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6話

4/20 編集

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 流されるままに棗に連れられて、商店街の入り口付近でひっそりとやっている喫茶店へとやって来ていた。

 老夫婦で経営している小さな喫茶店で、普段店前を通る事はあるが…って、そもそも喫茶店に入る事なんて滅多にない。

 社会人になると必要に迫られるのか、一人で飲食店に出入りするスーツ姿の男性を見かける。それを見て大人だな~なんて、感想が出てくるあたり、まだまだ俺はガキなんだろうな、と痛感していたので、初めて美容室に行った時のような緊張感を覚えていた。

 

「ここ、よく来るのか?」


「この前なぎさと来たのが初めて。前々からカレーがおいしいって聞いてて」


 そう言って棗は迷いなくカレーとオレンジジュースを注文。

 特別お洒落な喫茶店でもないのでそこまで緊張する必要はないはずなのだが、周りにいた数人の客を意識していたのだろう。俺は見栄を張って普段は飲まないコーヒーを注文していた。

 

「ふふ。…そういえば、昨日恵泊まったんでしょ?」


「あ、ああ…」


 恵が泊まった事を知ると、何か考え込む仕草をする棗。

 特に後ろめたい事はないのだが、何故か今朝の一件を思い返して、動揺しそうになる。

 いろいろツッコミたかったのだが、一瞬にして吹き飛んでしまった。


 ………

 ……

 … 


「…それで、このあとどこかいくか?」


 特にこれといって会話もなく、苦し紛れに出た台詞。

 このあとも何も、連れて来られたのは俺じゃないか?とも思ったが、飲み込んだ。


 都会ではないので娯楽施設も限られてくる。

 電車で、少し遠出…という気分にもなれないので、


「少しぶらつくか」


 と、切り出し、棗は俺の提案に頷いた。

 

 …


 俺は頃合を見測って机に置かれた注文書を手に会計へと向かう。

 

「会計お願いします」

 

「あ、これ、私の注文した分で……」


 隣へ滑り込むようにして棗が割り勘分のお金を出そうとするが、


「いや、いいから。俺が払うよ」


 そう言って俺は静止した。


「え…でも、わるいし……」


「んや、いいって」


 金銭的に余裕があるわけでもないが、棗の申し出を断って会計を済ませて店を出た。

 声には出さないが、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる老夫婦に、何か誤解されているような気がしたが、背伸びして大して味もわからないコーヒーを頼んだ俺自身のツケだった。それに、俺は男で、棗は女。周りに客がいた事もあり、見栄を張らざるを得ない状況だったと言える。仕方が無いのだ。

 

「…ありがと」


「ん、気にすんなよ。突然押しかけたの俺だし」


 俯きながらも、どこか嬉しそうな棗は、先程までのツンケンした態度と真逆でしおらしかった。

 そんな棗を見て、身体の芯から顔にかけて次第に熱を帯びていく。俺は既視感を感じていた。

 

 特に目的もなく歩みを進める二人。

 昔から一緒にいる事が多く、気心知れているせいか、普段は会話がなくても苦にならない。

 けれど、今はやたら苦に感じていた。

 何か話題を…と考えながら、気が付けば公園の前までやってきていた。


「ねぇ、あれって…」

 

 沈黙を破り、口火を切ったのは棗だった。

 棗の視線を追う様に公園を見ると、佑介の腕に自分の腕を絡ませるなぎさの後ろ姿。

 以前から各々が付き合ってるんじゃないか、と思っていた二人の決定的瞬間ともいえる現場に遭遇していた。

 

「お、いい雰囲気じゃん」

 

「うわ、こっちまで気恥ずかしくなるかも」


「確かにな。なんか見ちゃいけないモノを見たような気分だ」


 幼馴染の幸せを心から祝福し、例えようの無いむず痒さを覚えながら、邪魔しないようにと公園を後にする。


「俺等もデートに見えるかな?」


 その問いに棗は再び黙ったまま俯いた。 


(またやっちまった…)

 

 冗談であり、ただの戯言だった。

 以前読んだ雑誌の記事で、女はどこに地雷があるかわからない、といった注意が書かれていたのを思い出していた。

 俺は自分の不用意な発言を悔いた。 

 

 …


 ぐるりと回って再び商店街の入り口へと戻り、駅から出てきた静馬と遭遇した。

 

「お?あれ、お二人さんはデート?」


 静馬が言った。

 救いになりえるであろうタイミングの登場だが、今そのワードは禁句である。

 

「はっ!あ、えっ?ただ、ぶらぶらしてただけだよ!そういう静馬は?」


 棗が小声でぶつぶつと何かを言っていたような気がしたが、うまく聞き取れなかった。


「うん?あー、昨日予約してた愛+(あいたす)Ⅱ受け取りに行ってた」


「あ、ああ、あれか。ネットでも話題になってたよな。面白いのか?」


「面白いっていうか、彼女だからね。まぁ、無印でよければ貸すよ。ウチ来る?」


 別に借してほしいわけでもなく、何か話題を欲していただけだった。

 長らく続いていた沈黙を、空気を払拭したかっただけだった。

 なのに…。


「あ、あたしそろそろ帰るね。じゃぁ…」


「え?あ、ああ」


 そう言ってやや小走り気味に一人帰っていく棗。

 普段と違う棗に戸惑う俺は、静馬と二人その場に取り残された。

 そんな棗の微妙な空気を感じた静馬が、ポンと俺の肩に手を置いた。


「…僕が解決策を提示するよ」


「え?は?」


 神妙な面持ちの静馬に小首を傾げながら、愛+(あいたす)を借り、帰宅した。  

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