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私のいじわる天使さま  作者: あさのよるひと
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溺れる思考を喰い散らして

こんにちは。はじめまして。『あさのよるひと』と申します。物語を考えるのが好きで、言葉下手ながら小説を書くことにしました。


今回の登場キャラクターは、主人公の新田陽子と陽子を幸せにしにきた天使の話です。


新田陽子は傍から見ると驚くくらいの真面目ちゃんで、如何にも不幸体質な人です。サボるなんてせず、休むこともせず、言われた仕事はぜんぶ引き受ける。勿論、睡眠時間は短いので肌荒れは酷く目の下だって隈だらけ。そんな心も身体も荒れた日常を送る陽子の前に天使が現れます。


皆さんにとって『天使』とはどんな印象を持ちますか?可愛くて真っ白な羽を持ち、優しい言葉をかけてくれる。それが普通の印象でしょうか。

ここに出てくる天使はタイトルどおり、意地悪な子です。優しい言葉ひとつなく、初対面の陽子に「不細工!」と大声上げてしまうような子。厳しいけど愛しいと思えるような天使を書けたらと思っておりますので、宜しくお願い致します。


 気が付けば、水の中だった。


 電車の中はまるで海に沈んでしまったかのように、水で満ちている。なのに、そこに居る人々は何も気にすることもなく平然とした顔をしている。目的地に着くのをただ待っている。溺れる人は一人も居ない。


 誰もが首から頭まで大きな泡で覆われており、そのおかげで息は出来ていた。大きな泡からは吐いた息がポコポコと上に上がっていき、自然に消えてしまう。


 私は異常事態に、首から下のことを心配した。こんなことになるなんて思っていなかったものだから、対策なんてせずに来てしまった。鞄の中の書類は全部台無しになっていることだろうし、外に出たら私自身がずぶ濡れ状態になっているはずだ。今はフィットしない服も、外に出れば身体のラインが浮き出てしまう。それでなくとも最近は過食傾向だというのに。色々な面で会議が出来る状態じゃない。そのまま出勤なんて堪えられない。出来れば休んでしまいたい。


 鞄から携帯を急いで取り出す。しかし、水の影響かぴくりとも携帯は動かなかった。これでは連絡が取れないではないか。


 溜め息を付き、ただの機械の塊になった携帯を鞄の中に戻す。この場合、割り切るしない。電車が水にまみれるなんて、誰も想像出来なかったはずだ。きっと外も大事件になっている。きっと、会社も許してくれるだろう。


 きっと。そう、思いたい。


            ★★★


 振り返りをすると、電車に乗るまではいつもどおりの世界だった。いつもどおり、朝同じ時間に起きて、珈琲と食パンを摂った。歯磨きして服着て、化粧して、同じ時間に家を出た。

 おかしいことは何もない。

 いや、何もないわけではない。よく考えれば一つだけ心当たりがある。

 最近、天使が私の前に現れた。どうやら天使は、私を幸せにしにやってきたらしいのだ。天使はいつも私と行動を共にし、その都度文句を言っていたのだが、今日に限っては様子が違った。


 「今日、仕事休んだら?」


 天使は私を見ながら言った。


 「そんなこと、出来ないよ。今日は大事な会議があるんだから」


 「いや、あんた、大事な用事があろうとなかろうと休まないじゃん」


 すばやく天使が言葉を返す。


 「仕事だもの。簡単に休めないよ。休む理由もないし。もう私行かないと」


 鞄を取り、玄関に早足で向かう。


 「ねえ」


 天使の声に振り向く。忙しいのにまだ何か言うつもりなのだろうか。


 「物事には理由があるんだよ」


 「…何のこと?」


 天使はにたりと不気味な顔をして笑う。


 「さあね、自分で考えなよ。ちなみにどう繕おうと、今日もブスであることには変わらないからね」


 ちなみに天使は天使でありながら、随分と毒舌であることは今知っていただけたと思う。

 思えば、天使はこの惨事を気が付いていたのかもしれない。だから今日に限って、ついてこなかったのかもしれない。だとしたら、どうして天使は、もっとはっきりと言ってくれなかったんだろう。

 知っていたら、私は仕事を休んだだろうか。


            ★★★


 目の前の世界は青々しく、鬱々しく広がっている。魚もいた。私の目の前をすらりと通り抜けていくのを目で追う。


 「いいなあ」


 声は出たのか出なかったのか。すいすいと泳ぐ魚に憧れを抱いた。その小さな身体の中にはどんな心配事が詰まっているのだろう。今日のご飯についてだろうか。なんて呑気で美しいんだろう。こうやって溺れてまで生きなきゃいけない世界を、魚は知らないのだろう。


 もしも私が魚なら自らサメの餌食になる。

自分を食べてくれるサメに心から感謝し、心から愛してしまうであろう。


 思考を巡らせたところで気が付いた。憧れを抱く魚になったとしても、私は絶望に浸っているようだ。私は私が嫌いなのだ。


 「…は、――え…」


 アナウンスが聴こえる。

 次がどこの駅なのか、いつもならはっきりと聞こえるが水のせいか声がくぐもっている。今はどの駅なのだろう。窓の外はどこも同じ駅や街並みに見える。

 いつもなら風景等で自分がどこにいるのか判断出来るのに、今日はそれも出来なかった。同じところを何度も、何度も繰り返しているようだ。


 あれ?ふと疑問に思う。


 そう言えば、どうして電車は動いているんだろう。こうして異常事態が起きた場合、電車は勿論止まるはずだ。しかし、電車は走り続けている。何処か目的地着くのを、誰一人取り乱さず、待ち続けている。


 どうしよう、『着いてしまう』。


 脂汗が出る。鼓動が早くなり、肺が重くなった。

 大事な会議で使う書類を鞄の中から取り出す。服も靴もびしょ濡れだ。だから、普通なら台無しになっているはずだ。


 しかし、書類は無傷だった。インクも滲むこともなく、ふやけることもなく、綺麗なままだった。私が泡に包まれて呼吸が出来るように、この書類も守られるように泡で包まれていた。

 つつまれて、しまっていた。


 「今日、仕事休んだら?」


 思い浮かぶ天使の顔が、ぐにゃりと歪んだ。


            ☆☆☆


 脳裏に繰り返すのは、上司の厳しい顔だ。


 「私が、ですか」


 「そう。三日後の会議、新田さんがするようになったから。急で悪いけど、頑張って頂戴」


 三日前の話だ。会議の担当をしていた子が急遽辞めたと聞いた。

 大事な会議らしく失敗は出来ない、と彼女が張り切って言っていたのを覚えている。


 「そ、それでその。会議の資料は?」


 「出来てるわけがないじゃない」


 「と、言うことは、三日で資料とパワーポイントを作り上げる、そういうことでしょうか?」


 上司は軽い口調で「そうよ」と言った。その言葉は鋭い矢となって、私の胸に深く重く突き刺さる。


 「言っとくけど、残業代は出ないからね」


 嫌だって口から言葉を吐き出したかった。ドロドロとしたものが、胃の中で消化出来ず停滞している。それを全部、上司に吐いて浴びせてやりたかった。胃酸にまみれた複雑な感情を、早く早くトイレでも何でもいいから何処かに吐き出したくて。


 ごくん、と飲み込んだ。

 

            ☆☆☆

    

 水の中で苦しむこともなく、その場に居る不思議な現象や予想外な展開に、こうなる運命だったのだと決めつけていた。そもそも三日で完璧なものが、出来上がるわけがないのだ。だから書類が台無しになってしまえと思っていた。


 この現象は世界が私に味方したのだと、安心していたのだ。

 何からも特別なものなんてありはしないのに。

 その言葉は、何処で聞いたのか。何かの本で見たのだと思う。忘れた。

 思い出した言葉がぐさりと胸に刺さる。


 現実は、醜くて酷で、重い。

 この中のように、重くて重くて、息苦しい。


 重みの中でただ目的地に着くのを皆、待っている。平然とした顔で。電車が水に満たされようが関係ない。私は目的地に無事着いて、びしょ濡れになった姿で完璧と言えない会議を開く。これこそが、本当の運命なのだ。


 「それ、破って差し上げましょうか?」


 隣から低い声が聴こえた。アナウンスの声もあまり聞き取れず何処にも降りられなかったのに、声は真っ直ぐ私の耳に入ってきた。

 声の主を確認してぎょっとする。


 隣に居たのはサメだった。喋るサメが私に話しかけていた。


 「その紙切れが重くて重くて仕方がないんでしょう?破って差し上げましょうか?」


 全部知ったかのような口調でサメが言う。心を読まれているように、鋭い目をしてこちらを見ている。


 「でも、これは大事なものなので」


 「ははあ。大事、ですか。お嬢さん、大事の意味を間違っておられる。そんなだから溺れてしまうわけです」


 にたりとサメが笑う。


 「どういうことですか?」


 私はサメに質問をした。


 「状況を見れば分かるでしょう。状況とは、一定の条件を成して創られるものなのだから」


 さっぱり言ってることが分からない。何となく天使のことを思い出した。天使も大抵、よく分からないことを言う。


 「物事には理由があるんだよ」と天使は言った。


 それは、この状況のことを指しているのだろうか?じゃあ、私がサメに出逢うのは必然?何故?どうして?何のために?


 駄目だ、混乱してきた。


 考えている内にサメは私の手にある書類を取り上げる。そのまま、私が三日三晩寝ずに作った書類を噛み千切り、咀嚼し飲み込んでしまった。


 「ほら、軽くなったでしょう?」


 確かに軽くなった。心が解放感に満たされている。これで会議には行けない。


 「もっと軽くしてあげましょう」


 あんぐりと開けられた口の中は、深く暗い海の底のようで、魅力的だった。やっぱり私は自分を食べてくれるサメを愛してしまう。


 どうか、私を、許して。小さな声で呟いた。


 何を許して欲しいのか。私は許されたいのか。誰に?何に?こんな切迫した状態で、自問自答する。


 ああ、でもそれも、答えを見つけられないまま終わる。自分なりに必死に作り上げてきた自分が、一瞬で終わる。試行錯誤に悩み悩んだ、あの書類のように。



 「ほら。言わんこっちゃない」



 途端に知っている声がして、振り向く。 

 天使だ。私を幸せにしにきたらしい天使が、私の後ろに居た。


 「だからさあ、休めって言ったじゃん」


 わざとらしく大きな溜め息を付く。手を引かれ、サメから距離を取る。


 「どうして?」


 もう少しで終わるはずだったと言うのに。怒りが込み上げてくる。文句を言おうとすると、おでこに鋭い痛みが走った。デコピンをされたのだ。


 「想像力も知識もぜーんぜん足りてないし」


 何を言っているのだろう。しかし、痛い。子供の力だと言うのに、こんなに強いものなのか。


 「サメもさ、こんなブス食べたらお腹下すと思うよ」


 意地悪そうに笑って言う姿だけは可愛らしいが、言ってることは悪魔っぽい。


 「お嬢さんが食べられたがっているのだ。それを邪魔するのは失礼だと思わないか?」


 「知らないよ。僕は仕事をしているだけ。もう飽きたから、僕ら帰るね」


 「ふざけるな。お前ごと喰ってやろうか。この海の王が」


 サメの口調が荒くなる。


 「違うでしょ」


 天使が指を鳴らす。ぱちん、と大きな音が車内に響き渡る。


 「サメは海の王じゃないんだよ」


 水をかき分けて、私の横を黒い塊が通る。正体はシャチだった。目で追っていたが、天使が腕を引っ張ったので天使の方を向く。


 「物事には理由があるんだよ。あんたはそれを知らない。だからリスクが生じる」


 静かな声は、まるで私に言い聞かせているみたいだった。背後で不吉な音が聞こえたが、天使の瞳に吸い込まれ、目を離せない。


 「さあ、この物語はおしまい。早く帰んなよ」


 まばゆい光が目に入り、頭が真っ白になった。

 

            ★★★


 目を開けると会議室に居た。勝手に自分の口が動いている。服も身体も濡れていない。

 「以上で終了します」と丁度終わりの言葉を吐いていた。


 周りが計画が甘い、使い物にならない、と様々な声が飛んでくるが、まだ水の中にいるみたいに声がくぐもっている。心に刺さらない。


 何をしていたのか、どう会議を進めたのか、思い出せない。電車の中に確かにいたはずなのに。確かに水の中にいたのに。一体何が起きたのだろうか。あの、サメは?シャチは?


 視線を落として分厚い書類に目を通す。不安で、未完成で、自分みたいな自信の欠片もない重い塊。沢山の意見が飛び交う中、ぱらぱらとそれを見直す。


 しかし、あんなに必死に作り上げたものが全て白紙になっていた。


 どういうことだろうか。これでは反省会も出来ない。計画も立て直しだ。あの天使が何かしたのだろうか?

 最後のページを捲ると、何か書いていることに気が付いた。私はそれを凝視する。


 そこには、羽を生やしたサメを囲むシャチの落書きがぽつり、書かれてあっただけであった。


この物語は、何年か前に私が通勤の際に考えた物語です。毎日、人混みに揉みくちゃにされて、職場で怒られて、ああそれでも頑張ろうと息抜きに現実逃避したものでした。物語が呼んだのか、この作品を作っている間に突発性難聴を起こしました。陽子と同じように水の中にいるようなくぐもった世界で二週間仕事を休み、心のゆとりを取り戻していったことを覚えています。


一生懸命は大切。だけど、身体を壊しては意味がない。一生懸命の取り間違えは決して幸せにしない。そういったことを作品に込めたくて書いております。


「知ってる?物事には理由があるんだよ」


天使が作品でいうこの言葉には色んな意味を込めております。誰かも私も起こり得る物事は、どんな理由が込められているのでしょうか。


最後に、読んでくださった全ての方々に感謝致します。

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