最初の被害で苦しむのは『愚者』
街はずれは街灯が少なく、停車した一台の車のブレーキランプが自身の位置を教えている。七人は車を睨む。
そして運転席以外のドアが開き、下りてきたのはデスメタルバンドのような格好の男と、真っ黒に日焼けた筋骨隆々の男。最後に下りてきたのが金髪でハーフ顔の女だ。彼らを下ろした車はその先に走り去っていく。
「追わないと!」
フウが三人を押しのけて行こうとすると、日焼けた男に腕をがっしりと捕まれる。
「離せ! くそっ! ……痛てえ! 折れる! 離せって!」
暴れるフウ。男は片脚を上げると、フウを掴んでいる手を離すのと同時に蹴り飛ばした。
「んぐっ!」
シンたちが居るところまで吹っ飛ばされたフウは、地面に蹲って痛みに耐えている。
「フウ! 大丈夫?」
テンが彼に駆け寄って背中をさする。シンたちは身構える。
「この人たち……悪い人だね」
ノワはファインティングポーズをとる。
「てめぇらよくもまた一般人に手ぇだしてくれたな!」
ヒルが噛みつくように叫ぶ。
「お前ら何者なわけぇ?」
デスメタ男が聞いてくる。
「トルカを返しやがれ! お前らが誘拐した奴だ!」
学校に来ていないヒルがクラスメイトの名前を呼んだことに、シンは一瞬反応した。
「なんで連れ去ったの」
テンの声は震えている。
「あんたらに言うつもりはないよ」
ハーフ女のドスのきいた声に、テンは怯む。
緊迫した空気が流れる。車が去って行った今、少ない街灯と月明かりだけがこの場を弱く照らしていた。
「おや? あんた『唯一のスラム街』で見たことある小さいガキじゃないかい」
ハーフ女がヒルに近づくと、ピンヒールの靴も手伝って女の方が背が高かった。普段ヒルは二十歳前の若者たちと遊んでいて、高校一年生のヒルだけが成長期であり他の遊び仲間に比べて小柄である。
女がヒルに顔を近づける。立体的な唇に長いまつげ。口が合わさりそうな距離に、見ていた周りがどきどきした。
「チッ、さんざん俺らの遊び場を荒らしてくれてどうも」
ヒルは嫌そうな顔をした。
「あたしらの会社からも近いし、良く稼がせてもらってるよ」
金髪女は自分たちの後ろ、さらに路地の奥の方を指さす。
「喋っちまっていいのかぁ?」
デスメタル男は笑いながら聞く。
「どうせ、こいつらはここで始末するからね!」
女は歯をむき出しにし、目をひん剥いて言い放つ。ヒルは下がることなく、そこに立っている。
「なあお前ぇ」
モヒカン男がニヤニヤ笑いながらヒルに近づく。
「お前のこと仲間にしてやるから、こいつら殺してくれない? ひゃはは」
ゲラゲラ笑う男に、ヒルは黙り込む。
「それでホントに寝返る奴がどこにいるんだよ」
シンは敵の派手な頭を見て呟く。
「ねえヒル。そっちへ行っちゃだめだ」
テンの声が真剣にミカミを説得している。隣でノワが不思議そうな顔をする。
「ミカミがそんなことするわけないよ?」
「そうよ真に受けちゃだめ。こんな犯罪者集団の仲間になりたいなんて」
テイがなだめる。ヒルが考えるそぶりを見せたことで、シンは冷たい視線をヒルに送った。
七人は静かになる。敵が今にも笑い出しそうな顔をしている。
皆がミカミを見つめる。彼の一言が、今後を決める。
「ここで戦いになるのかな」
呟くシンに、テイがちらっと彼の顔を見た。
「へぇ! 仲間にしてくれるなんてラッキー。それならお近づきの印に、こいつらぶちのめしてやろうか」
ミカミは口の端を吊り上げる。
本気なのかと、シンはヒルの腹の内を探る。
「でもなー。こいつらには手を貸すって言っちまったからなー」
ヒルは笑っている。
「あーでも、ワルは約束破ってなんぼだよなぁ」
「そうそう! ほら、聞いてみるもんじゃん?」
モヒカン男が二人の仲間に笑いかける。
「じゃあよろしく」
ミカミがゆっくりした足取りで三人の誘拐犯に近づいていく。シンは拳を握りしめた。
「……警察も来れないし……俺の能力は使うわけには……くそっ、これもテイが一緒に来いって言うから……ふざけんなよ」
シンが思ったより、最後の「ふざけんなよ」が大きな声で出た。シンに視線が集まる。クラスメイトたちは意外な物を見る目をしていた。
振り返ったヒルは、皆の視線が集まっていることでシンが声の主だと気づき、僅かに目を見開くと微かに笑う。
「マジな顔してんなよ」
小さな声でヒルが呟く。ヒルと目が合ったシンは慌てる。
「あっいや、お前に言ったわけじゃ」
それには返事をせず、ヒルはモヒカン男に手を差し出す。
「おっ。――残念だったなてめえらぁ。一番戦力を失ったな……ぁが!」
握手の寸前、ヒルは拳を握る。そして相手の腹にねじ込んだ。くの字になって顔を歪めるモヒカン男。
「こいつらのツラ見たら気が変わった。悪ぃな」
ミカミは急いで後ろに下がると、シンの耳元で「お前のおかげで気が変わった」と囁いた。
「どうだか」
シンが苦笑いしていたことは誰も知らない。狭い路地裏、行き先を封じる三人の誘拐犯から明らかな殺意の波動が放たれていた。




