下界編 SF.Panic 後編
※この話で出てくるオタクを分かりやすく描写する為に、小説としてあるまじき表現をしている箇所があります。演出の為ですのでご了承下さい。
残り三十分。
段々客足は減り、俺達は少し余裕が出来た。
蒼良はあれからずっとクラスに入り浸っており、今は窓側でぼんやり外を見ていた。
「中々人気あったな。全然来ないかと思ってた」
布巾でテーブルクロスを拭きながら、俺は紗良に話しかける。
「本当だね。結構商品とか売り切れ出たし♪」
客が残していった空の紙コップや紙皿を片付けながら、彼女は答える。
「けど、まだ来るかなあ、お客さん…」
紗良がそう呟いた時だった。
「あ、見てみてお義姉ちゃん、衛兄ちゃん!」
蒼良が突然声をあげた。俺達は窓に駆け寄り、蒼良が見つめる方向を見る。
たくさんの人が校舎に向かって来ていた。
なぜか皆、さっきのオタクと似た服装だった。
「…何なんだ、あの人数。異常だろ」
「皆、中に入って来るの…?」
「そうかも…」
その多さに圧倒されている時だった。
「ここか!」
なんと、オタク達が俺達のクラスに入って来てしまった。
残り少ない喫茶店の客達が逃げようとして逃げられず、おろおろしていた。
同じように慌てる俺等気にも留めず、オタク達は一直線に紗良と蒼良の元に駆け寄って来た。
そして、奴等は始めた。
「さ、桜ちゃん、桜ちゃんだ!」
「は、花火ちゃん、写真撮っても、良いかなあ?」
「こういうポーズ、してもらっても、いい?(*´Д`)ハァハァ」
写真撮影会を。
「あの、おじさん達、ボク達困るんだけど…」
「フヒヒwwwヤバスwwww」
「ちょwwwリアル花火ちゃんww」
「これなんてエロゲwwwww」
蒼良の嫌がる声はオタクに届かず、
「あの、お客様困ります…」
「み な ぎ っ て き た お(^ω^)」
「桜ちゃん可愛いよ桜ちゃん(´Д‘)ハァハァハァ」
「桜ちゃんテラカワユスwww」
紗良の困り果てた声はオタク達にかき消された。
(参ったな…二人には逃げてもらうか…)
「紗良!蒼良!」
俺は二人に声をかけた。瞬間一斉にオタク達が俺の方を向いた。
血走った目が全て俺を睨む。
「死ね。氏ねじゃなくて死ね」
「ちょwww空気嫁wwwww」
「自重(´A‘)」
「ふいんき(なぜか変換できない)ぶち壊しorz」
彼等に恐怖を覚えたが、怯んでもいられなかった。
撮影会を再開したオタク達の一人に、何故こうなったのか事情を聴く事にした。
「あの、何故俺達の学校に来たんですか?」
「…書き込みがあったんだよ。アルちゅんに…」
アルちゅん、訳してαちゅーん。超大規模掲示板サイトで、毎日たくさんのスレッドが立ち書き込みがされる、知らない者はいない程有名なサイトだ。
「…桜ちゃんや花火ちゃんがいるって書き込みがあって、この学校のホームページのURLが貼ってあったんだ。…ここにいる奴皆、それ見たんだと思うよ」
彼は話し終わるとすぐ、また撮影に没頭した。
恐らくもう話は聞けないだろう。
彼女達の存在を知らせたのは、先程のオタクに違いない。
とりあえず二人を逃がし、このオタク達をどうにかしなければならなかった。
俺は無い知恵を絞って、ある案を出した。
「皆様!これから屋上にて彼女達が歌を披露します!」
その言葉に、オタク達と二人が俺を見た。
「まさか…」
まさかの意味が分からないが、適当に話を合わせておく。
「はい、そのまさかです!」
「うほっwwいい企画www」
「すごく…幸せです…」
「あのネ申曲『ごほうし天使サクラちゃんのうた』が、こんな所で聞けるとは…」
「なので、移動の為に道を開けて下さい!」
言われてすぐオタク達は紗良達の為に一本の道を作った。
固い笑いを浮かべながら、二人は走って教室を出た。
「用意の為に、十分程待ってから屋上へ来て下さい!」
俺もそう言い、彼女達の後を追った。
客は…他の人達がどうにかしてくれるだろう。
* * *
屋上に着いた瞬間、俺は先行していた紗良にまくし立てられる。
「ちょっと!!勝手に話進めないでよ!」
「ごめん。けどこうでもしなきゃ動けなかっただろ?」
「そうだけど…」
尻すぼみになった紗良の言葉の上に、蒼良の声が乗る。
「それより衛兄ちゃん、あと五分ぐらいでおじさん達来るけどどうするの?」
二人共、不安げな面持ちだ。
そんな二人に、俺は尋ねた。
「お前達はなんだったっけ?」
「…天使だよ?」
「だよな。だったら、俺達に出来ない事、お前等には出来るんじゃないのか?」
その言葉に、二人は目を開く。
「…!」
「そっか、じゃあ…!」
「それでな、こんな案があるんだが、どうだ?」
俺は二人に作戦を話す。
多分これで、奴等はどうにか出来るだろう。
* * *
五分後。
大勢のオタク達が屋上に登って来た。
装飾などは全くない、ごく普通にフェンスとコンクリートの床だけの、寂しい屋上に。
何だ、何も無いじゃないか。
あれは嘘だったのか、詐欺師め。
来て損した、帰ろう。
そんな声がした矢先、
「「皆さーん!!」」
天使の声が降って来た。
オタク達の見上げる先には、宙に浮いた二人の少女達。
蒼良はもちろん、紗良も天使の時の格好だった。
桜ちゃんの私服だ、そう言って一人のオタクがフィギュアを取り出す。
白いアームウォーマー、白いブーツに白タイツ、そして桃色のオーバースカート。
…いくら何でも似過ぎだろう。
「みんなー!今日はボク達の為に来てくれてありがとう!」
魔法で作りだしたマイクは、声を屋上のオタク達全員に届ける。
「最後まで、楽しんでね♪」
そして紗良は、後ろ手で描いていた魔法陣を完成させる。
聞こえないぐらい小さな声で、呪文を唱えた。
瞬間、桜色の光線が幾本も、屋上を囲むように飛んだ。
演出ヤバスwww
ktkrwwwww
(´・ω;)ブワッ
と、オタク達も感動しているようだ。
だが、それきり何も起きない。
「…よし、後数秒したら斬りに行くかな♪」
「さすが衛兄ちゃん、頭良いね☆」
「衛多くん、毎回テストの順位二十位以内なんだよ」
「…まあな」
俺の言葉で突然、紗良の目が据わった。
小さくパチッと指を鳴らすと、俺の姿が天使の目に映った。
俺は今、彼女達の魔法で宙に浮き、姿を隠していた。
「…何だよ」
「別に?頭の良い人は考えが違うなって思っただけですー」
そっぽを向いて、紗良は一方的に会話を終わらせた。
俺の考えた作戦はこうだ。
まず、普通にオタク達を屋上に入れる。
そして二人が本当に歌うように演技をする。
だがそこで、紗良の魔法が発動する。
その効果は幻覚。
ドームを作るように広がっていった光線は、その中にいる者全員に幻覚を見せるという魔法の光線だったのだ。
今頃オタク達は、蒼良と紗良が歌っているのを見聞きしている事だろう。
そして頃合いを見計らって、紗良の武器でオタク達を消す、というものだ。
ちらほらと、怪しげな踊りをし出す者まで出て来た頃。
「じゃ、そろそろ片付けるね♪」
「うん、よろしくねお義姉ちゃん☆」
空間に手を突っ込み、桜色の天使が取り出すのは銀の鎌。
その名は『ヴァルキリー』、北欧神話の女神の名。
その能力は対象の【強制送還】。
俺のように殺す訳ではなく、その能力を制御して、今回はオタク達を強制的に家に帰す。
紗良は体に纏わりつく羽衣を掌中に収め、
「行って来ます♪」
と屋上に降りて行った。
羽衣にはどうやら重力を無視する力があるらしく、こういった奇襲のようなものには向かない。
手に収めているので羽衣を纏っていない紗良は、重力に引かれてコンクリートに向かって行く。
そして、着地点にいるオタクの一人を、
頭から斬った。
綺麗に正中線を斬られたオタクは、一滴も血を流す事なく、鎌の刃が体を抜けたと同時に消えた。
きっと終着点は自室のパソコンの前だったりするのだろう。
刃がコンクリートを擦る前に、紗良はその場で一回転して体勢を正常に戻す。
羽衣をまた身に纏うと、彼女は笑みを浮かべ、自分を見ない男達に言い捨てた。
「それじゃあ、ばいばい♪」
周りにいるオタク達を回転して全て斬る。
鈴が笑い声のように鳴った。
「わあ、やっぱりお義姉ちゃんすごいや☆やり手だなーっ」
蒼良がにこにこと笑いながらそれを見つめる。
大きな動きで周囲のオタク達をバサバサと斬っていく少女。
その姿は天使と言うより、死神を思わせた。
こうして、この騒動は終わりを告げた。
* * *
後夜祭。
俺達のクラスは校内、一般公開共にそれなりの人気を博したが、調理部のクッキーに負け、惜しくも食品部門の賞『ミシュランで三ツ星で賞』を取り逃した。
だが、異装部門の賞『パリコレモデルも驚くで賞』を取った。
それにしても、受賞の要因である異装、つまりメイド服等がそんなに人気だったのか疑問だ。
あと、この賞の名前も何なんだと思う。
「面白いじゃん♪」
と紗良は言うが、それで果たして良いのだろうか。
「そろそろ花火、始まりますね」
俺の考えはその声で霧散する。
右隣には紗良、左隣には大人姿の蒼良がいる。
俺を含め、三人共各クラスでデザインが違うTシャツ、所謂クラスTシャツを着ている。
俺達のクラスは、黒地に白字で表に羽のワンポイント、メイドの横顔のシルエットと学年、俺達全員の名前が平仮名で書いてある。
そんな俺達は廊下で、後夜祭の最後を締めくくる花火を待っていた。
当然俺達だけでなく、たくさんの生徒や教師が同じようにそこにいた。
「まだかな。長いな…」
「そうだね…」
言った瞬間、小さな光が空を走った。
まるで星が、天に昇るように。
特有のあの音が尾を引きながら、光は空高く上がり、
一瞬の静寂、
轟音が耳の中を駆ける。
「始まったな…」
「はい…」
高揚した声がそこかしこであがる。
だが、それだけで満足しない者がいた。
「…衛多くん、ちょっと来て、お願い!」
「え?わっ」
紗良が突然、俺の手首を掴んで走った。
混雑した薄暗い廊下を、時折人に邪魔されながら、彼女の願いを叶える為。
「あれっ、おね…聖さん、堤君!?」
三出先生が俺達を呼ぶが、紗良は止まらない。
角を曲がり、階段を登る。「見返り」の為に。
花火の爆発音をBGMに、俺達が辿り着いた先は屋上。
施錠されていた為、魔法で開けた先には、誰もいなかった。
素早く髪飾りを外した紗良は天使になり、俺の手首を掴んだまま貯水タンクの上に乗る。
この学校で一番高い場所に、俺達は来たのだった。
「おい、紗「…もっと近くで見ない、花火?」
高速で魔法を発動、欺瞞の呪文を呟く。
俺の体は誰にも見えなくなった。
紗良は俺にかけたものと同じ魔法と、別の魔法を自分にかけ、自らの羽衣を俺にかけた。
体にかかる不可視の力が消えるのが分かる。
紗良は貯水タンクを蹴って、空に浮遊する。
羽衣をかけられた俺も、数瞬遅れてついて行く。
距離にして約二百メートル程、色とりどりの火花が夜空を飾る。
ヘリコプターに乗って見ても、これ程の迫力と華麗さは味わえないだろう。
だが、今俺は花火なんてどうでも良かった。
約十センチメートルの距離に、花があるのだから。
魔法のせいで顔は分からないが、きっと笑っていたと思う。
「…綺麗だ」
「…うん。綺麗だね」
俺の目は、見えない紗良を映していた。
落ちないようにと、いつの間にかその手は互いを繋いでいた。
SF.Panic fin.
秋以来の投稿、遅れてしまい、申し訳ありません。
続けて下界編、お楽しみくださいませ。
閲覧、ありがとうございました。