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『魔物』達の物語  作者: 薔薇茶
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2.金色の少女

 どこか遠くから、楽し気な会話が聞こえてくる。


「いや~しかし、リーくんもようやく女の子を連れてくるようになるとはねえ~」

「あれが『連れてくる』っていう状況か?」

「私というものがありながら、という気持ちはぬぐい切れないけれど、涙をのんで陰ながら応援するわ。よよよ……」

「涙出てないぞ。むしろ口元が笑ってるぞ」


 からかうような少女の声と、呆れた口調の少年の声。

 声の主を探すため、シーマは重い瞼を上げた。


 視界に入ったのは見慣れない天井。シーマが寝ているベッドがあるだけの、簡素な寝室だった。

 体が窮屈に感じたので確認してみると、全身が包帯や薬草と思しきものでぐるぐるに包まれていた。何か危険な目に遭っていた気がするのだが、誰かが助けてくれたのだろうか。


「あ、起きた! おっはよ~!」


 起き上がろうとした気配を察したのか、遠くで談笑していたうちの一人がこちらへ駆け寄ってきた。間に部屋らしい仕切りはあったが、ドアは無いのですぐにその正体が少女だと分かった。


 緩くウェーブした金色の長い髪の毛に、青空のように澄んだ大きな瞳。背は低く華奢で、まだ10歳にもなっていないだろうあどけなさがあった。

 身にまとうは白いワンピース。まるでお姫様のような美しい外見の少女は、それとは裏腹にとてもフランクに話しかけてきた。


「傷腫れてない? リーくんの彼女に傷跡なんて残せないからね、しっかり治療しないと」

「貴方が手当てしてくれたの?」


 尋ねると、少女はドヤ顔で頷いた。思い切り首を振るものだから金色の髪の毛がばさっと舞い上がって、せっかく整っていた髪型が崩れてしまった。

 これはこれで、ライオンのたてがみや孔雀が羽を大きく広げた姿が連想されて不思議と美しいのだけれど。


「血塗れで汚かったのに……」

「気にしないで、むしろやりやすかったし。それに、私がやったのは包帯と薬草だけで、毒消しとか初期治療はリーくんだよ」

「人前でリーくんって呼ぶのは止めないか」


 部屋の仕切りからすっと顔を覗かせてきたのは、森で出会った『魔物』の少年だった。


 そうだった、こいつに攫われたんだった。

 警戒の為にシーマの体に自然と力が入る。傷はあちこち痛んだが、動けない程ではなさそうだ。


 リーくんと呼ばれた少年の事を睨みつけると、少年は申し訳なさそうに少しだけ頭を引っ込めた。その様子を見て、少女が意地悪そうな顔になった。


「あー、リーくん怖がられてる。もしかして襲ったの? 家に帰ってきてからでも言ってくれれば留守にしたのに」

「そんな事するか。魔法使ったとこ見てるんだよ」

「あ。そうなの? そっか、なら仕方な……くない!」


 少女は突然声を荒げて、シーマの肩をぐっと掴んだ。

 体をゆすられ傷が痛むが、先程までのにこやかな態度と一変した鬼気迫った眼差しに、シーマは声を上げることが出来なかった。


「リーくんはあなたのこと助けてくれたんだよ? リーくんは『魔物』なんかじゃない。むしろ」

「ルノア、いいんだ」


 少年が慌てて部屋に入ってきて、ルノアと呼んだ少女の頭に手を置いた。ついでに舞い上がった髪の毛を整えてやる。

 それで気分が落ち着いたのか、シーマの肩を握りしめていた手をぱっと離して「……ごめんなさい」と呟いた。


「魔法を使う人間は事件を起こしやすい。恐れられるのは仕方ないことだ」

「むうう、でもリーくんは悪いことしないのに……」


 落ち着きはしたが、納得いかない様子のルノアは口を尖らせていた。唇を突き出しすぎて、鳥の嘴のようになっていて面白い。シーマは思わず笑いそうになってしまった。


「あれ? 笑顔になってる。このタイミングで。なんで?」


 我慢したはずが、顔に出てしまったらしい。話の流れにそぐわない態度を見て、疑心感を強めたルノアは余計に口を尖らせた。


「そ、それよ。その口が面白くて……あははは、痛たた」


 ついに我慢できなくなって、シーマは笑いだしてしまった。動いたことでまた傷が痛んだが、なかなか笑いは収まらない。

 面白がるのと痛がるのを交互に繰り返しているシーマを見て、二人はあっけにとられてしまった。


「リーくん、あなたの彼女面白い人ね」

「ああ……って、そうじゃない」

「はあ、痛い……ごめんなさい、話の途中だったのに」


 ひとしきり笑い終わったシーマは、改めて二人を見た。


 僅かなやり取りではあったが、シーマには二人が悪人に見えなくなっていた。

 もちろんルノアが洗脳されていて、こうして油断を誘っている可能性はある。でも、少しくらい友好的になってもいいんじゃないか、と直感的に思ったのだ。

 最低限、治療をしてくれたのは事実であるし。


「『魔物』は怖いわ。でも、貴方達はなんだか違う気がしてきたの。だから、えっと、助けてくれてありがとう」


 とはいえどう接していいのかも分からず、とりあえず命を救ってくれたことへの感謝を伝えた。


「!!! 聞いたリーくん、分かってもらえたよ!」

「え、あ、その……どういたしまして」


 自分たちを受け入れて貰えたことに興奮するルノアと、いきなりのお礼に困惑する少年。

 反応のギャップが面白くて、また笑いだしそうになってしまうが今度はぐっとこらえた。


「私はシーマ。冒険者よ」

「シーマ! よろしくね、私はルノアだよ! リーくんはリヒトだけど、リーくんって呼んでいいからね!」


 ルノアのついでで紹介を済まされてしまったリヒトは、困った顔をしながら軽く頭を下げた。


「シーマ、は、どうして森の奥に居たんだ? 冒険者の欲しがりそうなものは、大抵森の浅い所にあるはずだ」

「そう、依頼を受けてヴァルツ草の採取に来て……」

「ヴァルツ草なんて、近くの町から森へ来るまでの道にだって生えてる。普通の薬草だぞ」

「な、なかなか見当たらないから探索してたんです!」

「……迷ってたんだな。そこでシュラヘビに噛まれた、と」

「シュラヘビ、あの蛇ってそんな名前だったんだ」


 もともと感情の薄いリヒトの顔から、話をするにつれ更に表情が無くなっていき、シュラヘビの下りで完全に真顔になってしまった。


「知らないの? この森に入るなら絶対注意して、解毒薬も持ってくるべき、だったはずだよ?」

「か、駆け出しなので……」


 ルノアの追い打ちで、誤魔化せなくなったシーマは正直に告白した。

 森に入るどころか、依頼を受けたのも今回が初めて。紛れもないルーキーだ。


「いや、この辺りなら誰でも知ってる常識だ。危なっかしいにも程がある」


 それでも駄目だったらしい。一気に恥ずかしい事実を突きつけられてしまい、シーマは寝たまま項垂れてしまった。


「よし、それならリーくんが常識を教えてあげればいいよ! 傷が治るまでここで勉強会だ!」

「「え???」」


 突然の提案に、シーマとリヒトの声がハモった。


「あの、回復するまでお世話になれるのは有難いのだけれど、もっとこう家事の手伝いとか……」

「怪我人が動いちゃだめだよ! 一人増えても大丈夫だから! そうだ、お腹すいたでしょ、ごはん作ってくるね!」


 勢いよく部屋を飛び出すルノア。しかしひょっこり戻ってきて、リヒトの首根っこを掴むとまた凄い勢いで部屋を出て行った。首が締まって白目をむきかけていたけれど、大丈夫だろうか……。


「えへへ、これで一緒にいられる口実が出来たね。グッジョブ私」

「別に頼んでない」

「さてさて、ここは彼女の胃袋を掴むチャンスだよ! 気合入れて作ってね、リヒト!」

「あんなこと言っておいて手伝わないのかよ!?」


 仕切りの向こうからそんな会話が聞こえてきて、リヒトが気絶していなかったことが分かり安心した。

 小さな女の子に振り回されるなんて、本当に『魔物』らしくない。


 わいわいと騒ぎながら料理を始めたらしい雰囲気をよそに、シーマには再び眠気が襲ってきた。魔法で眠らされた時よりも安らかな気持ちで、シーマはそれを受け入れた。


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