3話
編集終り 6/29
昼休憩を利用し、考学部の部室には珍しく六人全員が揃っていた。
「活動してないよね」
そんな俺の言葉に各々が同意し、昼食時間を利用した会議が開かれていた。放課後の全員参加は見込めないからだ。
「んで、今更何しようってんだ?正直、中等部の頃から帰宅部と変わらなくね?」
佑介のその問いは誰しもが抱いていた。立ち上げたものの、今の今まで特に活動がないのだ。けれど、それが許されたのも中等部までの話である。
この一年、活動報告書はいつも適当にごまかしてのらりくらりを続けているダメな部。
部室は部員専用の昼食場として。恵専用の更衣室として…。その程度の役割しか果たしてなかったのだ。
部活動が同好会と違うのは、いくつかの条件を満たしてるか否かになる。我等が考学部は顧問もいれば、僅かだが予算も下りる。一応は正式に部として認められているのだが…。
予算は基本的に余れば生徒会へと返上することになっているのだが、考学部顧問である九条先生が管理しており、部の立ち上げから一切手をつけていない状態で、毎月予算を溜め込んでいた。本来は不正なのだろうが、その辺りの全てを顧問に丸投げしており、それを生徒会も容認していた。
しかし、つい先日…
「何かしなさい。私の顔に泥を塗りたいわけではないのでしょ?」
と、校内でも人気の高い美人教師様である顧問の九条先生からの個別指導。
なんで俺だけ…などという不満は周りからすれば羨ましく思われるのだろう。
中等部の頃から顧問を引き受けてくれていて、恵の事を話した時には親身になって考えてくれて、部の立ち上げにも協力してくれる恩師とも言える存在だった。故に、責任も感じている。
「具体的にはまだ決まってませんが、来年の春、もしくは夏にはきっと…いえ、なんとかします!」
根拠のないその場凌ぎの台詞。
じーっと目を見つめられ、僅かに口角を上げ不敵な笑みを浮かべると、自慢の美脚を組みなおす。
「…わかったわ。その言葉を信じましょう。期待、してるわよ」
そう言って最後は優しく微笑んだ。
澄んだ綺麗なその瞳は、俺の中にある覚悟を読み取られたような気がした。
ずるい。
期待に応えられるかどうかはさておき、姿勢は見せるべきだろう。…とはいえ、やはりずるい人だ。
(自分の為にも頑張りますかね。…それにしても、タイムリーだったな……偶然、か?)
俺は職員室の扉を閉めながら、ふと、そんな事を考えていた。
そんな会話があり、今に至る。
俺は自分の中の考えを整理しながら、気合を入れる為に大きく息を吐き、重い腰を上げることにした。
「もうすぐ冬だ。冬といえば?」
「雪」
「うーん…クリスマス?」
「寒いよね」
心の中で口火を切った事に後悔しかなかった。
こういった仕切りに関してはやはり佑介が適役なのだと、改めて確信した。
佑介に話をもちかけた時、面白そうだという理由で全員を招集したものの、議題については完全に俺に投げられていた。よって、俺が話を切り出したわけなのだが。
「はーい。冬と言えば冬休みです。寒いですね~、クリスマスもありますね~、雪も降りますけどね~。でも冬休み、寒いからとダラダラしていてはいけませんよね~」
「コタツでゲームは定番だよね」
「おい静馬、お前わかってねぇよ!わかってねぇ!ゲームなんていつでもできるじゃん?冬にしかできない事をしようって言ってんだよ!」
「さっきから何なのその喋り方。正直うざいから」
静馬に怒っていた俺が棗に怒られる。
見切り発車で、自分でも何を言ってるのか理解できておらず、変なスイッチを入れてしまっていたのは否めないが、堅苦しい空気にしないようにとの思いだったのだ…。
何かをしたいと恵と会話をした数日後のこと。
商店街にある棗の家の和菓子屋で、棗の親父さんから町興しについて相談を受けた。
そもそもこれは棗の親父が発端といっても過言ではないはずなのに、ひどい話である。そこに九条先生も絡んでくるのだが…。
「まーそのーなんだ。商店街を活気付ける為に、何かをしたいらしいんだけど、何かないかって話。こないだ棗ん家の親父さんから言われてさ…なんかない?」
飲食関係の店で連携し、新作のメニューを…との話だったのだが、参加店が思いの他少ない事と、例年通りだと飲食系には偏りがある。時代や人の流れと共に、嗜好も変わる。消費者である自分達に分かりやすい変化は花見等に出展される屋台だろうか。
「こんな田舎で町興しもクソもないだろう。手遅れだろ!」
「激しく同意ー」
佑介の突っ込みになぎさが同意し、各々が無理だ、と口にする。
いくら思考を巡らせても、妙案は出てこない。
「メディアが入れば多少は変わるんじゃない?最近旅番組多いし、ふらっと途中下車してもらえば…」
「そもそも視聴率取れないって言ってる時代にそれは…悪いとは言わないけど現実味がないよ。オファーするのにお金もかかるだろうし、所詮その時だけでしょ」
静馬の案も現実的には無理があると恵が指摘する。
そして結局何も具体的な案がまとまらないまま、午後の授業が訪れる。
放課後の部活動は休み、連休明けの宿題として各々が議題を持ち帰る事になった。
帰宅後、ベッドへと倒れ込む俺をよそに、棗と恵が何故か部屋で寛いでいた。
「…なんでいんの?」
別に困るわけでもないのだが、思春期の健全男子の部屋に、女子がいるという現状は、世間様から見たらひどい誤解を生みそうで、正直怖い。
恵に関しては別に良いとして、棗は女子だ。
「明日から三連休だしー」
「おばさんに挨拶したら帰るよ。この前野菜たくさんもらっちゃったし」
棗はともかく、恵は完全に泊まる気に聞こえた。
男同士、別に構わないのだが、スカートの見えるか見えないかの境界線が視界内でチラつくのは、精神衛生上よろしくない。
かといってそういった箇所を指摘すれば、後々何かしら言われるのは目に見えている。
俺は溜め息混じりに肩を落とした。
しばらくして棗を家まで送り、やたら上機嫌な父母と夕食を取り、部屋へと戻る。
「お風呂空いたよ~」
濡れた髪をタオルで拭いながら、部屋着に着替えた恵が風呂から戻ってくる。
張りのある肌理細かな肌、細くしなやかな四肢。上気した頬は赤く染まり、濡れた髪から滴る雫が鎖骨を滑り落ちる。
Tシャツとホットパンツという露出の高いラフな格好の部屋着。嗅ぎ慣れたボディソープの香りが一転して、女子特有の甘い香りにも感じられた。
「あ、ああ。んじゃいってくるわ」
俺は複雑な心境を悟られないようにと、逃げるように風呂場へと向かった。
湯船に浸かると、指の先まで緩やかに熱が浸透し、痺れるような感覚と共に、心身ともに温まる心地の良い気分へと変わる。
…
部屋へ戻ると、まるで自分の部屋のようにベッドの上でくつろぐ恵の姿があった。
「お前まだそんな格好してんのか、風邪引くぞ?」
風呂上りから変わらない、夏場のような格好で寛いでいた恵へと声を掛けるものの、かくいう俺も薄着だった。
「布団に入ればあったまるし~雪山で遭難したカップルは裸で温めあうものでしょ」
「男女の場合はな」
そう口にして、恵を傷つけたのではと不安になって俺は顔を背けた。
しばらくして身体が冷えてきたのを感じ、恵がトイレに行った隙をみてベッドへと滑り込んだ。
「お兄、もうちょっと詰めてよ」
戻ってきた恵が膨れっ面でベッドの脇に立っていた。
「あ、ああ」
シングルベッドに二人は狭すぎる。が、冷えた身体を暖めるかのように触れ合う肌がまた心地良いのだが、妙な緊張感のようなものも感じていた。
早鐘を打つ心臓が徐々に落ち着きを取り戻し、意識の沈む感覚と共に、暗い瞼の裏側に一層の暗さが訪れる。
薄れ行く意識の中で、妙な充実感、達成感にも似た形容し難い感情を抱いていた。
…そしてまた、気付けば夢の中にいた。
いつもと変わらず、俺はその言葉を口にした。
『夢か…』