14話 出血
思った通り、フレイアの歯が俺の腕に優しく触れた。やっぱり甘噛みだ。けど痕を付けるには弱すぎる。フレイアもそれがわかっているのか、噛む力がだんだん強くなり、少し、痛いと感じた。
あれ? 俺はSランクだ。耐久力も常人に比べて遥かに高い。一般人が俺をぶん殴ろうが、痛いとは思わない。ただ強めに触られていると感じるだけだ。
なのに、今フレイアに噛まれて、少し痛い。よく分からないが、殴るのと噛むのは違うし、顎の力は強いと聞く。
……なんだか腕を握る力も強い気がするんだが。
疑問に思う前に、腕がとんでもなく痛くなった。すこし遅れて、俺は腕を食いちぎられたと分かった。
「ギャアアアア!?」
油断していた。誰がロリに腕を食べられるなんて想像できる? そんなこと想像出来る訳が無く、予期せぬ激痛に俺は悲鳴を上げた。
そして、思わず反射でフレイアの顔面を殴ってしまった。しかも本気で。
けど、フレイアは泣きも吹き飛びも怪我も骨折も死にも、しなかった。
「痛い」
俺を見て血で汚れた口で、涙ぐみながら言われた。殴ったところは少しだけ腫れている。
専門では無いと言えど、Sランクの本気を受けての反応は、たったそれだけだ。
「悪い、けどいったん離れろ!」
「やだもん」
俺は肩を掴まれ、押し倒される。反応も出来なかった。しかし抵抗は出来るが、相手はただの少女にしか見えない。それがコイツに食われたにも関わらず、俺を若干躊躇させた。
フレイアは俺の右に顔を埋めたかと思うと、今度は右肩を噛まれる。
俺は貧相ではない。だから肩まで伸びる鎖骨は、筋肉か脂肪で少し見えにくい。そんな場所にある鎖骨を、フレイアはかみ砕いた。
ボキッバキッなんていう、骨が折れる嫌な音がしてたと思う。更に血まで吸われた。
「ウグッ? このっ!」
俺は風魔法を駆使し、どうにかフレイアの拘束から逃げた。
フレイアは少し吹き飛び、ベットの外に着地する。そして俺は既に、剣を装備していた。
だが右肩を噛まれたからなんだろう。右腕が使い物にならない。あまりにも酷すぎて、ポーションを使っても治らない。
俺は右利きだ。片手で持つにしても、左で持つのは初めてだ。そしてフレイアは防御力や腕力から考えるに、Sは間違いなくある。
とは言え、まだ戦うと決まったわけじゃない。説得が残ってる。
「なあフレイア、何で腕や肩を噛んだ?」
「美味しそうだったから?」
何を言っているんだろうか。言ってる事の意味は分かるけど、人の肉を美味しそうだなんて、聞いた事も無いし、欠片も思ったことが無い。
「そうか、でも痛いからな。もうやめるんだ。お前ならさっきの晩ご飯を、毎日食べれるから。な?」
こいつの実力ならあの程度余裕だ。
「やだ、パパの方が美味しい」
こいつは王族や貴族が美味しいと言って食べる高級料理より、俺が美味いといった。こいつがさっき言った意味不明な発言もあって、ますます意味不明で少し怖くなってきた。あの2人が少し可愛く見えてくる。ホント少し。
「そうか、でもパパすっごく痛いんだ。しかもホラ、腕が動かなくなっちゃったよ。だから頼む、ホントやめろマジで」
「やだ!」
このクソガキィ、下手に出たからって調子に乗りやがって。もう本気で怒ってやる。こいつの精神ガキだし、多分泣くだろ。だから泣け!
「ダメだっつってんだろこの野郎!」
子供を怒る怒り方じゃないが、これでも十分効果があったようで、フレイアが涙ぐむ。
一瞬罪悪感が生まれるが、俺は悪くない。むしろここまでよく耐えた。
「もういいもん!」
子供がそう言った場合、その次の行動はなんだ?
そう考えると、諦めた時にそう言って、どこかへ行く光景が浮かんだ。
ならフレイアもそうするのか?
違った。こっちに向かって来る。俺はコイツがやけになって襲い掛かってくる光景が、鮮明に浮かんだ。
けどここじゃ戦えねえ。俺が本気を出せば、この部屋がぶっ壊れる。
だから俺は外の景色が見える、窓を開けた。
ここは15階。だから高さは50メートルくらいある。そこから窓枠を押し、思いっきり落下した。そしてフレイアも同じようなことをしている。
そして俺達は当然のように、無傷で着地し、俺は人通りが少ない夜の道を走った。
一体何人の人が、俺達を動きを見れるんだろうか。そんなスピードで外に向かって走り、俺は国境の壁を飛び越した。
そして国を出て少し離れた場所で急停止した。道が無いから荒らしても問題はないだろう。そんな場所だ、本気を出しても問題ない。
俺はいきなり剣の能力を解放した。扱いをミスれば自分すら傷つけるこの能力。左手しか使えないときに大丈夫だろうか。
「フレイア」
「なに?」
ムスッとしてる。だからか口調がぶっきらぼうになっている。けど俺に話しかけられ、いったん襲うのはやめてくれた。
「痛いのは嫌だろ?」
「うん」
「俺だって痛いのは嫌だ。けどそれでもお前が俺を食うって言うのなら、痛くするぞ?」
傍から見れば、中々犯罪的な光景だ。もちろん犯罪者は俺。事実とは逆だ。




