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Pinky Ring  作者: 紫花
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天界編 Sanctuary of heart 後編

15禁です。閲覧注意。

自分を痛め付けた全てを壊し、斬り、抉り、潰し、刻み、折り、貫き、割り、叩き、砕き、肉塊と化した悪魔を魔法で焼き、マリアはようやく落ち着きを取り戻した。

いつの間にか、『天界』を襲って来た悪魔達は消えていた。恐らく他の天使達が倒したのだろう。


(戦争が…始まるのかしら…)


そう思う彼女の瞳に、鏡が映る。


「…やだ」


自分の顔を両手で覆い、彼女は部屋を飛び出す。

直した扉を開けた時、


「おや、私に気付いていましたか?」


シンが、目の前にいた。

咄嗟に俯き、問いには首を振って答え、最も信頼する人に聞いた。


「…シンさん…」


「はい、どうしましたか?」


「…私、おかしいのです」


盗み見た彼の表情はとても心配そうで、マリアは何故か申し訳ないような気持ちになった。


「…何でも、ないです。ごめんなさい」


「マリア、其処まで話しておいて「本当に、何でもないのです」


急いで扉を閉めようとする。しかし、シンは閉まる扉に手をかけた。

白磁の手が傷付く事をも厭わず。


「嘘ですね、マリア。貴女は私と、目を合わせようとしていません。」


無言を返す少女に、天使は優しく言った。


「どんな事でも構いません。話を聞きますよ。」


その言葉に、マリアはゆっくりと顔を上げた。

銀のカーテンの奥には、幸せそうに笑う彼女の顔があった。


「…何か良い事でもあったのですか?」


「違います、おかしいのです。ずっとこの顔のままなんです。…悪魔を、殺してから…」


息を飲むシンに、マリアは笑顔のまま顔をまた俯けて話す。


「…昔、私を傷付けた者が悪魔になっていて…その者を私は、酷く残酷に…殺してしまったのです」


マリアは更に深く顔を伏せた。

言葉が返る。


「悪魔を殺す事は、魂を浄化する事と同じです。穢れた魂を、私達が払い清めるのです。其の事に、貴女はきっと意義を感じているのでしょう。」



「…そうでしょうか」


暗く、マリアは問う。

頷き、シンは続けた。


「私は、戦う事が楽しいとか、天使としての優越感等の理由でもかまわないと思っていますよ。」


「…何故ですか?」


尋ね、顔を上げたマリアに、笑みは貼り付いていなかった。

シンは目を細めた。


「それでも、其の人が其の人である事に変わりは無いからです。…マリア、笑顔が消えましたよ。」


白い手が、マリアの頬を撫でた。

瞬間、辛い記憶が電流のように頭を駆け、反射的に手を振り払った。

快音が飛んだ。


「…すみませんでした。」


申し訳なさそうに笑うと、彼は踵を返した。


「もうすぐ、戦争が始まります。其れを、伝えに来ました。」


伝言を残すと、シンは音をさせずに白の中へ消えていった。


「あ…」


マリアの声は、届かなかった。


(…酷い事を、してしまった…)


マリアは恐ろしくなった。しかし同時に嬉しさを感じた。

生前、男に頬を触れられた時は、無理矢理の接吻ぐらいであったから。

だから、シンの何も求めない温かい手に彼女は喜びを覚えたのだ。

だが、彼女はその手を振り払ってしまった。

朱に染まる顔を手で押さえ、複雑な面持ちで、マリアはシンの歩いて行った先を見つめた。




*  *  *




それから、時は過ぎ。

天使と悪魔の戦争が始まり、数十年が経った。

毎日入って来る新入りの天使にも、ある程度の戦いを教え、死地へ送り出す日々。

安心できる場所など無かった。

その数十年を生き延びたマリアは大天使になった。

『福音』の力を得た彼女に敵はいなかった。

また、その他シンを含む大天使数人と多くの天使の力で、悪魔の勢いは次第に削がれていった。

そして遂に、天使達は「魔王」と呼ばれる悪魔の長に戦いを挑む事になった。

魔王、南風(はえ)・ツキとその妻、踊飛・イリス。

漆黒の髪を揺らし、金の瞳を目の前に二人の天使に向け、彼は言う。


「…遂に我が前に来たか、天使よ。数多の我が同胞を殺していった気分はどうだ?」


「特に何も。ただ、天使として彼等を救済出来た事には常に喜びを感じました」


ツキはそう言ったマリアを鼻で笑う。


「喜び…?はっ、悦びの間違いだろう。救いではなく、虐殺に対してのな」


黒い着物の袖を振り、彼は刺青を撫でる。

だだっ広い闇より暗い黒が、彼の白い手の甲で光った。

異空間と繋がったらしい刺青から、刀が出て来る。

水を払うように一振り、柳葉刀を天使に突き付ける。


「我が同胞の敵、そして腐った天使を掃う為…南風・ツキ、参る」


疾走。

一足でマリアとシンの間に入る。


(…!)


(反応、出来なかった…!)


横に一閃、剣を振る。

咄嗟に避けるが、二人の服に切れ目が入った。

速かった。

【金糸雀】の力で、マリアはツキの立つ床を破壊する。

真っ黒い床が壊れる。その奥にはやはり真っ黒の石がある。

足を浮かせた所をシンの魔法が飛んだ。

だが魔王は刀で防ぎ、弾く。

そこにツキの後ろから黒い塊が飛んで来た。

マリアは危険と感じ、【金糸雀】で即刻燃やす。

一部が焼けた塊は、残った大部分でまたマリア達を襲う。

それは蠅だった。

操るは魔王の妻、イリス。

目があった瞬間、彼女は艶然と笑う。


「…っ!!」


歯を噛み締め、イリスをマリアは睨む。

黒衣の女の周りに、全方位からの火の玉が飛んだ。

火球は中心の彼女めがけ、爆ぜた。

消し飛んだ、訳ではなかった。

爆煙が消えた先、彼女はいなかった。


「天使さん…、こちらです」


儚い声で、悪魔が呼んだ。

頭上から。

弾丸のように落ちて来る彼女に、マリアは回避を忘れた。

だが、助けが飛び込む。

シンの武器、『ブロードビルド・ローラー』が一羽、ロウ。

金に輝く、長い嘴を持った鳥が、命じる。


「メイレイ。…オチルナ。」


「!?」


その言葉に、イリスの意思に反し、彼女の体が動かなくなる。

しかし、イリスは手を動かした。それは先程マリアが燃やした蠅を操る。

沢山の蠅の上、イリスは立った。


「人の…、攻撃の邪魔をしないで下さい」


「私はやっていません。向こうで貴女の旦那と戦っている天使がやったのです」


「そうですか…、彼は貴女の恋人ですか?」


マリアは僅かな動揺を見せた。

意地悪く笑い、黒衣の女性は尋ねる。


「図星…、ですか?」


「残念、違うわ。私は男など好きではありませんので」


動揺を隠し、マリアはそう言う。


「あらあら…、それでは妾の貞操の危機ですね」


クスクスと笑うイリスは、小さく手を動かした。

彼女の下にいた蠅の一部が、彼女の前に並ぶ。

それは階段。

美しく、彼女は階段を降りる。一段降りるごとに、上段にいた蠅は下への階段を作る。

全ての段を降り、黒い床に足を付けたイリスはまだ笑っていた。


「けれど妾はツキ以外に…、此の身を捧げる気はありません。たとえ次の世でも」


そして、イリスの姿は消えた。


(また上か!)


中々しぶとい、そう考えながらマリアは魔法を発動。

頭上から生える蒼白の茨が、急速にイリスへ伸びてゆく。


「さあ、降りてらっしゃいよ逃げてないで!私は貴女を食べたりしないから!」


狂った笑いを空に向けながらマリアは言う。


「私は貴女達を、壊したいだけなんだから!!」




*  *  *




長く、永く、戦いは続いた。

気が付けば四人は、洞窟の中で戦っていた。

地獄の中では明るい場所のそこには、沢山の宝石が少ない光を反射して、全体的にぼんやりとした光を放っていた。

戦いなどで来なければとても美しいと思えるその場所で、踊るように命の削り合いは続いていた。


「まだやるか。懲りない男だ」


「だったら、貴方が退けば良いでしょう。」


ツキは自前の、シンは魔法で生成した剣を互いに打ち付け、一歩も退かず、


「何時まで逃げているの!?」


「妾に…、戦いは向いていませんので」


マリアは手で、イリスは足で互いを攻め、自分を守る。

終わりの見えない争いは、唐突に出口を見せた。


「堕ちなさいよ!!」


終わらない戦争に苛立ちを見せたマリアが、光の帯をイリスに当てようとする。光条はイリスを追い、その身を焼こうと洞窟を駆けた。

そして遂に、イリスに光が追いついた。瞬きの間に彼女は消し飛ぶだろう。

だが、そこに飛び込む黒い影。

気が付けば、洞窟内に反響する声。

黒衣の女を呼ぶ声が、ずっとこだましていた。


「…ぐっ、あ゛あ゛あぁぁ!!」


「ツキ!」


「あ」の音で満たされた洞に、魔王が倒れる音が響いた。

しばらく皆の時間は止まっていた。

やった、マリアの喉からそう出かかるが、ツキの呻きで言葉が出る事はなかった。


「…大、丈夫か、イリス」


「はい…、妾は生きています」


「良かった。御前が無事なら…其れで良い」


言って、彼は立ち上がり、刺青を撫でた。

いつも、こうやって彼等は戦ってきたのだろう。

夫が戦い、妻は逃げる。

互いが危険になれば、互いを助ける。

今、彼は操る蠅の子を腹に乗せていた。

汚らわしい蛆虫。だがそれは焼け焦げた傷口を食べ、再生しやすくする。

そうやって、負った傷は治していったのだろう。

吐き気のするぐらい、ずるずると互いを引き込むその愛。

そして、その中に息づく、何か。

頭の中で分かるが、彼女は、


「…認めないわ…さっさと死になさい!!」


嫌だったのだ。何故か。

マリアは今見たもの聞いたもの何もかも全てを信じたくはなかった。

今、彼女は知ってしまった。

気持ちの悪い愛の中に、とても綺麗な感情がある事に。

【金糸雀】の力で光り輝く剣を作る。


「うあああぁぁっ!!」


雄叫びに気付いたイリスが手を広げ夫を庇う。

だがイリスは後ろにいた夫に押され、よろけ、地に手を付く。

光の剣で、繋がる二人の人。

貫かれた男は、胸から、口から血を流す。

しゃがむ女は、ただそれらを見上げる。

そして、貫いた女はそれらを見て、ゆっくり、次第に大きく笑う。


「…ふ、ふふふ、フフ、フフフフフフハハハハハハハハッ!!!」


石の壁に付いた血はただ紅く、拡がる声はただ狂気に満ちる。

三人の近く、金髪の男は少しの安堵と疲労と、多くの入り混じった感情を抱えて。

戦争は、終わりを告げたのだった。




*  *  *




崩れ落ちた夫を見て、妻はただぼうっと彼を見るばかりであった。

開いたまま彼女を映す目を見て、イリスは白い手を動かした。

人差し指だけを立て、小さく動かす。

その動きでどこからか小さな蠅が彼の目に寄った。


「…お願いします…、傷付けたら、妾はお前達全てを焼き滅ぼしますよ」


虚ろなイリスの紫の瞳は、ただツキの金の目を見るばかりだった。

小さな蠅達は彼の目の中に潜り込んだ。

しばらく何もなかったが、ある時、目が浮いた。

蠅達は眼球を取り出した。

視神経までしっかりと付いている。

イリスは取り出されるのを見た後、彼の腹に付いていた蛆をつまんだ。

それを見てくすりと彼女は笑い、蛆を自分の額に置いた。

彼女の意思を既に汲み取っていた虫は、彼女の額を食っていく。

ペースが遅いと感じた彼女は、更に夫の腹の蛆を手に取る。

しばらく自分の額を食わせた後、彼女は蠅に合図をし、額に出来た空洞に埋めた。

そうして、彼女は夫の体の一部を自分に取り入れた。


「ツキ…、ずっと一緒ですね」


額の黄金の瞳は、無理矢理作られた眼窩で外界を映している。

その光景を見ながらマリアとシンは、傷付いた体を引き摺りながら白い世界へ戻った。

あんな狂った女など、余計な手をかけずともいつか死ぬと思ったからだ。

帰って来たその場所で、二人を見た天使達は歓喜の声と共に二人を迎えた。

その大きな戦争からしばらく、天使と悪魔は戦いを忘れ日々を過ごした。




*  *  *




そして、ある日。

シンは、マリアに問うた。


「マリア…、貴女は、転生をしないのですか?」


マリアの頭に転生などという選択肢はなかった。


「はい…」


「何故ですか?」


転生など、したくなかったのだ。


「また、あのような事にはなりたくありませんから…」


それに、この世界で見つけてしまったから。


「…私は、この世界で…」


「此の、世界で?」


もう、隠す事など彼女には出来なかった。

マリアは腕を伸ばし、シンの体を引き寄せた。


「貴方を、見つけてしまった…」


人を、男の人を愛する事など出来ないと思っていた。

だが、どうしても彼に惹かれてしまう自分がいる。

彼の懐に入ったマリアは、急激に紅潮する頬を自覚しながら、告げる。


「…好きです。好きなんですシンさん。貴方が…」


答えを言わず、彼はマリアを抱き締めた。

そうして、二人は恋人になった。

『神の恋人』が禁を犯した、瞬間だった。




*  *  *




「その後は、本当に忙しかった…」


戦争をした辺りで、行方不明になった神の代わりに、シンが神を務めた。

彼の力で自分以外の全ての天使は、シンが神と思うようになった。

そして、有り得ない筈の自分の懐妊。

老いなどがまずないその子は、今ようやくある程度の知識が付き始めた。

沢山の、沢山の事が起きた。

今また、一つの出来事が起きる。

大天使の自分さえ、未来は分からない。

ただ分かるのは、自分の過去、それだけだ。


(それで、良いのですよね)


知ってもどうにかなるだろうか。

未来は決められている。神などを超えた、遙かに大きな存在によって。

けれど、自分は神を信じ続ける。

そう思いながら、マリア・ブレス、いや、彼の力と共に現れた天使、静歌・キャロルは思う。

あの最後の戦いでどこかに行ってしまった、石の無いロザリオを軽く、彼女は握り締める。


(私は…)


その時、扉がノックされ、声がかかる。


「私です。部屋に入って宜しいでしょうか?」


了承しようとして、自分の格好に気付く。


「待ってシン。今開けるから」


急いで着替え、彼女は扉を開ける。

目の前には昔と全く変わらない、愛しい天使の姿。

彼は今日も柔らかく笑い、提案を持って来た。


「久し振りに下界に行ってみませんか?今日は満月ですので」


「はい、行きましょう」


断る理由など無かった。だから静歌は部屋を飛び出した。

銀の髪を揺らして、静歌は愛しい人の腕の中に飛び込んで行った。




Sanctuary of heart fin.

これにてこの話は終わりです。

エグイ話でごめんなさい…(笑)

天界編は、まだ続きます。


閲覧、ありがとうございました。

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