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Pinky Ring  作者: 紫花
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Twincle Little Flower 3

「…シン様、伺いたい事が」


「何でしょう、蓮・ミラー?」


人々が『天国』とか『天界』と呼ぶ、この真っ白い世界。

色を忘れたこの世界で、俺は色を持つ人に話しかけた。

この世界のリーダー的存在、シン・クリスト。

またの名を、神。

かつて本当に存在していた神の代わりに、俺達天使を束ねてきた、最初の大天使。


「はい。『エトワール』の事なんですが」


「何か、不具合でも生じましたか?」


彼は少し、首を傾げる。

女のように長い金髪が、サラサラと音をたてて流れた。


「所有者が、いたんです。名を堤 衛多。人間です」


「…堤、衛多…」


ついさっきまで、緩やかな笑みを作っていた顔が強張った。


「…何か、知ってるんですか?」


思う前に、思いは口に出ていた。


「何処かで聞いた気がして…そのような訳が無いのですが」


端正な顔が歪む。記憶を探っているのが見てとれる。


「まあ、別に良いです。…もう一つの件ですが」


俺は話を替える。


「石蕗 命生花の連行ですが、邪魔が入りました。どうしましょうか?」


「…記憶を消すだけで良いでしょう。…構わない方が…」


未だ記憶を探っているのだろう。相当気になるようだ。


「とりあえず学生に紛れてみます。安心しきれば連行も記憶の消去も容易いと思いますから」


そして俺は眉間に皺を寄せる天使に言った。


「…そんなに気になるなら、会いに行ってみてはどうですか?満月は今週でしょう」


「…そうですね。貴方の言う通りかと」


話はこれで終わった。

それでは、と軽い返事の後、自室に戻る。

扉を開けた瞬間、


「レン~っ!!」


何故か俺の部屋から李佳(リカ)が出て来た。


「なんだよ李佳!勝手に俺の部屋にいやがって!」


「だってレンのそばにいたかったんだもーん」


「さっきまで居たじゃねえかよ…」


腕に巻きつく李佳を払って、俺は部屋に今度こそ入る。

サスペンダーを外し、ネクタイを緩める。ネクタイの下のボタンを二つ取り、楽な格好になる。


「その格好の方が良いよ、レンは」


「天使はきっちり、だろ。お前こそ今のその格好、どうにかしろよ」


そう、彼女の格好はミニスカートに臍を出したトップスと、天使にあるまじき露出の高いものだ。

なのに今の彼女はそれよりも露出が高い。

上着や靴下、そういったものは身に着けていない。

件のスカートに胸辺りだけを覆うピンクのキャミソール、それだけだった。

彼女は俺の忠告も聞かず、自分の意見を続ける。


「出来れば、それも外してほしい」


俺の胸元を指差す彼女の目は辛そうで。

そこには銀のペンダントがぶら下がっていた。

中は開けた事が無い。

他人(ひと)の物、だった(・・・)からだ。


「…女々しいよ、レン。いつまでお姉ちゃんの事引きずってるのよ」


「お前に何が分かるん「分かるよ。お姉ちゃんの妹だもん!」


李佳は声を荒らげるが、勢いはすぐになくなってソファーに座る俺の隣につく。


「…ごめん」


「…別に。俺も悪かった」


ほんの少しの静寂の後。


「…けど、本当の気持ちなんだから」


李佳は呟き、立ち上がった。

正面に回り、俺を抱き締めた。


「リカはレンが好きなの。大好きなの。愛してるの…」

李佳は抱擁を軽く解く。俺の目の前には、切ない表情の彼女。


「お願い。百嘉(もか)姉よりリカを見てよ…」


押しつけられた唇は柔らかく温かかったが、俺は受け入れたくはなかった。

李佳の肩辺りを押した。離された李佳は呆然としている。


「…明日から、石蕗 命生花の学校に入る。李佳、お前もだ」


「…嫌。あの子、リカ嫌い」


「ワガママ言うな。使命の為だ」


俺はソファーから身を起こし、扉に向かいながら服を整える。気分が何故か優れなかった。

別に李佳のキスのせいではない、が。


「そうだ、李佳。さっきの返事だ」


「……」


「俺は、百嘉以外に好きになる女は居ない。」


「…知ってるよ」


扉を開け、くぐり、閉めた。

上を見た。雪が降る日の空のような、この世界の天井。

かつてを思い出し、呟いていた。


「俺が好きなのはずっと、…百嘉だけだ…」


言い聞かせるように、俺は。

変わらないんだ、そう。

生きていても、死んでしまっても…。




*  *  *




流星雨から、翌日。

皆は昨夜の出来事を語っていた。

色々な事があってあまり見れなかった私も、その迫力と美しさはよく覚えている。

メリーとその事を話していた時だった。


「よっ、石蕗、氷室」


「おはようございます、天道君」


「あ…おはよう昴」


昨日と変わらない明るい笑顔で、昴は声をかけてきた。

忘れてしまったんじゃないかと思うぐらい、それ程に彼の態度は変わらなかった。

まあその方が私にとって、天使にとって、都合は良い。

あまり人を、巻き込みたくないから。

思考の渦の中に入りそうなそんな時。


「そういえば、お二人共知ってます?」


蛍のように、凛と強く、儚い声。

メリーの声だ。


「何がだ?」


「え、何?」


ほぼ同時に私達は答えの代わりに尋ねる。


「転校生が来るらしいですわ、それも二人。なんでも、とても仲が良いそうです」


まさか、と思った。

まさか、奴等なのか。

あの、天使達なのか。

動揺が体中に走ったが、表にはどうにか出さずに相槌を打つ。


「へえ、そうなんだ。女子かな、男子かな?」


「両方らしいです」


やはり、あいつらだ。そんな気がしてならない。

そこでチャイムが鳴った。

だが私はそこでふと思い付いた。


「…ね、昴」


自分の席に戻りながら、私は昴の名を呼び、話す。


「…やっぱり、お前も思うか?」


「うん。…あいつらしかいないよ。けどさ、」


「おーい、席に着けー」


担任が教室に入って来た。

間が悪い。内心で舌を打ちながら前に向き直った。

私の考えは、もしかしたら奴等は私のクラスに来ないかもしれない、という事だった。

私の学年は五クラスある。

だから他のクラスに行く可能性の方が高い。


(来るな、来るな…)


期待ではない緊張を体内で感じながら、そう願った。

だが、珍しく私の願いは届かなかった。


「えー、皆既に知ってると思うが、転校生が二人このクラスに入るぞー」


教室が騒がしくなる。

そんな中、私は自分の力を恨んだ。

どうしてこんな時に限って、叶ってくれないのか、と。

流石に私の力も万能ではない。

たまに願いが叶わない時だってあるのだ。

今回、偶然それに当たったらしい。

もしかしたら天使達が工作したかもしれないけど…

私は蒼い顔をしながら、教壇の上の担任を見ていた。


「それじゃあ二人共、入って来てくれ」


私の高校の制服を着て、奴等は入って来た。

教壇に上がった二人は自己紹介をする。

担任はそれに合わせて、彼等の名前を書いた。


「鏡 蓮です。これからよろしくお願いします」


黒いネクタイが目を引いた。

白は今やその肌だけであり、髪や目は黒色に染まっていた。


火尾(ひお)李佳です!よろしくお願いします!」


男子達がどよめく。

恐らく李佳の可愛さに。

ペコリと愛らしくお辞儀をした李佳は、実際同性の私からも可愛く見えた。


「じゃあ、席は「あ、待って下さい」


李佳は突然声を上げ、私を明らかに意識しながら彼女は言った。


「レンはリカの彼氏だから、みんな、取っちゃダメだからね!」


その細い腕を蓮に絡ませる。

瞬間教室に響く、驚嘆と悲哀の叫び。

担任など、口を開けて黙り込んでしまった。


「おい…李佳…」


恐らく否定をしようとした、眉間に皺を寄せる蓮の言葉は、彼自身が言った「李佳」のせいで届かなくなってしまった。

すぐ終わる筈のこのHR(ホームルーム)が落ち着きを取り戻したのはそれから三分後。

当然ながら授業は、ほんの少し遅れてしまった。




*  *  *




「あり得ねーよあいつら!!」


昴は口に物を詰め込みながらそう叫んだ。


「天道君、行儀が悪いですよ」


「だってよ…」


「聞き辛いし、汚いの。早く食べちゃいなさいよ」


私の右隣に座る昴はそれで渋々、口中の中の食べ物を飲み込んだ。

今は昼休み。私達は食堂で昼食を取っていた。

だが昴はそれでは足りないらしく、学食と持参の弁当をテーブルに広げている。


「…、だってあいつら、今日の世界史の小テスト満点だぜ?ありえねーよやっぱり!」


「それは昴が勉強しないからじゃないの?」


「そう思いますわ」


正論を言われ、昴は悔しそうに俯く。

ちなみに私達の点数は、私は八点、メリーは九点、そして昴は三点だ。


「…それにしても鏡君と火尾さん、お昼ご飯は食べられるんでしょうか…」


「え?どういう事?」


左隣に座るメリーは一口、オムライスを口に運び、飲んで続ける。


「お二人共、クラスの皆さんや他のクラスの方々に囲まれていましたから。学期が始まってすぐならまだしも、若干遅れて転校して、しかもお二人で入って来られて、おまけに恋人同士のようですし…」


なるほど。それは明らかに奇異の目で見られるだろう。間違いなく気持ちは休まらない。

私は納得しながら、スプーンの中の小さなカレーライスを頬張った。


「けどよ、石蕗。あいつはてん「そうね、転校生よね。そんなすぐに授業には入り込めないわよね」


突然の昴の発言に私は慌てて言葉を重ねた。

危なかった。今、絶対彼は天使と言おうとしていたから。

私は次の一口分をスプーンに掬いながら、彼の足を踏む。


「…ってぇ!何すんだよ石蕗!」


だが少し力が入り過ぎてしまったようだ。昴は大声で怒鳴り立ち上がる。


「何よ、私は何もしてないわよ!」


「嘘つけ!思いっきり人の足踏んだろうが!」


ただ怒鳴られていたくはないし下手をすればボロが出る。彼に負けないように立ち上がった、その時だった。


「俺も入って良いかな?」


涼やかな声。

発声源、例の転校生。その手には弁当箱がある。


「リカも一緒なんだけど、いーい?」


彼の後ろから、もう一人も顔を出す。


「あら、鏡君に火尾さん。構いませんわ。ねえ、天道君、命生花?」


メリーがすぐに応対する。お陰で私達は何も言えなくなる。

ほぼ同じタイミングで余人は席に座り、昼食は再開される。

空席はない。前方向かって右には李佳、左に蓮が座っている。

私達三人は二人と対面する形になっていた。


「昼休みが始ってからも十分は経とうとしてますのね。やはり皆さんの対応をしていらしたんですか?」


メリーは柔らかく笑ってそう問う。


「そうだね。結構疲れたよ」


「転校生なんて、そんな珍しくないはずだけどね。みんなミーハーだよねー」


メリーはあっという間に二人と馴染む。彼女は社交性に富んでいるのでいつもそんな風に人と打ち解けてしまう。


「…お前ら、なんでそんなに頭良いんだよ…今日の世界史の小テストとかよ…」


「もう習っていた所だったからね」


「昴クンもちゃんと勉強すれば大丈夫だよっ!」


昴は単刀直入に、二人に先程の事を聞く。

初めて会ったように振る舞う二人の天使。その様は普通の友人関係の始まりだ。

昴の素直さは私が見習いたいものの一つだ。

そんな彼に見習って私も話題を探して話しかけた。


「本当すごいよね。こんなに頭良いんだし、どこの学校…に…」


私が喋った途端だった。空気が急激に重くなる。

二人は冷ややかに、私を見つめていて。

瞳の中には、何の感情も無くて。

ただ、見ていた。

その空気に言葉を失う。

頭が真っ白になる。何をするべきか判らない。

メリー達もその空気を感じたらしい。

彼女は天使と私を見てうろたえ。

昴は何も分からないといった顔をしているが、その目は真っ直ぐ蓮を見ている。

長くも短い、その時。

蓮が見えなくなった。


「!?」


否、動いたのだ。


「…髪にゴミ、付いてたよ。石蕗さん」


「…あー、良かった。ゴミだったんだね、それ」


急に戻ってきた、和やかな空気。

蓮は笑っている。

李佳も笑っている。

やや遅れて昴とメリーも笑った。


「驚きましたわ。お二人共、怖い顔するんですもの」


「全くだよなあ。石蕗のバカが何かいけない事でも聞いたのかと思ったよ!」


私は「バカ」という単語でようやく動く事が出来た。


「バ…バカって何よ!本当のバカはそっちでしょ!」


いつも通りの空気が戻って来た。

私達はその後、昼食を終え、他にも色々な事を話した。

私が先程した質問にも答えてくれた。この近くのある程度名の知れた進学校だった。

教室に戻る途中、私は考えていた。

あの時の、二人の冷ややかな目こそが、彼らの本当の人間に対する態度ではないかと。

メリーや昴、そして他の皆には、仮面を被って接しているのではないか、と。

そして、髪にゴミが付いているというのは、いつでも私を殺せるという事を示しているように思えた。

私は急に、気分が悪くなった。


「…どうしましたの、命生花?」


立ち止まった私に気付いてメリーが声をかけた。


「…なんか、気分悪くて…」


「休んだ方が良いですわ、命生花。次の時間は自習だそうですから」


確か、その時間は数学だった筈だ。

数学が苦手な私としては、その時間に少しは勉強しておきたかったが、仕方ない。


「…ごめんメリー。ありがと」


私は一階の保健室に向かって、ゆっくりと歩いた。

保健室に着くまで、ずっと頭の中では、二人の天使の冷たい目が私を見ていた。

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