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ランサーの好敵手

 さらに数日が経ち、石材集めイベントの達成率が100%になった。

 突然ふっ、とどこかに転移させられるようなロードが入ったと思ったら、そこは今までの町と新しいスペースの境目。目の前には空白の、石床だけの空間。

 町が広がったというには物寂しい、何もない場所。ここにこれから新しい建物が増築されていくのだろう。

 と、NPCが語り出した。


「渡来人の皆さんのおかげでこんなに町を広げられた! しばらく建物は建てられないが、落ち着いたら色々建てたいところだ。渡来人の皆さんの役に立つような施設もね。それまで空いたスペースは自由に使ってくれ」

『イベント達成! アストの町はアストの街へと進化しました! 広がったスペースには自由にショップを開くなどしてください。イベント終了まで石材はドロップしますので経験値稼ぎにご利用ください。また、クエスト達成ボーナスとして経験値を配布させて頂きました。

 次回イベントの終了時、アストの街にプレイヤーの家を建てるシステムについて説明致します。次回イベントについては別ページにてご確認ください』


 公式ページで語られた通り、経験値が増えていた。一週間ほどのイベントだったが、これを堅実にこなしていたおれはレベルが3に上がった。

 で、次回イベントについては。


『アイドル・デュエル・オンライン!?

 アストの町が拡張され、街となったお祝いとしてアストの街の女性アイドルを決めるイベントとなります。重要なのは、強さ。コロシアムで一対一の戦いを行い、勝つほどにアピールタイムが行われます。優勝者と審査員特別賞に選ばれたプレイヤーには豪華なご褒美が!?

 ※ここでの優勝とは試合に最後まで勝ち残る事ではなく、投票を一番多く手に入れた人物という事になります。

 男性キャラクターの使用者とイベントに参加しない女性キャラクターの皆さんに投票権がございます。予めご了承下さい。

 開始は二日後を予定しています』


 え、次回イベントもうすぐじゃん! とはいえ、デュエルもまたこのゲームの醍醐味みたいだし、今出てくるのは不自然じゃない……のか?

 宝野院さんの発言に翻弄されすぎてる気がする。だからあの人苦手なんだよな。

 なんにしろレベル上がったからステータス割り振りしておこう。TECに振って、と。これでよし。ちょっと落ち着いた。

 隣にいたセアズさんに話しかける。


「どう思います? 今度のイベント」

「いいんじゃないかな。配信者としては人気ナンバーワンを狙いたいところだ」


 彼女もやる気満々らしい。と、ここで社会人メンバーのランサーさんとマリーさんがゲームにログインしてきた。いつも二人一緒だけど、どうなってるんだろうな。


『街になったみたいですよ、アスト』

『今NPCがその話してる。終わったら合流するか』

『了解です』


 そして集まってきた二人にも話を聞いてみる事にした。


「今度のイベントについて、どう思います?」

「アイドル? 興味は無いけど豪華なご褒美ってのは気になるな。一対一でやり合えるってのもいい」

「私は戦闘がある時点で論外なのです。黙って投票だけするのです」


 ランサーさんは何か考え込んだ後、こう言うのだ。


「今日はやりたい事あるけど、明日からイベントに備えてそれぞれコロシアムで特訓しないか? たまには別れて行動するのもいいだろ」

「私が暇になるのですよ」


 そう文句を言ったマリーさんだったが、個人チャットでおれ達に秘密の何かを言ったらしく、マリーさんは大きく頷いた。


「そういう事なら歓迎なのです! ランサー、私も手伝うのですよ!」


 手のひらを返してそんな事を言うマリーさんの豹変に疑問を持ったが、秘密で何か話すという事は聞かれたくない事なのだろう。おれはなにも追求しなかった。

 と、ここでミナトさんが合流。おれ達は街となにもない空白の地帯の境界線で談笑を続ける。


「すまないねえ。今日も待たせたよう」

「いえ、リアル優先ですから」

「じゃあ、今日あたしがやりたいと思ってる事を発表するな? 今日はセカの町の先へ進む。サアトの町の途中が目標だ」


 それってもしかして……


「噂で聞いたことがありますよ。サアトの町までの道中に出るレアモンスター」

「恐ろしく強いやつがいるって話なのです」

「サアトの町に行く場合、一パーティが奴の犠牲になっている隙に通るのが基本だと言うね」

「その作戦でさえ、犠牲になったパーティが時間稼ぎにもならずに他のプレイヤーも背中から斬られるというよぅ」


 ランサーさんは頷き、おれ達を見渡した。


「そう。石材イベントも一段落、次のイベントまで少し時間があって他のプレイヤーはその準備中。邪魔が入らないうちに、あたし達は奴を退治するのさ――たぬきを!」


 モンスター名、たぬき。そのまますぎるそのモンスターのレベルは噂によると7。おれの二倍はある。

 巨大ゴーレムが5だった事を考えると、その強さと言ったら恐ろしいほどだ。名前なんて平仮名でたぬきなのに。

 まあ、どんなもんか見に行くのは面白いだろう。ダンジョンみたいに全滅しても途中のドロップ無くすわけでもないし。

 ダンジョンに籠もるのも流石にワンパターンで飽きてきたところもある。宝箱も大体素材しか落ちないしね。

 次のイベントまでにセアズさんになんか装備作ってもらえないかなあ。そんな事をのんきに考えながらセカの町を進むと、モンスターに遭遇した。

 投石リスだ。そして蹴り二尾。

 リスの方はそのままで、石を投げて攻撃してくる遠距離攻撃タイプ。蹴り二尾は狐のモンスター。尻尾が二本ある狐で、蹴りかかってくる。


「セアズさん!」

「任せてくれ」


 彼女が射撃を一発。ここに来て初めて遠距離タイプの攻撃をする相手と当たる事を考えてか、投石リスのHPは少ない。セアズさんの射撃だけで倒せる。

 蹴り二尾の攻撃は必殺技のものも混じっていて、しっかり回避してから攻撃するか、上手くカウンターを狙うかは迷うところだ。今日は安全策を取って回避だ。

 なんせ今日のメインディッシュはこいつらではないのだから。


 道を進んでいくと、一本の武器が立っているのが見える。

 あれがたぬきだ。

 二本足で立つそのたぬきはその身長には似つかわしくない長物を持っていた。ハルバード。突きも斬りもいける強力な武器だ。

 まだ距離もあるというのに、こちらを探知すると凄い勢いで走ってきた。デフォルメされたたぬきが、二本足で。


「こういうのもゲームの醍醐味か、な!」


 おれは短剣で振り払ってきたハルバードを受けると、そのまま吹き飛ばされる。そしてそのまま追撃しに飛ぶように走ってくるのだ。

 リーチが違いすぎる。短剣とハルバードでは、どうしても相手の懐に潜らねばならないというのに、それをさせてくれる速度ではない。

 だが、これでいい。

 ランサーさんが攻撃を仕掛けている。石の槍でたぬきを貫かんと必死になって攻撃を繰り出していく。

 しかしそれも何発かは捌かれてしまう。おれを攻撃しながらなお、ランサーさんを狙う余裕さえあるというのだ。

 とはいえ、こちらのスピードだって悪くないのだ。ランサーさんを攻撃している間に、ハルバードのリーチの中に入って一撃。その瞬間だった。


『ロールスイング』


 必殺技の名前がたぬきの上に表示されたのだ。横に一回転する一撃を盾で受けるがもう遅い。必殺技は盾を貫通し、おれにダメージを与える。


「ダイアさん! 回復なのです!」


 即座に与えられるマリーさんのヒール。そしておれを追撃してくるたぬきに、射撃が加わる。その一撃をもって、ヘイトがセアズさんに向かう。それはまずい。


「【ヘイトアクション】!」


 マリーさんの回復は三十秒のリキャストが存在する。その間にダメージを受け続けたら死んでしまう。それでもおれはタンク役として皆を守らなければならない。

 そうだタンク役だ。おれは無理に攻撃する必要は無い。

 おれはたぬきの攻撃を盾で受け続けた。その間にランサーさんが火力を出す。たまにセアズさんが射撃をする。ミナトさんが魔法を当てたり外したりする。

 ミナトさんに関しては仕方ないのだ。結構なハイスピードで行われている戦闘なので、魔法だって外す事もある。

 ほぼ当てられるセアズさんの方がやばいくらいのエイム力なのだ。


 この勝負、おれとセアズさんが協力しながらもメインの火力はランサーさんと言ったところだろう。堅実に、確実に。速度でこそ劣るがリーチの差は互角。

 ならばその速度を埋めるように援護するのが正しいだろう。

 ランサーさんの突きが、払いが、斬撃が。確実にたぬきを削っていく。時折ダメージを貰う事もあるが、すぐ倒れるほど彼女はやわじゃない。勿論何発も食らい続ければまずいので、マリーさんからのヒールも貰っている。

 石の槍とハルバードがぶつかり合う。援護は不要じゃないかと勘違いするほどの接戦に、しかしおれ達はちゃちゃを入れ続けた。

 時に盾で代わりに攻撃を受け、時折背中側にヘイトを向けさせ。時には銃撃がたぬきを襲う。

 そして水魔法をたぬきが跳躍で躱した時だった。


「溜まりに溜まったこの一撃……食らえよ! 【ドラゴンブレス】!」


 彼女の口から吐き出される炎が、空中に飛んだたぬきを襲う。いつまでも消えないのではないかというほどの火炎の放射に焼かれ、たぬきは消滅していった。


「い、よっしゃあああああああ!」


 吠えた。竜人の咆哮。


「ランサーさんやりましたね!」

「さすがランサーなのです!」

「恐ろしく強い敵だったよ」

「活躍できなくてごめんねぇ」


 しょんぼりしたミナトさんに、しかしランサーさんは首を横に振った。


「いや、あいつ明らかに魔法を嫌がってた。だから無理矢理にでも回避したんだろう。おかげで助かった。……おお!? たぬきの槍! これレアドロップじゃないか!?」


 興奮するランサーさんの言う事は正しそうだ。おれが手に入れたのは。


「たぬきの毛皮と石材」

「右に同じ」

「なのです」

「石材だけだったねえ」


 そういえばイベントもまだ続いてるから石材も落とすよな。追加の経験値みたいなものだしいくらあっても困らない。

 しかし、ランサーさんがたぬきの槍を手に入れたというのはまるで……


「あいつに認められたって感じがするな」


 そう言って新しく装備したそれは。


「……なにこれ」


 あの見た目だけは面白いたぬきが穂先に抱き着いたデザインのなんとも言い難い代物だった。

 一応性能はいいらしいので使うそうだ。

 サアトの町のセーフスフィアを解放して帰った。


「いや、素直にお前が使ってたハルバード寄こせよ……」


 とは彼女の談だ。まったくもってそう思う。

 これからおれ達もあの槍を見ながら冒険するんだぞ。

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