やっぱり仲間が一番だね!
アストの町で合流したランサーさんを見て、おれは思わずその腰に抱き着いた。
「ランサーぁ~!」
「うおっ!? なんだなんだ!」
「猪勇者に女に言いなりになる馬鹿にキレやすい女に遭遇して辛かったー!」
はぁ? と首を傾げて俺を引き離すランサーさん。
近くにいたマリーさんにはよしよしなのです、と言われながら頭を撫でて貰った。
「お前男だって言ってたろ……なに普通に抱き着いてきてるんだ」
「うっ、ごめん。安心のあまりに。うう、ランサーさんとマリーさんがいるぅ~、最高だー」
「セアズ。解説頼むわ」
はい。と一言同意すると、彼女は感極まるおれの代わりに事情を話してくれた。話し合いもしない野良メンバー。リーダー気取りなのか、次は行けるぞと鼓舞する男。相談タイムは設けない。そんなリーダーの恋人で、そんなリーダーを礼賛する女。従わないと文句あるのかとヒステリーを起こす。その女が好きな趣味の悪い男。この人は本当は常識的なのかもしれないが、言いたい事を呑み込んで付き従う。
ただ、気になっていた事がひとつ。
「セアズさんはなんで文句一つつけずに従ってたんだ? それどころか失敗する毎にあの女を宥める事に尽力してるように見えた」
「公式配信者ですから。無謀な挑戦だって様子を撮っておきたいからね。冒険を辞められるよりはマシなんだ」
そういえばこれはベータテスト。色んな情報があって困るものじゃないのか。でもなあ……
「それよりイベントの様子はどうなんだ? 石材稼いだか?」
「それがダンジョンで全滅してばっかりで……一応ハンタードッグ倒して手に入れた分はあるけど」
「じゃあ町の人に渡してるところ見せてくれよ」
おれは銀行に寄ると石材を引き出し、近くのNPCに話しかけた。
「石材取ってきたんだけど……誰に渡せばいい?」
「俺が預かるよ。町の貢献に感謝を!」
そう言うとインベントリから石材が消え、代わりに経験値が入ってくる。当然、これだけじゃレベル3は遠い。
「なるほどね、誰でもいいから町人に話しかければ石材を預かってもらえるって感じか。よっしゃ、遅れた分取り返すぞ、マリー」
「はいなのです! それで今回のターゲットは? ミナトさんがいないからダンジョンはきついのです」
「敵の強さで石材のドロップが変わらないならスライム倒してればいいんじゃないか?」
しかし、そうではない。ドロップ率は敵によって変わるのだ。それをランサーさんに伝えると、彼女は頷いた。
「うし。じゃあ巨大猿を倒しに行こうぜ。ダンジョンを除けばあそこがこの辺で一番強い相手だ」
森に行くのか。あそこはランサーさんとマリーさんに会った思い出の場所であり、最初に武器も無しに挑んで負ける恥ずかしい思い出の場所でもある。
西出入口にもあったセーフスフィアをいまさら解放しながら、あの禍々しい森へ出発。
道中でスライムがプレイヤー達に倒されている。なんらかの修正が入ったのかもしれないが、北の草原よりスライムの出現率が高い気がする。これならスライムを倒したいのに狩れないというプレイヤーも少なくなりそうだ。
森に辿り着き、おれが先行して索敵を行う。戦っててちょうどよさそうなのは……あれか。巨猿二頭と毒蛇一匹。
おれはセアズさんにチャットして、狙撃を依頼する。
『あそこの蛇に当てられる?』
『任せてくれ』
セアズさんはおれの隣に寄ると。って、近い近い。
とにかく狙撃の体勢に入り、毒蛇にヘッドショットをかまして撃破してくれた。戦闘開始だ。
近くの木にワイヤーを絡め、上空から攻める。地上からはランサーさんが敵に肉薄していく。速度の高い俺は二頭の巨猿に一足早く辿り着き、ヘイトアクションを発動。
おれよりもでかい猿達が、おれに対し反応し、攻撃を仕掛けようとしてくる。その内の一体の懐に忍び込み、腹の中心に向けて、短剣を繰り出す。
追いついてきたランサーさんが、槍に炎を纏う。
「【フレイムランス】!」
あれはおれの手に入れたスキルブックを譲渡して覚えた新技。属性を持った槍の強烈な一撃だ。
ただ必殺技を身に付けただけじゃない。マリーさんから貰った新しい槍の力でより強く、素早い攻撃を可能にしている。
そうして、そうそうに片付けた敵からのドロップ品は、基本ドロップと、石材。それも三体の敵から三つもドロップしたのだ。
これがマリーさんの強みだよなあ。
で、明らかにあの頃より高まっている戦力で、久しぶりに巨猿を狩っていると、母さんから食事に呼ばれた。
「ごめん飯落ちだ」
「あたし達は喰ってきたからこのままログインしてるわ」
「なのです」
「ボクは適当にプレイしながら食べるのでこのままで」
いいなあセアズさん。夕食もそんな調子で食べられるなんて。とはいえ母親との約束事に変えられる訳は無く。
「ミナトさんがその間に来たら合流しておくのですよー」
そんなマリーさんの一言を聞きながら俺は一人ログアウトする事になったのだ。
ヘッドセットを外し、一階の居間へ。今日の晩御飯はおれの好物の鳥チリだ。そして母は何か悩んだような様子でこちらを見ていた。
「……どうしたの。ご飯何か失敗でもしたの?」
「そういう訳じゃないの。うん、食べて食べて」
そういうもんだからおれは食事に手を付け始めた。最初はサラダからだ。
で、食べてる途中で母はこう言う。
「うちにはお父さんがいないじゃない」
「そうだね」
真面目な話がしたいようだ。おれは食事をやめて話を聞く体勢に入る。
「でもママは働いてないでしょ?」
「うん。養育費貰ってるんだと思ってるけど」
「そうね。でもそれはお父さんから貰ってるんじゃないの。お父さんなんて、いないから」
これはいよいよ、あの話か。
「貰ってるのは、ママの先輩から。あの人が、女性だけど、あなたのお父さんと言えなくもない。女の人だからもう一人のお母さんだって言った方が正確なんだけど」
先に調べておいてよかった。ショックは小さくなってると思う。
「あの人の実家はお金持ちでね。同性婚には反対だった。一般人の私達には難しい家同士の関係もあるみたいで。
だからせめてもの繋がりとして、子供を産む事だけは認めて貰えたの。当時の最先端技術を使って、女同士で子供を作る方法でね」
なるほど、母とその先輩は愛し合ってはいたわけだ。それを引き裂かれたけど、おれを産む事は認めてくれた。金もちゃんと出してくれる。そりゃよかった。
「……で? その先輩、あんまり俺に会おうとしなくない? もう一人の母親でしょ?」
「それは……本当の事に感付かれたら、あなたが傷つくと思って」
「そっか。まあ責めてる訳じゃないよ。別に構わないよ今まで通りでさ」
母さんは、なんと言っていいのか分からない様子だった。
「あなたがTS病じゃ無ければ気付かれずに、話さずに済んだのに。それかあなたが最初から女の子だったらよかった……」
混乱しているのは分かる。分かるが、それは男だったおれを否定する言葉だ。おれは女の方が良かったのか? 少なくとも、都合は良かったのだろう。何も知らせずにいられたのだから。
「ねえ門人、あなたが望むのなら璃子先輩ときちんと話す機会を作ってもいいのよ……?」
「いや、いいよ。面倒だし、ゲームしてる方が良い」
おれはそう告げると、食事の続きを始めた。
「そう……門人がそれでいいなら……」
その先輩とまったく話したことが無い訳じゃないが、今更母親面されるのもね。というかあの人あんまり得意じゃない。
おれは食事を終えると、ごちそうさまだけ言って自分の部屋に戻った。
ログインした俺を待っていたのは、一通のチャットだ。
「ミナトさん帰ってきたのですよ! 皆でダンジョンに行くのです!」
マリーさんから送られてきたそれに、俺は大喜びで返信した。今すぐ行きます、と。
集まってみればランサーさんがキャパシティオーバーになったらしくコミュ障状態になっていて、おう。としか挨拶してくれなかった。
「待たせたねえ。ダンジョンでは良質な石材が取れるんだってね。楽しみだねえ」
「いやお待たせしたのはおれの方です。行きましょう行きましょう」
そうしておれ達はダンジョンに向かう。その間におれがいない間の事を話してくれた。
ほとんど入れ違いのようにミナトさんがログインした事、四人でスライム狩りをして、全部ランサーさんが倒してドロップ品を集めていた事。
結局、雑魚を倒すのならランサーさんが一番いいのだ。マリーさんはまともに戦えないし、セアズさんは銃弾の費用が嵩む、ミナトさんはMPを消費するとそれぞれ事情がある。
そこで皆で応援してランサーさんがスライム潰しを行っていたようだ。
「おかげで石材も少し溜まったし、MPポーションも手に入ったよぅ。ダンジョンへの準備はばっちりだねぇ」
おれ達はゴーレムを中心に狙うようにしていき、良質な石材を手に入れていった。残念ながらボスゴーレムはドロップ品を落としてはくれなかったが。
あくまでダンジョン奥の宝箱がドロップ代わりらしい。
そして、このパーティはやっぱり強い。
ミナトさんの魔法攻撃は威力が高く、魔法防御力が低い相手には圧倒的な破壊力。
セアズさんは飛行能力が圧倒的だし数の多い相手には魅了もある。FPSをやっていたというだけあって狙撃が上手い。
マリーさんは何度も言っているようにドロップ品で困る事が無い。30秒のクールタイムが必要とはいえ回復も出来る。
ランサーさんは体力が高いからサブタンクみたいな真似も出来る。通常攻撃の火力も上がってきていて、長く戦う時は頼もしい。
そして俺がタンクとして敵のヘイトを稼ぎみんなを守る。ワイヤーアクションを使った回避、小さい体による当たり判定の小ささ。回避盾としてはこれ以上無いだろう……は言いすぎだが、タンクとしては悪くないと思っている。
居心地だって悪くない。むしろ良好だ。
お互い何かあればチャットして合流するくらい仲が良いし、コミュ障状態のランサーさんはちょっと困るかもしれないが、頑張って話そうとしてくれる。
お互いがお互いの価値を認め合ったおれ達は、間違いなく仲間だった。
「おれ、今後は野良はいいかな」
「おや? どうしてかな」
「よく分かんない相手と付き合うより、すぐに皆と合流できる方がいいや」
「ボクとしてはちょっと困るんだけど、まあいいさ。付き合うよ」
セアズさんがそう言って俺に寄り添った。相変わらず距離が近い。
「公式配信者としてはそれでいいんですか?」
「あんまり良くない。でも君がそうしたいなら一緒にいたいと思う」
「なんでそこまで」
「きみが好きだからさ。それに……ボク達は仲間だろう?」
おれは満面の笑みで頷いた。
「うん!」
そんな調子で数日、夜までをセアズさんと二人きりで過ごして、それからは社会人メンバーと合流してダンジョン攻略という日々が続いた。
そしてある日――




