下界編 SF.Panic 前編
十月。
神がいなくなる月。
しかし、天使はいる。
「衛多くん!おはよう!!」
そう言って人の部屋に入り込んで来たのは、白く長い手袋をはめ、同色のブーツを履き、桜色のミニのワンピースを着て、鎌を持った少女。
彼女は迷わず俺に鎌を振るってくる。
毎日の事で慣れる…訳が無い。
「おは…うぉっ」
今日も首が飛ばないように、思いきり体を仰け反らせる。
「もう、逃げないでよ!」
「逃げるに決まってんだろ!」
少女は思い切り頬を膨らませて抗議する。
「えー、それじゃあ私は神様に怒られるじゃない」
そう、俺は神様に、天国に来いと呼ばれている。
神様本人がそう言った訳ではない。呼ばれた理由も「自分が選ばれた者だから」、とかそんなTVゲームの勇者みたいなものじゃない。
いや、ある意味選ばれているのかもしれない。
俺が選ばれた理由、それは人の生きる力、生命力が原因だ。
神様の手違いで、俺に生命力が人より大量に入れられてしまったらしいのだ。
なので俺は半年前までそんな事は知らずに、これといった大きな怪我や病気をしないで健康に生きてきた。
ただ、「九死に一生」が何回も起きる、そう思っていたのだ。
そんな俺を神様に連れて行くのが、天使、紗良・セイクルだ。
「怒られれば良いだろ。俺は死にたくないんだから」
「私の出世の道が閉ざされるの!…あ」
紗良が声を上げた。彼女を見ると、ある一点を凝視している。
「どうした?」
「八時だよ衛多くん。間に合う?」
「間に合わねーよ!!遅刻だ!!」
多分走っても間に合わないだろう。
* * *
紗良に頼み込んで、魔法の力で学校に行った。
見返りは、紗良の頼みを一回、なんでも聞く事らしい。
(何言われるんだろうなあ…)
授業もまともに聞く事が出来なかった。
四時間目が終わり、昼休みだ、と思った時だった。
先生、いや先生のフリをした天使が教室に入って来た。
「皆さん、今日は先日言った通り、午後の授業を潰して文化祭の準備をします」
そう言った彼女の名は蒼良・サンデル。俺の生命力を計測に来た天使。
今は清楚な女教師の姿だが、本当の姿は金髪緑目の無邪気な少女だ。
「明日だもんなー」
「俺達全然終わってないもんなあ」
そう、文化祭は明日から始まる。
そして俺達のクラスは「時代の波に乗った」らしく、メイド喫茶なのだそうだ。
だが、「それでは不公平」らしいので、男子も女子も裏方や接客をやる事になった。
つまり、普通の喫茶店になってしまった。
ちなみに俺と紗良は接客だ。蒼良は教師なので、学校内の見回りらしい。
「テーブルクロスこれで良い?」
「あ、良いんじゃないか?」
皆忙しく準備をしていた。その時、声がかかった。
「誰か、ちょっと衣装着てみてくれる?」
…誰も申し出ない。恥ずかしいからだろう。
(…別に俺は良いけど…)
思うが、言わない。だが見透かされたかのように声をかけた女子生徒が俺を指差す。
「よし、堤君、それと聖さん、お願いしても良い?」
「「…嘘」」
紗良も、俺と同じように考えていたようだ。
* * *
着替えて、教室に戻る。
俺が早かったようで、紗良はまだいなかった。
入口に足が付いた途端、皆が一斉にこちらを向いた。
僅かな静寂。
そして、
「おー…」
「すげっ…」
「堤君、似合ってるー」
等の、いつも通りのざわめきと、称賛が来た。
「…似合ってる…のか?」
近くにいた友人に聞いた。
「ああ似合ってるよ。意外にな!」
「意外って何だよ」
笑って、ふと準備を手伝っている蒼良と目が合った。
蒼良は小さく笑い、また準備を進めた。
普段の蒼良を知っているので、違和感があった。
本当なら飛びついて眩しい笑顔で似合うというだろうから。
まあ、きっと後で言うだろう。そう思った時だった。
クラス中から歓声があがった。
そう、紗良が教室に入って来たのだ。
黒い、レースで縁取られたリボンとヘッドドレス。
白いエプロンと、動けばガーターベルトが覗くニーハイソックス。
スカートは黒、それに映える胸元の赤いリボン。
その可愛さは正に、
「天使だ…」
誰かがそう言った。
実際、彼女は天使だが。
その時、また別の誰かが小声で言った。
「…似てる…そっくりだ」
声のする方を見ると、うちのクラスではかなりオタクで知られている奴が、隣の男子に喋っていた。
「何がだ?」
「ほら…サクラちゃんだよ。『ごほうし天使サクラちゃん』の!」
「あー!確かに似てるな」
『ごほうし天使サクラちゃん』とは、人に奉仕するのを至上の喜びとする紫垂 桜という少女が、落ちこぼれ天使の力を借りて天使に変身し、人々を助けるという魔法少女もののアニメだ。
どうやら紗良はその主人公のサクラにそっくりらしい。
俺はよく分からないが。
皆の様子に慌てる紗良は、人の目にはとても可愛く映る。
何だか嫌な予感がした。
* * *
それから数日後、文化祭当日。
俺達の学校は比較的、周りの学校に比べると頭が良く、明るいという理由で有名だった。
なので毎回、それなりの数の人がやってくる。
「すっごいね…、人いっぱいで歩くのも大変だよ…」
客引きから帰って来た紗良は、声に疲労の色を滲ませて言った。
「お疲れ。早く着替えて来いよ」
「…あれ着ると皆変な目になるから、あまり着たくないんだけど…」
ボソッと不満を呟き、紗良は更衣室に向かった。
既にギャルソン姿に着替えていた俺は、早く、前半を受け持っていたクラスメイト達と交代してあげようと思い、振り返った。
「衛兄ちゃん!」
「ああ、蒼良か…え!?蒼良!?」
金髪、翠の目、身長は百五十センチメートルもない、陽気な天使がいた。
「何でいるんだよ!?仕事は!?」
教師である彼女は、文化祭を楽しみながら見回りをすると、以前言っていた。
「お仕事はこの姿でしても大丈夫だし、大人の姿でいるよりみんなの本音が聞けるもん☆」
得意気にブイサインを俺の目の前に突き付ける。
「けどなあ…」
その時だった。
「キャー!!」
「可愛い!!」
「外人さん!?」
灰色のブレザー、同色のスカート、白いワイシャツに赤いネクタイ、紺のソックス。
自分の学校の女子生徒が、蒼良に群がった。
「あ、堤君、この子知り合い?」
「あ、まあ…」
女子達は俺の答えを全く無視して、蒼良に話しかける。
「可愛いね!お名前は?」
「晄 葵泉!」
「きら、あおいちゃん?素敵な名前だね」
褒められ、蒼良は照れた。
咄嗟にしては良い名前だ。
「ねえねえねえ、「晄」って、あの『キラ・ホールディングス』と関係があるんじゃない?」
『キラ・ホールディングス』とは、海外にも多くの支社がある大手企業の名前だ。
「あはは、よく言われるけど関係ないよー☆」
「そっか、ごめんねー」
そう言って女子達は笑った。
ただ、蒼良だけは何故か影のある笑顔だった。
「あ、お姉さん達のクラス来る?楽しいよー」
「…ごめんなさい、ちょっとボク疲れちゃったから、お兄ちゃんのクラス行くの…」
蒼良はそう言って、俺の元に駆け寄り、指をキュッと握った。
「あー、そっか。堤君のクラス喫茶店だもんねー」
「ごめんねー」
「ううん。ごめんなさい。後で絶対行くね!」
「うん、来てねー!」
女子達はそう言い、人々の中に紛れていった。
「…衛兄ちゃん」
「ん?」
か細い声で、指を尚も強く握りながら、蒼良は自分の事を教えてくれた。
「…本当はね、ボク、ちゃんと関係あるんだよ。ボクのお父さん、…『キラ・ホールディングス』の社長だから。
ボクが死んだ後、…お父様、喜んでた。ボクが生まれてから、ずっと業績が伸び悩んでてね、ボクが死んだら、いきなり業績、上がったんだって。
お葬式が終わった後、秘書さんに言ってた。…ボクは厄病神だった、死んでせいせいした、って」
「……」
蒼良の目は、涙で潤んでいた。
「…今、お父様には二人の子供がいるの。双子なの、弟と妹。ボクよりいい子で、賢くて可愛くて。お母様とお父様と仲良くしてるみたい。今年で八才なんだ」
大きくなったなあ、と目は笑わず、彼女は笑う。
「…お墓参り、毎年行ってるんだよ、お父様。何でだと思う?…ボクが恨んで、会社が潰れるの、防ぐ為らしいよ。
…まったく、どこまでも自分勝手な親で困っちゃうよ!」
蒼良は俺の目を見て笑った。
これ以上、彼女は喋ったら泣きそうだった。
だから、俺は言った。
「…お嬢様、先程疲れていると仰いましたね?」
「!?…、言ったけど、お嬢様って言わないでよ。ボクはもうお嬢様じゃないもん」
蒼良の表情に怒りが入る。
これで良い、そう思った。
「では行きましょう。俺達のクラスは似非メイド喫茶、女性は皆お嬢様なもので」
「…そっか!」
俺は蒼良を肩車し、自分のクラスに向かう。
「頭上に気を付けて下さいね、お嬢様!」
「うん!!」
それを追う怪しい影に気付かずに…。
* * *
教室の中はそれなりに賑わっていた。
俺は蒼良を降ろして言う。
「ちょっと、そこで頑張ってるヤツと交代してくるから。用があったら呼べな」
「うん!」
蒼良を空いている席に座らせ、前半ずっと頑張っていた男の接客係と交代する。
それを見ていたのか、とても絶妙なタイミングで蒼良が声をかけた。
「何でしょうか、お嬢様?」
「えっとね、オレンジジュースを頼みたいの!」
「分かりました。少々お待ち下さい」
裏方に回り、頼まれたオレンジジュースを紙コップに汲み、運び、蒼良に渡す。
「ありがとう、ウエイターさん☆」
蒼良は笑い、飲み物を口に付けた。
ふと、教室の出入口を見た時、目に入る人が一人。
廊下で、いかにもオタク、といった格好の人がうろうろしている。
リュックサック、バンダナ、ジーンズの中にシャツの裾を入れ、極めつけに眼鏡という格好。
今時こんな格好の人はいないだろうと思うが、確かに目の前に彼はいた。
どうやら、蒼良を見ているらしい。
このまま放って置いたら客の入りも悪くなる。既に教室内にいる客も、彼が出入り口付近にいたら不審に思って出て行く可能性もある。
俺は仕方なく彼に声をかける事にした。
「あの…すいません」
「はっはい、なななな何でしょう!!??」
挙動不審だ。噛んでいるし、驚き方がアニメのキャラクターみたいで気色が悪い。
「…えっと、中に入らないんですか?」
「中に、中に入るなんて、とととてもとても…」
声が小さい。しかも早口で聞き取り辛い。
「ですが、お客様のご迷「僕は!!僕はあの子を見ているだけなんだ!!」
オタクっぽい青年は大声でそう言い、蒼良を指差す。
やはり彼は蒼良を見ていたようだ。
教室内の人々が皆微妙な顔をしている。
蒼良は何が何だか、といった表情だったが、その中にはどこか冷たさがあった。
対処を考えているのだろう、教師の立場として。
青年は続ける。
「あの子は、『ごほうし天使サクラちゃん』の主人公、紫垂 桜ちゃんの妹の紫垂 花火ちゃんにそっくりなんだ!あ、『ごほうし天使サクラちゃん』っていうのは―」
やはり、『ごほうし天使サクラちゃん』絡みだった。
だとすると、非常にまずい事になる。
「―それで花火ちゃんはメタモルフォーゼしてエンジェリックガーブを…ちょっと!僕の話を聞いているのか!?」
「あ、すいません。…とにか「そういえばお前、さっき花火ちゃんと話してたな。どういう関係だ!?まさか、彼女と…」
はやくどうにかしないと、彼女が来てしまう。
「お願いします、お客様のごめ「お客様、どうしました?」
来てしまった。
俺は顔を覆いたくて仕方が無かった。
「…あ……」
オタクも彼女を見てしまった。
『ごほうし天使サクラちゃん』の主人公に、瓜二つの少女を。
「お客様、中に入りませんか?」
そんな事は全く知らない紗良は、可愛らしい笑顔を浮かべて問うた。
「あ、あ、あの…結構デスッッ!!」
オタクはそう言い後退る。
その時教室から一人の少女が現れた。
肩程辺りまで伸びた髪、ツンとした眼差し、そして何故かセーラー服。
どこかの中学生だろうか。
少女は青年を一瞥し、一言。
「…邪魔。」
彼は「ヨシノちゃん…ソメイヨシノちゃんだ!」等と呟きながら廊下を走り、階段を降りて行った。
少女も、その後に続くように歩いて学校を出て行った。
とりあえず、脅威は去った。
「もう!お客様一人まともに応対出来ないの?」
「あいつ、どう見ても不審者だったから、追い出したかったんだけど下手に刺激出来なかったんだよ。…一応文化祭に来た客だしな」
「…そう、分かったわ。とりあえず、仕事しなきゃね♪」
おう、と返し、俺達はまた客の応対に努めた。
そして、本当の恐怖はこれからだという事に、俺達はまだ知る筈がなかった。
サブタイトルのSFとは、school festival、文化祭の略です。
閲覧、ありがとうございました。