英断。徒歩組との合流
悲鳴と共に沼の底に姿を消したハンを、シンは目に泥が入ることも厭わず探したものの、まったく見つからなかった。
代わりに望まぬ者が、沼から這い出てきた。
白いドレスが溝色に染まった、誘拐犯の一味だ。髪の毛が顔にへばり付いていて、怒りで歪んだ表情は、美しい容姿の面影も無い。
女の手には、改造銃。沼に投げ捨てたはずだが、拾い上げてしまったのか。
「潜れ」ヒルの命令を受けて、シンは沼の中に頭の天辺まで潜った。淀んだ水の中に隠れてしまえば、女は自分たちを撃つことができないだろう。
それは反対に、シンからも銃を構えた女の様子が見えないということだ。もし女が、むやみやたらに銃を乱射してきたら、誰かしらに当たるかもしれない。
息を止めておくのにも限りがある。酸素を求めて顔を水面から上げると、雄々しい叫びが耳をつんざく。
顔から血を流したリオが、鬼の形相で、発砲しているドレスの女めがけて泳いでいるではないか。
自棄を起こしたに違いない。恐怖をはね除けるように、大声を出している。
「やめろ、リオ」シンは腹の底から悲鳴を上げた。
飛び出したリオに、銃弾の雨が降り注ぐ。シンは反射的に目をつぶった。
もう、おしまいだ。シンは彼の死を覚悟した。クラスメイトは一人撲殺され、一人は沼の底に沈み行方不明。そしてまた一人、銃弾によって命を落とすのだ。
勝ち目はなくて、自分も順番はあれど、いつかは殺される。
恐る恐る目を開けると、リオが誰かに強い力で引っ張られて、ボートの影に連れ込まれた。ヒルが彼の腕を引っ掴んでいた。ヒルは、更に強くリオの腕をぎりぎりと締め上げる。
「もう誰も死なせねぇんだよ」
喉まで出かかった感情を押し殺したような口調。
リオは何カ所も銃弾が掠めており、瞼は閉じかけていて、浅い呼吸を繰り返している。
「いったん岸に戻る」ヒルが向こう岸を指さした。徒歩組と合流する予定になっている場所だ。
「怪我人が多い俺らは、踏ん張れる足場がないと不利だ。岸に行ったらスリーオラクルを出す。スリーなら分かるだろ」
ヒルがリオを背負い、三人で向こう岸まで泳ぐ。背後から弾丸が降ってきて、水面が不自然に跳ねていた。
シンは自分が何番目を泳いでいるかも分からない。もしかすると、皆撃たれてしまって、振り返ったらシンだけが、ドレスの女に銃口を向けられている可能性もある。
苔むした土の地面が見えてくる。あと数メートル先で反対岸にたどり着く。
シンたち奇襲組の名前を、それぞれ呼ぶ声が聞こえてくる。顔を上げれば、樹木の影に徒歩組の皆がいる。ああ、自分以外の奇襲組も後ろを着いてきている。
岸に手を伸ばすと、テイがその手を掴み、シンを引き上げてくれた。
泳ぎ続けた脚は棒のように動かず、立ち上がることもできずに、両脇を誰かに抱えられた。引きずられるように木の陰へ。
苔むした樹木はカーテンのごとく正面を覆い、銃を抱えた女から見事に隠れることができているようだ。明後日の方向で銃弾が跳ねる。着弾と共に弾は消滅する。タロット魔法で作り上げた、水の弾だ。研ぎ澄ませばダイアモンドをも切断することができる。
「ハンは」ノワが、四人だけの帰還者へ、視線を何度も往復させる。
シンが無言を貫いていると、「わあっ」とシマが泣き出した。まだ顔を両手で覆っている。
「ノワ」テンが彼女を、とても優しく呼んだ。
彼女はひどく混乱しているようで、えっだって、と繰り返している。
「おいおい嘘だろ」
フウが頭を掻きむしった。そう、奇襲組は、沼に沈んだハンを見つけられないまま引き下がってきた。
「諦めんな。奴を倒す。スリーオラクルだ」
ヒルが指示を飛ばして、シンはハッとする。相手は、弔う暇も与えてくれない。
「沼が消えてる」誰かの呟きが、耳へ滑り込む。
露で湿った木の葉をかき分けると、沼は姿を消していた。
ただ広い地面が広がり、ボートが一隻、土に半分埋まっている。
そして泥まみれのドレスを着た女は改造銃を構え、悠々と、自分たちのことを探し歩いていた。




