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Pinky Ring  作者: 紫花
15/16

Twincle Little Flower 8

夜。

風呂に入る前の、一時間程の自由時間。

宿題を済ませ、ただぼんやりと枕を抱いてベッドに寝転んでいた時だった。

ノック音。ベランダの窓からだった。

カーテンがかかるそこには、人影。


「…入っても、良いでしょうか?」


窓越しの声はとても可愛らしかった。


「…どうぞ」


それでも一応警戒をしながら鍵の閉まったベランダを開ける。

からりと音を立て、その人は入って来た。

月光色の髪、夜闇色の瞳。

月夜が人になったようなその天使は、私を見ると笑顔になった。


「今晩は、石蕗 命生花さん」


「…こんばんは…」


訝しむ私を他所に、彼女は私の部屋を見渡し、この前の家とちょっと違う、と呟いた。

意味が分からなかったが、この突然の来訪者に私は問うた。


「あの、天使さん?」


「あ、ごめんなさい。自己紹介も忘れて…私はメシア。メシア・クリストです」


他人の家を珍しげに見ていた少女はようやくそこで名を名乗った。

先程からペースを乱されているが、とりあえず話を元に戻した。


「えっと、メシアさん。どうしたんですか、こんな時間に?」


「はい。あの…命生花さん。『エトワール』、持ってますよね?」


「…はい」


私の中で、予感が走る。

何かが崩れる、そんな感覚を知る。


「それを、返してもらう事になりました。この下界の時間で三日後の午後八時五分に、蓮・ミラーを介して『エトワール』の返却をお願いします」


「…分かりました」


返事を聞くと、良かったと笑って、メシアさんはベランダの方へ歩いていった。

窓を開き、夜空に向かっていく。

たったそれだけの為にやって来た天使を見送りながら、私は思い知る。


(…あと、三日…)


彼と出会って、あと三日で、五ヶ月になろうとしている。

別れが、訪れようとしていた。




*  *  *




朝。目覚まし時計代わりの、携帯電話のアラームが鳴った。

停止の役割を持つ決定ボタンを押して。

体をゆっくり動かす。九月とはいえゆっくりと空気は冬に近付いている。

その少し肌寒い空気を感じながら身支度を整えた。

階段を下りて居間に入れば、台所からの料理の匂いが空腹を起こした。

母に挨拶、直後出来上がった朝食を摂って、全ての支度を終える。

いつもなら母と少し雑談をするが、今日は早めに出たい気分だった。

行ってきます、そう言いながら玄関の扉を開けて。

歩いて三十分程の私の学校へ。

教室に入って鞄を置けば、後は授業の開始を待つだけ。


(…あ、いけない)


私はそこで、大事な事を思い出し、再度鞄を持って下駄箱であるロッカーへ。

奥に置いていた、大事な物を手に取る。

『エトワール』。全ての切っ掛けである、星の名を持つ短剣。

それを鞄に押し込む。


「…よし」


これで準備は完璧。後は時を、待つだけ。

メシアさんが訪ねて来てから、早三日。

蓮との別れの日を、私は迎えた。




*  *  *




「驚いたな。…また転校生が出るなんてよ」


「そうだね」


昼休み。昼食を終えた私と昴は、いつものように教室で喋っていた。


「…今日、行くらしいじゃねえか。…言うのか?」


真剣な顔で、昴は問う。

彼の顔を見ずに、私は答えた。


「…言うよ。昴みたいに、頑張る」


「だったら、俺みたいにフられても笑えよな?」


意地悪く彼はそう言う。

私はそれに笑って返した。


「努力する」


昴の元を離れ、次の授業の移動の準備をする。

その時、教室の後方から蓮が歩いて来た。

彼の席は私より前にある。そして移動先の教室は、この教室の後方から出た方が早い。

教科書等の荷物を持って、机の中を覗き込む私に、彼は独り言のように囁く。


「お前も今日が最後だ」


私は何もないように準備を進める。蓮も教室から出て行った。


(…そう。そうだった)


失念していた。彼が去るという事は、私の命も消されるという事。

私も、今日が最後なのだ。




*  *  *




皆とは違う意味のさよならを友に言う。

昴はそれに気付いたのか、酷く悲しい顔で手を振った。

家に帰り、私服に着替えた私は明日がいつものように来るかのように支度をした。

母に頼んで早めの夕食を済ませる。

日課の祈りを終え、ただその時を待つ。

午後七時五十分。私は小さな鞄に『エトワール』を入れて、動く。


「お母さん、ちょっと外出て来るね」


「あら、どうしたの?」


母は心配を顔に表す。

私はそれを消すように、笑顔で答えた。


「友達に聞いたの。前よりすごい、流星雨が見られるらしいの」


朝のようにまた行ってきますと告げて、外に出た。

多分、もう二度と、帰れない。




*  *  *




余裕を持って家を出たから、五分前にはそこに着いた。

風で揺れる木々とブランコ、鎮座する滑り台、静かに佇むシーソー。

私は公園にいた。

彼の目的を知った場所。私が弱音を吐いた場所。

この小さな遊び場に、多くの思い出があるから、私はここを選んだ。

時が過ぎる毎に、焦りが生まれる。

それを押し潰すように、目を瞑る。

そしてふと目を開いた時、私は見た。

真っ白い髪、真っ白い肌、真っ白い服の天使を。

音を立てずに地に降り立った彼は、私を見て、呼んだ。


「…石蕗 命生花」


「…うん。来たよ、蓮」


蓮・ミラー。

純白の天使、転校生、置いて行かれた人、

私の、好きな人。

死への恐怖か、それとも。

心臓が、踊り始めた。


「…まず、『エトワール』を返してもらう」


頷き、鞄に入れていた『エトワール』を手渡す。

それから、彼の目的がもう一つ。

その前に言わなくちゃいけない事がある。


「それから…お前の「待って」


少し、蓮の眉が寄る。


「何だ?伝言か?」


伝言。確かに、そうかもしれない。

だから、言葉を、伝える。


「うん、お願い」


「白」に、告げる。


「蓮…、好きだよ」


音が鳴る。体の中で、耳の奥で。

強く強く、私を打つ。責めるように、鼓舞するように。

そんな風に内は騒がしいのに、外は嫌になる程静かで。

ただ風で動く木のざわめきだけが鼓膜を震わせる。

その沈黙を破ったのは、目の前にいる人だった。

溜め息だった。聞こえるぐらい、大きな。


「…お前な」


「…ご、ごめん、嘘」


咄嗟にそう、口走ってしまった。

だから彼ならこう言うだろう。


「なんで先に言うんだよ…」


(…あれ?)


予想と違っていた。

私は、「だよな」とか、そういう事を言うと思ったのだが。

混乱している私を尻目に、蓮は空間に手を突っ込む。

出て来た手には、白く光る金属。

そしてそれを、

私の胸に撃った。


「っ…!!」


衝撃。

だが、恐る恐る見た胸に、血は一滴も無く。

しかしどこかから何かが、消える感覚。


「え…?」


「これの能力、教えてやろうか」


軽く笑って、蓮は言った。

今までで一番自然で、素敵な笑顔だった。


「【削減(デリート)】。自分が要らないと思ったものを、削る能力だ。だからお前の願いを叶える力を削った。

…もう、お前は神様の元に行く必要は無い」


空間の向こうに、『オーディン』を仕舞い込む。

残虐な凶器が、人を救った瞬間だった。

『エトワール』も空間に送った蓮は、私と顔を合わせる。

真っ直ぐにこちらを見たままで、彼も告げた。


「好きだ。…石蕗、命生花」


こんなにも、嬉しいという事があるだろうか。

湧き上がる幸福感に酔う。

蓮は私が浮かれている間に「交信」を行った。


「神様、あの…、はい、分かりました」


天使の輪の輝きが消えた後、彼は立った。

私の眼前に。


「少し、頼みがある」


「何?」


私の返事を聞き、蓮はそれを摘まんだ。

彼がずっと身に着けていた、金のロケットだった。


「…これを、開けて欲しい。俺には出来ないから」


頼みに私は首を縦に動かし、彼の首に掛かったままのそれをそっと開ける。

中には。

何も、無かった。


(から)…」


蓮が呟く。


「空っぽ、だね」


私も同じように、ポツリと言う。


「なんだよ…最初から、分かってるみたいに…」


その言葉で、私は彼とロケットの関係に気付く。

百嘉さんのものだったのだろう。恐らく。

蓮はきっとこれに、縛られていたのだ。否、自分から縛られたのか。

けれどもう、そんな事はどうだって良い。

凍っていた時間は、今、動き出したのだから。

蓮は、ロケットを首から外した。


「これ、持っててくれ」


「え、どうして…」


「さっきの神様との会話、あれでお前の処遇が決まった」


ロケットを私の手に落としながら、蓮は言う。


「お前の力は俺の『オーディン』で削った。だからお前は死なないよ」


言われた直後、またも視界が揺れた。

前と同じ、安堵の感覚。

温かな、抱擁の感覚。


「…決めたよ、俺は転生する。またお前に逢いに行く」


「けど、転生したら忘れるかもしれないよ?」


「大丈夫だろう。その為の、お前の力なんだ。削っただけだ、まだお前の中にちゃんとある…」


ぐっと顔が近付く。

彼の切なげに光る瞳を、じっと見つめた。

星明かりの色をしたそれが見えなくなった時、私達は互いに誓った。

いつの日か、また会おうと。

この幸せな時を、瞬間を、忘れないうちに。

掻き抱いた体から、合わせた唇から伝わるこの温もりが、冷めないうちに。


願おう。

いつかまた、巡り逢えるようにと。




*  *  *




時間は駆け足で過ぎて行く。


「お前、進路どーすんの?」


「うーん…図書館の司書なんか良いかも」


春も夏も、秋も冬も。


「それでは、第八十二回清陽高等学校卒業証書授与式を…」


「…あ、…受かった…」


あの日の思い出は、そのままに。


「そういえば氷室、元気にしてるかな…」


「じゃあ今度、メリーに会いに行く?」


ただ心だけを置いて、駆けて行く。


「二十歳おめでとう、メリー!」


「おめでとうございます、命生花。晴れ着、素敵ですね」


忘れられた心を拾ってくれるのは、


「内定決まったよ!」


「げ…俺卒業までに決まるかな…」


ただ一人、あの人だけ。


「…もう、六年か…」


「…会いたいよ、蓮…」


真っ白い、天使だけ。




*  *  *




「どうです、素敵な学校でしょう?」


「はい。…昔も今も、まるで変わっていない…」


初老の少し頭の禿げた白髪の男と、黒髪の美しい女が、白い校舎を歩く。

二人が歩く先は、四階まである校舎の、三階の一番端。

いや、正確には、その先の図書室。

女の勤務先である。


「ここですね。…これからよろしくお願いしますよ、石蕗さん」


「はい、よろしくお願いします、校長先生」


女―石蕗 命生花は、去って行く上司を見送った後、人気の無い図書室を見遣った。

本棚が所狭しと並ぶ部屋は少々の圧迫感があり、それが集中を呼び起こしそうである。

パソコンが乗るカウンターの前に座る。そのモニター画面に、彼女の首元が映る。

良く手入れされた金のペンダントが光を反射していた。

本の貸し出しシステムの理解を始めて数分。世界に没頭していた命生花は、本を置く音で人の存在に気付いた。

置かれた本は群青色。表紙の中央には夜空の写真。

タイトルは、『星座図鑑』。


「…これ、借りたいんですけど良いですか?」


心が、ぐらりと揺れた。

まさか。そう思い、命生花は顔を上げた。

茶色っぽい髪。黒い双眸。グレーのスーツに白いワイシャツ。首に掛かったネームプレート。

そして異彩を放つ、真っ黒いネクタイ。


「…あ……」


「…久しぶり。…命生花」


ネームプレートに書かれた名は、「香我美(かがみ) 蓮」。


「…蓮…?」


蓮は頷く。


「転生して、一からやり直した。昔の俺はやっぱり死んだけどな」


運命を変えたら命生花に会えないかもしれないし、蓮はそう続けた。

そして蓮は、命生花の胸元にかかるものを見る。


「…付けてくれてたんだな、それ」


「絆みたいなものだから。…そうでしょ?」


「…ああ。違わない」


蓮はカウンターの向こう側に回る。

命生花がそれを受け、立ち上がった。


「…ただいま」


蓮は言って、微笑む。


「…おかえり、蓮」


命生花は、告げて俯いた。


「…泣くなよ」


「だって…」


蓮は手を伸ばし、命生花を抱き締め、聞いた。


「なんだ?」


目元を蓮の親指で拭かれた命生花は、少し赤くなった目元を細め、笑った。

生を高らかに謳う、花のように。


「だって、嬉しいから…―」




*  *  *




「あら、あの子ったら…」


「もう命生花もそんな年よ。キスぐら「けど許せないものは許せないの!」


「大丈夫よ。…彼はあの子の為だけに使命を頑張って、転生して、ここまで来たんだから」


「そうね…良かったわね、命生花」


「あら珍しい。萌花が素直に人の祝福なんて」


「煩い黙りなさい澄花!!」




*  *  *




ずっとずっと、願っていた。

君と出逢う日を、遠い星に。

けれど、気付いたんだ。

星は、近くにあった事を。

そう。

君は、私の。

小さく、輝く星なんだ。



長い間、想っていた。

想いは種で、大きく育って。

美しく咲いて、形になる。

その形が、君だとすれば。

そう。

君は、私の。

煌めく、小さな花なんだ。


Twincle Little Flower fin.

これにて命生花の話は終了です!

ちょい役で出すには可愛すぎたので主役にさせていただきました。やったねみみか!


この次はまた時間はかなり戻って、衛多と紗良のエピソードを。

やっぱりこの二人に締めてもらわなくては。


閲覧ありがとうございました。

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