【回想】タロット講座をサボりたいのは『審判』
教室に男性教師が入って来た頃には、生徒は珍しく全員席に着いていた。いつもはチャイムが鳴ってから教室に駆け込んでくる者もいるが、今日は自分たちの席にに背筋を伸ばして座っている。
その中で一人、シンだけは教室の隅をぼうっと見つめる。楽しみどころか、シンだけは眉をひそめている。
教師は教壇に上ると「はい、起立」と合図。いつになくシャキッと立ち上がる生徒たち。大してシンはこれ以上ない猫背。
「「「「よろしくお願いします」」」」
礼をしつつ椅子に座ると、生徒たちは前のめりになって教師が話し出すのを待った。
教師はごほん、ともったいつけた様に咳払いをすると、ゆっくりと口を開く。
「皆が楽しみにしていたであろう授業が、とうとうやってきました。――みんな、楽しみにしてたかぁ!」
「「「「「おおぉぉぉぉ!」」」」
全員が拳を掲げ、雄叫びは廊下に響く。
「というわけで、授業に入ってくぞ」
何事もなかったかのように後ろを向くと、チョークで黒板に大きく文字を書く。書き終わると教師は、チョークで黒板をトントンと叩く。「はいこれ、皆で読んで」
「「「「タロット」」」」
シンは机に伏せた。そうしても、前席の生徒の背中で教師からは見えない。
授業はスムーズに進む。教師は黒板消しで文字を消すと、生徒たちに向き直る。
「私たち人間が、持って生まれるもの。それは血液型、干支、星座、そしてタロットだ」
生徒たちは頷く。
「タロットは二十二のアルカナに分けられる。もちろん全部分かるよな? 覚えていない奴は赤ちゃんからやり直してきてくれ。はいじゃあ全部言える奴」
教師が手を上げて挙手を促すと、大部分が恥ずかしくて周りの様子をうかがう中、まばらに手が上がった。
「じゃあ、コウ」
「はい」
立ち上がったのは重い筋肉に太い眉毛、社会人にも見える男子生徒だ。
「愚者、女教皇、女帝、魔術師、皇帝、法王、恋人、戦車、力、隠者、運命の輪、正義、吊された男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界です」
コウが一息つく。教師は人差し指をゆっくり立てると、振りかぶってからコウを指さす。
「――正解!」
生徒たちが一斉に拍手をする。それが止んだ頃に、教師がまた話し出す。
「その中でも珍しいのは『世界』だな。お前らもニュースを見てれば知ってると思うが――――ちゃんとニュース見てるだろうな。お前らもそのうち三年生になって受験や就活する時に役立つんだからな――――で、最近ニュースでやっているように、世界中でタロットの『世界』を持った人々が連れ去られる事件が起きている。なぜか分かる人? じゃあシン!」
条件反射で立ち上がるシン。全員がこっちを見ている。
「……理由は。古代から不老不死になれるタロットを探して研究が行われていて、最近になって『世界』にその力があるのではないかと言い出したからです」
答え終わると、シンはすぐさま座る。生徒たちから拍手が鳴る。
「模範解答だな。寝てたみたいだから当ててやろうと思ったんだけど、ちゃんと聞いてたみたいで残念だ。はははっ。先生に死角はないからな。バレないと思っても駄目だぞー」
シンは苦笑いを返し、今度は教室の隅を眺めた。ぼんやりと内容が頭に入ってくる。
「いいなあ不老不死。お前らはまだ若いから思わないかもしれないけど、先生は羨ましいぞ」
教室が笑いに包まれる。
「『世界』が文字通り世界中の年取りたくない人たちを助けると良いな」
教師のその言葉に、シンは聞こえないくらい小さい声で呟く。
「……違う、『世界』じゃない……」
机の下で、爪の跡が残るほど手を握りしめるシン。考え事にふける。
「それにあれは禁断の技……二度と被害者を出してはいけない、俺のような……いや、被害者とは言えないか。元はと言えば俺が悪かったんだ……でも……いや……」
「――――おーい、起立。聞こえてるか、起立」
繰り返しの声がけに、シンは現実に引き戻される。すると授業は終わりの時刻で、全員が立ってシンを見ている。
「はいっ」
シンは慌てて立ち上がる。
「号令!」
「「「「ありがとうございました」」」」
シンは崩れ落ちるように椅子に座る。他の生徒たちは各々移動し始める。
「嫌なこと思い出した……最悪だ。次はタロットの授業はサボりたい……」
息を整えながら、シンは潰れたように机の上で寝た。次の時間の教師に巨大な三角定規で叩かれるまで後十分。




