頬張る彼女
「何見てるのよ」
昼過ぎのハンバーガー屋は比較的空いていた。午前中で授業が終わったこともあり、小腹が減っていたこともあり、席が空いていることも確認できたのでチーズバーガーセットを頼んでカウンター席に座った。すると左隣で美味しそうに頬張る少女の姿が目に入った。彼女が両手で包み込むように持っているのはビックバーガー。お金があれば本来頼んだであろう俺の大好物だ。それをゆっくり口元に持っていくと、薄い唇からは想像がつかないほどの大口を開けハンバーガーを頬張る。目を細め美味しそうに食べるその姿に俺は自分のチーズバーガーそっちのけで見とれてしまった。
「あ、いや、美味しそうだなーって」
「あっそ、じろじろ見ないでくれない? 食べにくいし気持ち悪いから」
嫌そうな顔でそう言い放つと、再び彼女は目の前の三段に積み重なったハンバーガーに目を落とし、むしゃむしゃと食べ始めた。人が美味しそうにものを食べる姿に初めて見とれてしまった。けして上品な食べ方をしているとは言えないが、一口飲み込んだあとに見せるその表情はとても幸せに満ちていて、その表情を見ているだけでこっちはまだ一口も手を付けてないのに満足感を感じていた。
「だから、見ないでって言ってるでしょ」
彼女はハンバーガーを両手で持ったままこっちを睨んできた。
「あ、ああ…、ごめん」
「こっち見てないで自分の食べたら? 冷めるよ」
目の前のチーズバーガーに触れてみるとまだ温かかった。しかし、触れるだけで食べようとは思わなかった。どういうわけか食欲はどこかへ消えてしまっていた。空腹感に負け、なけなしの金を払い手に入れた好物が目の前に用意されているのにも関わらず、唾液は一向に漏れてくる様子を見せない。
胃袋とのギャップに混乱した俺は自然と口を滑らせた。
「よかったら、これ……食べるか? なんか食欲なくなった。まだ手を付けてないし」
彼女は目をぱちくりさせながら、俺を見る。ああ、しまった! 初対面の怪しい男からチーズバーガーを貰うなんてどう考えても穏やかな話ではない。わけがわからない提案をしてしまった。そもそも彼女はビックバーガーを一個食べてるわけだし、もう食べないだろ! そもそも知らない人から食べ物を受け取るなって子供の時に……と恥ずかしさと後悔に頭を打ち付けながら、独り言を脳内で巡らしていると、
「ふーん……なら勿体ないから食べてあげる」
呆気なくそう言うと、間髪入れずに右手を伸ばし俺のチーズバーガーをかっさらっていった。彼女の袖から仄かにシトラスの香りが飛んでくる。左手に持っていた食べかけを一口で口の中に突っ込むと、ハムスターのように頬を膨らませて美味しそうに咀嚼する。飲み込む音がこちらにまで聞えそうなほどの豪快な留飲をし、一息つく。ソースが付いた包み紙をぐしゃぐしゃに丸めず、丁寧に四角くたたんで空のポテトの容器に入れると、紙ナプキンでゆっくり自分の口を拭いた。その紙ナプキンもまた四角くたたみポテトの容器にしまう。その姿に食べてる時とはまた違った魅力を感じる。ただ美味しそうにご飯を食べる女子高生かと思ってが、もしかしたら育ちはとてもいいのかもしれない。いや、育ちがいい人がこんなファーストフード店にはこないか。
今度は俺の胃袋に落ちていくはずだったチーズバーガーの包みを剥がし、思い切り頬張る。むしゃむしゃと勢いがある食べ方をしているが、食い散らかすこともなければ、くちゃくちゃと咀嚼音を響かせることもない。ただただ美味しそうに食べる少女が目の前にいた。
彼女は時折なにか言いたげに俺の方を睨んできたが、結局なにも文句を言うことなくチーズバーガー一個を食べきった。
「ごちそうさまでした」
彼女は両手を小さく合わせて呟く。彼女がよいしょとイスから降りると長い髪が翻る。スクールバックを肩に掛け自分のトレイを持ちあげると俺を見た。
「あんたにも言っておく、ごりそうさま。だけどご飯食べないと元気でないよ。じゃ」
俺の返事を待つことなく、彼女はゴミ箱に向かい、分別をぱっぱと済まして店の外へ消えていった。
俺は自分のトレイにのったポテトを一本つまみ上げた。ぬるくなって芯が抜けたポテトは美味しそうではないが、そのまま口に運んでみる。ああ、あの子がポテトを食べる姿も見たかったななんて思いながら、窓に薄ら反射する自分と目を合わせた。その顔を見る限り美味しそうに食べているわけではなさそうだ。だがなぜか頬が綻んでいる。つまりニヤニヤしている。こんな表情で見知らぬ女子高生にハンバーガー提供したなんてただの不審者じゃないかと思い、突然の恥ずかしさに顔が熱くなる。
その時、窓ガラスの向こうに長い髪をなびかせる彼女の姿が見えた。容姿が整っている彼女は雑踏の中でも目立つ。しかし、その表情は頬張っていた彼女からは想像ができないほど冷たい表情だった。彼女は淡々と人混みの中を進んでいく。まるで自分の姿を消すように。