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サラリーマン聖女の暇つぶし  作者: 高山小石
壱.ドラゴン大魔王(偽物)との決戦
1/2

 小さい頃から可愛い物が好きだった。


 ピンクと青なら迷わずピンクを選んだし、できればスカートをはいて髪も伸ばしたかった。

 それは許されないことだったから、親の選んだ色味のない服を着て、学ランをはいた。

 大人になったら自由にすることを夢見て、都会へ働きにでた。


 自由にはなったけど、物価が高かった。

 正社員として働けた会社はブラック企業で、体を壊してしまった。

 バイト生活になってからは住んでいたマンションを維持できず、ぼろアパートに移り住んだ。

 自分の好きな物で埋めた小さな部屋は、それでも夢のお城だった。



「……う?」


 目は開いているはずなのに、はっきり見えない。

 全身が肌触りのいいなにかに包まれていて、あたたかい。

 手を動かそうとしてもモコモコするだけで、足なんか心許ない。


「目が覚めたのね、愛し子よ」


 すぐ横から優しい女性の声がした。

 

「本当は貴方と一緒に暮らしたかった。でも、一緒に里に戻れば貴方は迫害されてしまう。貴方を守れない愚かな母でごめんなさいね」


 あたたかな水を頬に感じた瞬間、視界が開けた。

 すごく整った顔の外国人が、ぽろぽろと涙を流している。

 

「人間の世界で生きる方が大切にしてもらえるでしょう。いつかまた会えると信じています。どうかこの子に祝福を……」


 そっと眉の間に口づけられ、不思議な呪文のようなものを唱えられた。

 長い呪文のようなものを聞いているうちに、すっかり理解できていた。


 どうやら自分は目の前のエルフの母親と人間のハーフらしいが、残念ながらエルフはハーフを嫌っている。エルフはエルフの里という閉ざされた地域で暮らしているのに、この母親はどこで人間に出会ったのだろう。


 母親が唱えている呪文のようなこれは、血を繋いできた先祖代々の名前だ。

 これを聞くことで、その血に継承してきた知識が覚醒する。

 おかげで生まれて間もないはずなのに、エルフ、植物、薬、言語、他種族などの知識が一気に増えた。


「今すぐにすべては理解できないかもしれないけれど、どうか忘れないでね」


 前世の記憶があるから、すでにほとんど理解できている。

 大丈夫だから、もう泣かないで欲しい。

 そう思って笑顔を作ると、ぎゅっと抱きしめられて、形の良い鼻を鼻先につんとつけてくれた。


「私の可愛い……」


 おそらく名前なんだろうそれを聞いたところで意識が途切れた。



「まぁまぁ、なんて可愛らしい赤ちゃんかしら!」

「こんなに上等なおくるみに包まれているなんて。貴族の落とし種かもしれないわね」

「しぃっ。めったなことをお言いじゃないよ。ここに預けられるってことは、そういうことなんだから。みんな同じ神様の子どもだよ」


 次に目が覚めた時は、小さな部屋でベビーベッドに寝かされていた。

 まだ授乳やおむつが必要なので、日に何度もお世話される。

 お世話をしてくれる女性たちの服装からして、ここは教会らしいと目星がついた。

 

 保育園や学校的な役割も兼ねているようで、教会で暮らしている幼い子の他にも、昼間は小さな子が増える。

 その子たちが歌うお祈りが聞こえてくると、一緒に歌いたくなって声を出すが、まだ言葉にならない。


「見て! この子、もうお祈りの効果がでているわよ!」

「すごいわね! 男の子なのが惜しいわ」


 そう。せっかく生まれ変わったのならできれば女性になりたかったけど、また男の体だった。


「女の子なら聖女妃候補になれたでしょうにね」

「すでにこれだけ効果を出せているのだから、候補どころか聖女妃になれたんじゃない? 本当に女の子ならねぇ」


 この時は「さすがに男は『聖女』になれないだろう」としか思わなかった。

 でも、教会にいるのは女ばかりで、一時預かりや、自分のように保護された子ども以外に男はいない。

 どうやら教会は、聖女育成施設らしかった。

  

 『聖女』と言われているけれども、自分としては、白魔法使いのような感じだ。

 癒やしや回復はもちろん、育成促進などの効果をつけられる魔法使い。

 あと、座敷童みたいな効果もあるらしい。

 存在するだけで場を浄化したり、育成を助けたり。幸運値が上がるらしい。

 だから人間の国ではこぞって聖女を増やしているようだ。

 

 聖女に必要なのはたった2つ。お祈りの知識と純潔。

 なぜか自分にもお祈りの効果があるということで、聖女教育を受けられることになった。

 受けるからには聖女候補と同じ格好をすることになり、可愛い聖女の制服がむしろ嬉しかったので、喜んで受けた。

 

 晴れて聖女となった子どもたちは、あちこちに引き取られていく。

 適度な教育も受けさせてもらっているので、どこでもひっぱりだこだ。

 特に育成促進効果が目に見えてわかる農場や、幸運値がリアルな数値になる商会で、聖女は大事にされる。

 仕事への理解が深い方が効果も上がるので、聖女も一緒になって働く。


 やがて職場で恋が芽生えて、聖女は誰かのパートナーになる。

 夫婦になれば聖女ではいられなくなるけれども、聖女が幸せなら最盛期ほどではないが聖女効果が出るらしい。

 だから聖女は、聖女である間も聖女でなくなってからも大切にされる。


 自分はずっと教会でみんなが旅立つのを見送るのかなぁと思っていたら、なんと自分にも農場から声がかかった。

 それもかなり大きな農場からだったので、正直に「自分は男だけどいいのか」と確認したら、「むしろ手伝い要員として来て欲しいので、体力がある方が助かる。ついでに多少聖女効果があればいい」と言われた。

 ありがたい申し出に、喜んで乗った。


 農場での仕事は楽しかった。

 エルフの能力で植物の声が聞こえ、困ったことがすぐにわかる。

 栄養が足りないだの、病気や虫で困っているだのがわかれば、すぐに農場主に知らせ、可能ならお祈りで対処する。

 毎朝早起きして、作業して、植物と話して、お祈りして、くたくたになって寝る毎日は心地よかった。


「あんたほどの聖女はなかなかいないよ」


 最初は「あんた本当に男かい? 細すぎるよ。今まで来た聖女みたいに仕事ができないんなら、すぐに引き取ってもらうからね」と心配するあまりツンツンしていたおかみさんとも、すっかり仲良くなった。 

 うん。確かにこの農場は広いから、普通の聖女にはキツい職場だと思う。

 男で良かったと思った。


 自分は男なんだけど、女にしか見えない外見になっていた。

 金髪緑目の整った顔は母親似で、ハーフエルフだからかどれだけ動いても筋肉はつかず、全体的にほっそりしている。

 皆に進められるまま髪も伸ばしていたので、今じゃ腰まである。

 男だと言っても信用してもらえないくらいだ。


 男の娘を楽しめて自分としては願ったり叶ったりだけど、お手伝いしてくれる小作人さんたちには普通の聖女だと誤解されているっぽい。

 年頃になってからは、なにかとアプローチを受けるようになってきた。

 農場の息子と結婚するのが一般的な聖女としての落としどころなんだけど、当然ながら息子とは結婚できない。

 普通の聖女だと思っている関係者から、毎日のように「俺がもらってやる」と言いつのられるようになり、「聖女のままでいる方が農場のためになりますから」とやんわり断り続けるのも難しくなってきた頃、王都から使いが来た。



 王都からの使者は司祭様だった。


「これほど広大な農場を癒やせる聖女ならば、被害に遭った地域を癒やす力があるだろう。災害復興にぜひとも協力して欲しい」


 司祭様と二人きりにしてもらい、正直に「自分は男だ」と打ち明けた。


「誤解されているようだが、男女の差は問題ではない。神官も聖女と同じ力がある。ただ、聖女の方が純潔を守りやすいだけだ」


 聖女効果のために必要なのは『お祈り』と『純潔』。

 前世で言うところの30歳までアレなら魔法使いになれるところが、この世界でなら男性はアレでさえあれば何歳でも聖女になれるらしい。


「今はとにかく力のある聖女を求めている。どうか来てくださらんか」


 勝手に決めるわけにもいかないので、おかみさんたちにも相談したところ、「あんたと一緒にいられるのは楽しかったけど、ここいらが潮時なんだろうね」と寂しそうながらも快く送り出してくれた。  

 息子の嫁を探すためにも、あらたな聖女を迎えるらしい。

 自分としても結婚しろ攻撃を逃れるいい機会だと思ったので、司祭様と一緒に王都への馬車に乗った。


 馬車の中で司祭様と報酬の交渉をした。

 基本的に聖女活動はボランティアなのだ。


 農場で働いている分にはお金が出ていたけれど、聖女効果に対しては出ていない。

 だから聖女は普通の労働必須なのだ。

 聖女効果は目に見えず、個人差が大きいので、数値化できないからだと言われている。

 農場では効果分を労働分にプラスしてもらっていたのだけど、ただ聖女としての労働になると、まったくのボランティアになる。

 

 もちろん今回は国からの要請なので、その間の衣食住は保障されるが、それだけなのだ。


 なにをみみっちいことをと言われそうだが、自分は男でハーフエルフなのだ。

 普通の聖女なら職場で見初められて結婚できるが、自分はできそうにない。

 エルフなら人間の3倍以上、へたしたらもっと寿命が長い。

 ハーフの自分がどれだけの寿命を持っているのかわからない今、結婚してくれる人間がいても先立たれる可能性が高い。

 定職も離れた今、先立つものがないと不安で仕方が無いのだ。

 

 ハーフエルフなことは隠して、「こんなナリの男で聖女だから、定職がなくお金がないのは不安なのです」と伝えると、司祭様は「ならば出来高制の日給で」と請け負ってくれた。


 なかなか話のわかる司祭様だと感心したが、その理由は王都にいってわかった。

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