彼の兄は悪の手先で『吊るされた男』
「ハンのお兄さんって何してる人?」
テイが聞く。ハンは兄の話を学校で一度もしたことが無かったため、全員が今初めて彼に兄がいることを知った。
「俺の兄貴は年が離れてるから社会人だったんだけどさ……もう死んだけど。悪い仕事をしていた……みたいなんだ。実際に見たわけじゃないから。放課後兄貴が裏通りに車で入ってくところをよく見たんだ。だから兄貴の仕事場は、この奥にあったんだと思う」
「まて、お前の兄貴が誘拐犯と昔仲間だったって言うのか」
ヒルがハンの肩を掴む。
「おそらく、同じ集団だろう。兄貴が死んだとき、霊安室に兄貴の上司って人が来たんだけど。何か事故があって、兄貴はそいつらを庇って死んだらしい。泣いて謝ってたんだ。けど……他人のために死ぬって意味がわかんないっていうか。普通自分だけでも生きたいって思うと思うっていうか……」
「お兄さんの死に納得がいかないんだね」
テンが言った。シンは昨日のことで身近な人の死がどれだけ悲しいかを知っていた。だからハンの気持ちはよく分かった。
「俺も連れてって欲しい! 今まで自分の気持ちを押し込めて来た! でも今度はトルカが誘拐されて、もうじっとしてる訳にはいかないっていうか! 全部この目で見たいんだ! 兄貴がどんな凶悪な犯罪者だって分かっても。兄貴が何をしてたのか知りたい!」
ハンの熱弁を、ヒルは一方を見つめながらじっと聞いていた。そしてハンが話し終わると、彼も顔を上げた。
「全員追い返そうと思ってたけどよ。……来いよ」
良かった。そうシンは思った。ハンの熱い思いが通じ、ヨウやキョウコ、それからシマにリオも一緒に付いてきてくれる。戦力が増えたのだ。
「いや、駄目だ!」
「シン?」
テイが突然叫んだシンを見る。
「ハン。お前のタロットを言ってみろ」
「『吊された男』だけど……どうしたんだ」
それを聞いて、ヒルが頷いた。
「ああ……てめぇは帰った方がいい」
「なんでだよ! さっきは良いって言ったじゃんか! 意味分かんねえ!」
「……既に一人殺られた。『塔』だ。次は……お前の番かもしれねぇなあ」
ヒルが片方の唇をつり上げた。
「なんで『吊された男』は駄目なのよ。差別?」
キョウコが怪訝そうに聞く。
「『吊された男』は自己犠牲の象徴」
シンは、特にハンに言い聞かせるように言った。ハンの顔が紅潮する。
「俺も兄貴も『吊された男』だからって、仲間を庇って死ぬようなことはしない!」
「てめぇの兄貴も『吊された男』だったのか」
ヒルが悲しげな表情をしているようにシンには見えた。
「そうだけど、兄貴が死んだのとは関係ない!誰が好き好んで自分の命を捨てるんだ。誰か一人が死なないといけないとしても……それは俺じゃない。『吊された男』にそんな特徴はない」
ハンにとって自分のタロットは人生に良い影響を与えはしなかっただろう。シンは同情した。
「今行かないとハンは、一生後悔すると思う」
テンが言った。シンは頷いた。
「……よし! 全員来てもいいけどよ。後悔しねーか?」
ヒルは新たに合流したクラスメイトたちを見た。心の奥を見透かそうとしているような視線であった。
「後悔なんて、するわけないじゃない。皆に生きて欲しい。そのためにも、一緒に戦いたいわ」
キョウコが微笑んで見せた。
「なんならそいつらを皆殺しにしてやる……」
リオは目が爛々としている。こいつ常時なにかに興奮してるな、とシンは思った。
ヒルがテンに耳打ちしている。
「頭が切れそうなやつは相変わらずいねぇが、ちょっとは期待できる奴が増えたな?」
「少し希望が見えてきたね」
テンは笑っていた。何を話しているのかとシンが見ていると、テイが話しかけてきた。
「『吊された男』の特徴が自己犠牲って分かったの、凄いね。授業でも習ってないよ? ヒルは知ってたみたい……いつも一緒に遊んでる年上のお友達たちに教えて貰ったのかな? シンはどこで知ったの?」
テイが怪しんでいる。シンは冷や汗が出た。自分の過去がバレてしまうのではないかと。
「……ドラマで見た」
「青少年に悪影響だから、タロットを使ったテレビは放送禁止になったよね。動画サイトとかでは、そういうのがあるのかな?」
「……そうそう」
シンの疑惑が確信に変わる。確実にテイに怪しまれている。
「駄目でしょそんなことしちゃ!」
驚いてシンは肩をすくめる。テイは続いてこう言った。「シンの心の成長に悪影響でしょ」と。
それからシンは、テイに小言をもらいながら歩いた。何度か皆がハンに何か兄から聞いていないかと訪ねたが、首を横に振るばかりであった。
「兄貴は、詳しいことは教えてくれなかったから」
それもそうだな、とシンは思った。悪事の詳細を家族に話す奴はいないだろう。
木々の鬱蒼とした道が開ける。「沼だ……」と誰かが呟いた。大きな沼のほとりに、見覚えのある車が停められている。
「この車、昨日の奴らのだ」
フウが呟く。
「道がないよ」
ノワが言うので辺りを見回してみると、沼の両端は木が生い茂っていて道はない。
「これ使ったらいいんじゃない」
ヨウの指さす先には、手こぎボートが何艘も停められていた。




