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Pinky Ring  作者: 紫花
1/16

下界編 SF.Panic 前編

十月。

神がいなくなる月。

しかし、天使はいる。


「衛多くん!おはよう!!」


そう言って人の部屋に入り込んで来たのは、白く長い手袋をはめ、同色のブーツを履き、桜色のミニのワンピースを着て、鎌を持った少女。

彼女は迷わず俺に鎌を振るってくる。

毎日の事で慣れる…訳が無い。


「おは…うぉっ」


今日も首が飛ばないように、思いきり体を仰け反らせる。


「もう、逃げないでよ!」


「逃げるに決まってんだろ!」


少女は思い切り頬を膨らませて抗議する。


「えー、それじゃあ私は神様に怒られるじゃない」


そう、俺は神様に、天国に来いと呼ばれている。

神様本人がそう言った訳ではない。呼ばれた理由も「自分が選ばれた者だから」、とかそんなTVゲームの勇者みたいなものじゃない。

いや、ある意味選ばれているのかもしれない。

俺が選ばれた理由、それは人の生きる力、生命力が原因だ。

神様の手違いで、俺に生命力が人より大量に入れられてしまったらしいのだ。

なので俺は半年前までそんな事は知らずに、これといった大きな怪我や病気をしないで健康に生きてきた。

ただ、「九死に一生」が何回も起きる、そう思っていたのだ。

そんな俺を神様に連れて行くのが、天使、紗良・セイクルだ。


「怒られれば良いだろ。俺は死にたくないんだから」


「私の出世の道が閉ざされるの!…あ」


紗良が声を上げた。彼女を見ると、ある一点を凝視している。


「どうした?」


「八時だよ衛多くん。間に合う?」


「間に合わねーよ!!遅刻だ!!」


多分走っても間に合わないだろう。




*  *  *




紗良に頼み込んで、魔法の力で学校に行った。

見返りは、紗良の頼みを一回、なんでも聞く事らしい。


(何言われるんだろうなあ…)


授業もまともに聞く事が出来なかった。

四時間目が終わり、昼休みだ、と思った時だった。

先生、いや先生のフリをした天使が教室に入って来た。


「皆さん、今日は先日言った通り、午後の授業を潰して文化祭の準備をします」


そう言った彼女の名は蒼良・サンデル。俺の生命力を計測に来た天使。

今は清楚な女教師の姿だが、本当の姿は金髪緑目の無邪気な少女だ。


「明日だもんなー」


「俺達全然終わってないもんなあ」


そう、文化祭は明日から始まる。

そして俺達のクラスは「時代の波に乗った」らしく、メイド喫茶なのだそうだ。

だが、「それでは不公平」らしいので、男子も女子も裏方や接客をやる事になった。

つまり、普通の喫茶店になってしまった。

ちなみに俺と紗良は接客だ。蒼良は教師なので、学校内の見回りらしい。


「テーブルクロスこれで良い?」


「あ、良いんじゃないか?」


皆忙しく準備をしていた。その時、声がかかった。


「誰か、ちょっと衣装着てみてくれる?」


…誰も申し出ない。恥ずかしいからだろう。


(…別に俺は良いけど…)


思うが、言わない。だが見透かされたかのように声をかけた女子生徒が俺を指差す。


「よし、堤君、それと聖さん、お願いしても良い?」


「「…嘘」」


紗良も、俺と同じように考えていたようだ。




*  *  *




着替えて、教室に戻る。

俺が早かったようで、紗良はまだいなかった。

入口に足が付いた途端、皆が一斉にこちらを向いた。

僅かな静寂。

そして、


「おー…」


「すげっ…」


「堤君、似合ってるー」


等の、いつも通りのざわめきと、称賛が来た。


「…似合ってる…のか?」


近くにいた友人に聞いた。


「ああ似合ってるよ。意外にな!」


「意外って何だよ」


笑って、ふと準備を手伝っている蒼良と目が合った。

蒼良は小さく笑い、また準備を進めた。

普段の蒼良を知っているので、違和感があった。

本当なら飛びついて眩しい笑顔で似合うというだろうから。

まあ、きっと後で言うだろう。そう思った時だった。

クラス中から歓声があがった。

そう、紗良が教室に入って来たのだ。

黒い、レースで縁取られたリボンとヘッドドレス。

白いエプロンと、動けばガーターベルトが覗くニーハイソックス。

スカートは黒、それに映える胸元の赤いリボン。

その可愛さは正に、


「天使だ…」


誰かがそう言った。

実際、彼女は天使だが。

その時、また別の誰かが小声で言った。


「…似てる…そっくりだ」


声のする方を見ると、うちのクラスではかなりオタクで知られている奴が、隣の男子に喋っていた。


「何がだ?」


「ほら…サクラちゃんだよ。『ごほうし天使サクラちゃん』の!」


「あー!確かに似てるな」


『ごほうし天使サクラちゃん』とは、人に奉仕するのを至上の喜びとする紫垂(しだれ) 桜という少女が、落ちこぼれ天使の力を借りて天使に変身し、人々を助けるという魔法少女もののアニメだ。

どうやら紗良はその主人公のサクラにそっくりらしい。

俺はよく分からないが。

皆の様子に慌てる紗良は、人の目にはとても可愛く映る。

何だか嫌な予感がした。




*  *  *




それから数日後、文化祭当日。

俺達の学校は比較的、周りの学校に比べると頭が良く、明るいという理由で有名だった。

なので毎回、それなりの数の人がやってくる。


「すっごいね…、人いっぱいで歩くのも大変だよ…」


客引きから帰って来た紗良は、声に疲労の色を滲ませて言った。


「お疲れ。早く着替えて来いよ」


「…あれ着ると皆変な目になるから、あまり着たくないんだけど…」


ボソッと不満を呟き、紗良は更衣室に向かった。

既にギャルソン姿に着替えていた俺は、早く、前半を受け持っていたクラスメイト達と交代してあげようと思い、振り返った。


「衛兄ちゃん!」


「ああ、蒼良か…え!?蒼良!?」


金髪、翠の目、身長は百五十センチメートルもない、陽気な天使がいた。


「何でいるんだよ!?仕事は!?」


教師である彼女は、文化祭を楽しみながら見回りをすると、以前言っていた。


「お仕事はこの姿でしても大丈夫だし、大人の姿でいるよりみんなの本音が聞けるもん☆」


得意気にブイサインを俺の目の前に突き付ける。


「けどなあ…」


その時だった。


「キャー!!」


「可愛い!!」


「外人さん!?」


灰色のブレザー、同色のスカート、白いワイシャツに赤いネクタイ、紺のソックス。

自分の学校の女子生徒が、蒼良に群がった。


「あ、堤君、この子知り合い?」


「あ、まあ…」


女子達は俺の答えを全く無視して、蒼良に話しかける。


「可愛いね!お名前は?」


「晄 葵泉!」


「きら、あおいちゃん?素敵な名前だね」


褒められ、蒼良は照れた。

咄嗟にしては良い名前だ。


「ねえねえねえ、「晄」って、あの『キラ・ホールディングス』と関係があるんじゃない?」


『キラ・ホールディングス』とは、海外にも多くの支社がある大手企業の名前だ。


「あはは、よく言われるけど関係ないよー☆」


「そっか、ごめんねー」


そう言って女子達は笑った。

ただ、蒼良だけは何故か影のある笑顔だった。


「あ、お姉さん達のクラス来る?楽しいよー」


「…ごめんなさい、ちょっとボク疲れちゃったから、お兄ちゃんのクラス行くの…」


蒼良はそう言って、俺の元に駆け寄り、指をキュッと握った。


「あー、そっか。堤君のクラス喫茶店だもんねー」


「ごめんねー」


「ううん。ごめんなさい。後で絶対行くね!」


「うん、来てねー!」


女子達はそう言い、人々の中に紛れていった。


「…衛兄ちゃん」


「ん?」


か細い声で、指を尚も強く握りながら、蒼良は自分の事を教えてくれた。


「…本当はね、ボク、ちゃんと関係あるんだよ。ボクのお父さん、…『キラ・ホールディングス』の社長だから。

ボクが死んだ後、…お父様、喜んでた。ボクが生まれてから、ずっと業績が伸び悩んでてね、ボクが死んだら、いきなり業績、上がったんだって。

お葬式が終わった後、秘書さんに言ってた。…ボクは厄病神だった、死んでせいせいした、って」


「……」


蒼良の目は、涙で潤んでいた。


「…今、お父様には二人の子供がいるの。双子なの、弟と妹。ボクよりいい子で、賢くて可愛くて。お母様とお父様と仲良くしてるみたい。今年で八才なんだ」


大きくなったなあ、と目は笑わず、彼女は笑う。


「…お墓参り、毎年行ってるんだよ、お父様。何でだと思う?…ボクが恨んで、会社が潰れるの、防ぐ為らしいよ。

…まったく、どこまでも自分勝手な親で困っちゃうよ!」


蒼良は俺の目を見て笑った。

これ以上、彼女は喋ったら泣きそうだった。

だから、俺は言った。


「…お嬢様、先程疲れていると仰いましたね?」


「!?…、言ったけど、お嬢様って言わないでよ。ボクはもうお嬢様じゃないもん」


蒼良の表情に怒りが入る。

これで良い、そう思った。


「では行きましょう。俺達のクラスは似非メイド喫茶、女性は皆お嬢様なもので」


「…そっか!」


俺は蒼良を肩車し、自分のクラスに向かう。


「頭上に気を付けて下さいね、お嬢様!」


「うん!!」


それを追う怪しい影に気付かずに…。




*  *  *




教室の中はそれなりに賑わっていた。

俺は蒼良を降ろして言う。


「ちょっと、そこで頑張ってるヤツと交代してくるから。用があったら呼べな」


「うん!」


蒼良を空いている席に座らせ、前半ずっと頑張っていた男の接客係と交代する。

それを見ていたのか、とても絶妙なタイミングで蒼良が声をかけた。


「何でしょうか、お嬢様?」


「えっとね、オレンジジュースを頼みたいの!」


「分かりました。少々お待ち下さい」


裏方に回り、頼まれたオレンジジュースを紙コップに汲み、運び、蒼良に渡す。


「ありがとう、ウエイターさん☆」


蒼良は笑い、飲み物を口に付けた。

ふと、教室の出入口を見た時、目に入る人が一人。

廊下で、いかにもオタク、といった格好の人がうろうろしている。

リュックサック、バンダナ、ジーンズの中にシャツの裾を入れ、極めつけに眼鏡という格好。

今時こんな格好の人はいないだろうと思うが、確かに目の前に彼はいた。

どうやら、蒼良を見ているらしい。

このまま放って置いたら客の入りも悪くなる。既に教室内にいる客も、彼が出入り口付近にいたら不審に思って出て行く可能性もある。

俺は仕方なく彼に声をかける事にした。


「あの…すいません」


「はっはい、なななな何でしょう!!??」


挙動不審だ。噛んでいるし、驚き方がアニメのキャラクターみたいで気色が悪い。


「…えっと、中に入らないんですか?」


「中に、中に入るなんて、とととてもとても…」


声が小さい。しかも早口で聞き取り辛い。


「ですが、お客様のご迷「僕は!!僕はあの子を見ているだけなんだ!!」


オタクっぽい青年は大声でそう言い、蒼良を指差す。

やはり彼は蒼良を見ていたようだ。

教室内の人々が皆微妙な顔をしている。

蒼良は何が何だか、といった表情だったが、その中にはどこか冷たさがあった。

対処を考えているのだろう、教師の立場として。

青年は続ける。


「あの子は、『ごほうし天使サクラちゃん』の主人公、紫垂 桜ちゃんの妹の紫垂 花火ちゃんにそっくりなんだ!あ、『ごほうし天使サクラちゃん』っていうのは―」


やはり、『ごほうし天使サクラちゃん』絡みだった。

だとすると、非常にまずい事になる。


「―それで花火ちゃんはメタモルフォーゼしてエンジェリックガーブを…ちょっと!僕の話を聞いているのか!?」


「あ、すいません。…とにか「そういえばお前、さっき花火ちゃんと話してたな。どういう関係だ!?まさか、彼女と…」


はやくどうにかしないと、彼女が来てしまう。


「お願いします、お客様のごめ「お客様、どうしました?」


来てしまった。

俺は顔を覆いたくて仕方が無かった。


「…あ……」


オタクも彼女を見てしまった。

『ごほうし天使サクラちゃん』の主人公に、瓜二つの少女を。


「お客様、中に入りませんか?」


そんな事は全く知らない紗良は、可愛らしい笑顔を浮かべて問うた。


「あ、あ、あの…結構デスッッ!!」


オタクはそう言い後退る。

その時教室から一人の少女が現れた。

肩程辺りまで伸びた髪、ツンとした眼差し、そして何故かセーラー服。

どこかの中学生だろうか。

少女は青年を一瞥し、一言。


「…邪魔。」


彼は「ヨシノちゃん…ソメイヨシノちゃんだ!」等と呟きながら廊下を走り、階段を降りて行った。

少女も、その後に続くように歩いて学校を出て行った。

とりあえず、脅威は去った。


「もう!お客様一人まともに応対出来ないの?」


「あいつ、どう見ても不審者だったから、追い出したかったんだけど下手に刺激出来なかったんだよ。…一応文化祭に来た客だしな」


「…そう、分かったわ。とりあえず、仕事しなきゃね♪」


おう、と返し、俺達はまた客の応対に努めた。

そして、本当の恐怖はこれからだという事に、俺達はまだ知る筈がなかった。

サブタイトルのSFとは、school festival、文化祭の略です。


閲覧、ありがとうございました。

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