事はもしかして。
「先生もプレイしてます? というかもしかしておれの出てるPVも見てたり?」
「ああ。あれは、いいものだったな。とはいえ素顔のままプレイするのは感心しないが」
「一刻も早くプレイしたくて……」
「キャラメイクも楽しみの一環だったのだがね」
なんてちょっと授業から脱線したりして。ちょっと寡黙そうだと思ってたけど仲良くできそうな先生だなあ。
なにはともあれ速攻帰宅。家では母さんと宝野院さんの二人がお茶をしていた。
「ただいま母さん。宝野院さん」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい……まだ母とは呼んでくれないみたいで。これからも精進する必要がありそうですわ」
ログインしたい。すぐにしたいが土日祝日を除いて夕方まで家に居座っている宝野院さんには毎度言ってるけど一言言っておかないといけない。
「しつこいようだけど、ああいう贔屓はいらないから! 主人公になりたいわけじゃないんだ」
「あら、母親からすれば娘というのはいつでも主人公ですわ。と、何度も申し上げておりますのに」
駄目だこりゃ。ほっといてログインしよう。
おれは自室で身体が小さくなったせいで中学校の頃より重くなったように感じる高校の鞄を行儀悪くベッドの上に軽く放ると、椅子に座って脳波PCのヘッドセットを装着。ゲームを起動した。
『バトル・デュエル・オンラインへようこそ』
そんなシステム音声を聞きながらログインしていく。
データが読み込まれ、ロードが始まる。
おれ――ダイアはイベントで貰った一軒家の自分の部屋に立っていた。
「そういや最後は記念にここでログアウトしたんだっけな……」
と。隣の部屋から鍛冶をしているような金属音がする。
という事はそこにいるのは。
おれは部屋をノックして扉を開けた。
「セアズ!」
「ダイア!」
おれ達は抱き合って再会を喜ぶ。うわあ、鎧の上からでもおっぱいでかいの分かるなあ。
「会いたかったよダイア。結局、ベータテスト終わる直前に個人的に連絡しようっていうのも拒否されたからね。悲しかったよ」
「悪いね。そういうのは母さんにやめとけって注意されてるんだ」
「いいお母さんだね」
「うん。セアズは悪い女だ」
「おやおや、バレちゃったか」
そんな会話をしながら、おれは彼女の使っていた金床を見る。
「何作ってたの?」
「木材を集めるための武器さ。高枝バサミって言うんだけど」
「木材?」
「イベント情報見てないみたいだね。それじゃ外に出てみようか」
言われた通りにおれ達の家から出てみると、それはもうとんでもない大行列。拡張されて自由に使えるようになった広場がプレイヤー達によって塗りつぶされていた。
こういう景色を見ると、バトル・デュエル・オンラインに帰ってきたんだなあという感じさえする。するが……
「これはちょっと、盛り上がりすぎじゃない? サービス初日だから?」
「それもある。あるけど一番の理由は木材の供給さ」
「結局その木材ってなに」
「忘れたかい? あのアイドルイベントの事を」
「忘れられるものなら忘れたいよ」
そう言ったらセアズは笑った。彼女にしてみればいい思い出らしい。
「いいかい? 家を建てる事ができるわけだよ、正式サービスでは。で、そのためには土地の権利と木材が必要な訳だけど……先に木材を集めないと、土地の権利が買えないんだ。必要も無いのに土地の権利だけ買って、あとで高額で売りつけようという作戦に対する対処」
「ふんふん」
「だから今、家を建てたい人は木材を集めている。それもいい場所を取るために早急に必要だ。そうすると人々は金で解決するようになる。木材を高額で買って、早く集めて家を建てたい。その為にドロップした木材を他人から集めようとする。そしてそういう人に売りつけるために冒険者はもちろん、木材を安く買い取って、高く売ろうとする人も出る。それでこの騒ぎ」
なるほどなるほど。つまり……
「イベントは大盛り上がりだね?」
「そういう捉え方もできるけどね。あの人間達の群れに襲われるとそんな事も言えなくなるよ」
「そもそも木材落とすモンスターって誰?」
「トレント。レアモンスターだけど今はイベントで大量発生中だよ。ちょっとスライムを超えていけばわらわらといる」
「ふーん。初日からこんな調子でいいのかな」
そう誰にでもなく疑問を問いかけたが、セアズさんがきっちり答えてくれた。
「これが意外と、初心者応援になっているのさ」
「え? どのへんが?」
「トレントはそこまで強くないからね。倒して手に入れた木材を、ベータテスターは高値で買う。初心者はお金がたくさん手に入る。ベータテスターは家を建てるための材料が手に入る。どっちも嬉しい。そう言う事さ」
ウィンウィンってやつか。
「で? セアズさんはなんで鍛冶仕事なんてして間接的に応援してるの? 狩りにいけばいいじゃん」
そう聞くと、彼女はちょっと嫌そうな顔をした。
「……遠距離武器はね、色々と面倒なんだ。自分が先に狙ってたトレントだとか言いがかりをつけてくるのもいてね。そのくらい今熱狂してる。できる事なら関わりたくない」
「それで鍛冶?」
「うん。レベルが上がるからね鍛冶の技能は。いくらやっても損するものじゃない」
まあそれもプレイヤーレベルと同じくらい渋いんだろうなあと思いつつ、おれは銀行にダンジョン産の木材が預けてある事を思い出した。
「おれも木材売ってくるかなあ」
「付き合うよ。高枝バサミがいくつも出来たから売りに行きたい」
そういう訳で銀行に移動。その間に聞いてみたいこともある。
「で、木材っていくらで売れてるの?」
「ボクの知ってる限りだと、高くて1000ゴールドだったよ」
「せ……! NPCに売ると50ゴールドにしかならないんだぞ!?」
「暴騰してるよね。でもそれだけの価値があると踏んでる人達がいる」
何者だその人達……
「それだけ町の一番外側に価値を見出してる人達がいるのさ」
「外側? 内側じゃなくて?」
「そうだよ。フィールドマップ側って言えばいいのかな。そこに建てて、すぐモンスターと戦えるって場所がいいんだって」
銀行から木材を回収して、アストの街を歩く。空きスペースにはプレイヤーが一杯だ。ところどころに人外がいる。
「それってどういう」
「自分で聞いてみると良い。木材売りますって宣言してみなよ」
「分かった。
すいませーん! 木材売りたいんですけどー! 高く買ってくれる人いますかー!」
その発言をした途端。距離を詰めてくるプレイヤー達。
「いくつだ! いくつ売れる!」
「鍛冶屋だ! おれは鍛冶屋をつくる!」
「うちはねえ、宿屋を作りたいんだ! 街の外は危険がいっぱい。だから街に入ってすぐ宿屋!」
「料理ですよ! 料理はバフ効果がある! 街の外に出るなら直前に料理の食べられる店があるといい!」
「私がテイムしたモンスターを他のプレイヤーに預ける! 私はお金を貰って初心者は安全を得る! 良い商売でしょ!? 木材ちょうだい!」
おしくらまんじゅうの開始だ。
それぞれが何か言っているようだが同時では聞こえない。
結局、主義主張に関係なく、一番高く買い取ってくれる人に全部売り払った。一個1200ゴールドで売れたよ。ひええ。
「どうだった?」
などとセアズさんが聞いて来るので。
「金の入りはいいけどそれ以外は最悪だね」
「そうだろう、そうだろう。だからみんな必死になる。敵のリポップを確認したらみんなが群がって倒して誰がドロップ品を手に入れるかの争奪戦さ。
誰もドロップできなかった時なんて、本当はこいつドロップしてるのに隠してるんじゃないかなんて無駄な疑心暗鬼になったりして……地獄だよ、ここは」
「このイベントはもう充分かな。他に正式サービスになって新しく見つかった何かとかないの?」
おれがそう聞くと、待ってましたとばかりに語り始めるセアズ。
「正式サービスで人口が増えた」
「うん」
「そうすると、漁師のジョブとか、人魚の種族の人も増えた訳だ」
「うんうん」
「だから見つかった。海底街ってやつがね」
ほう、興味深い。ただし。
「それ、おれ達どうやっていくの?」
「さあ……? でもボク達には薬に詳しい仲間がいるはずさ」
薬に詳しい? それって。
「ミナトか! いつもポーションポーション言ってる!」
「そういうこと! ログインしてきたら何か知らないか聞いてみよう!」
ベータテストの時もログインが一番遅かった彼女だ。すぐ来るとは期待できない。
恐らくそれより先にランサーとマリーが来るだろうと予想できる。
そうして三人の事を思い出してみれば、たった一か月なのにとても懐かしい気持ちになる。
早くまた、五人で新しい冒険に出たいものだ。




