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1話

4/17 編集済み

 

 

 いつからか、同じような夢を見るようになっていた。

 部屋にいるのに、ドアを開けた先が別の部屋であったり、屋外に変わったりする、どこに繋がっているのかわからない扉の夢。他には何もない。

 最初の数回はそこが夢の中だと認識できなかったのだが、幾度も数を重ねるに連れ、次第に慣れていった。

 そして、そこが夢の中だと認識できるようになったのは数日前のこと。


 ベッドの上で全身を伸ばし、仰向けに寝ているであろう自分の体を想像し、夢の中での自身の輪郭を強く意識して、自分の形を創造する。


『夢か…』


 そのつぶやきは俺にとって、夢の中で夢と認識する為の引き金となっていた。

元来言葉には霊力が宿ると言われ、動作を起こす際や、武術の試合等で発する気合い入れの声にもそれは存在する。これらは自己暗示に近いが、根本の所は同じで、どれもが言霊と言える。

俺の呟きは暗示であり、自分を固定し、自分を維持するところに位置するものだった。


 夢の中、見渡す景色は記憶にあるイメージの集合体であり、現実とは若干の差異が生じる場所もいくつかある。

 

 夢での俺の楽しみは探索だった。

 毎度違う背景で、記録(セーブ)のない、まるでゲームのようなものだった。

 現実逃避にも似た、文字通りの夢だが、どこかゲームや漫画の主人公のように思えたからだろう。いつしか夢の中が自分の心の拠り所になっていた。




 起床した俺は、軋む身体を伸ばし、体温で温まった布団から出た事で、冷えた空気に身を震わせた。


「うぅ~さぶっ!」


 10月。布団からなかなか出れないとか、コタツが布団だ、みたいな風潮に染まり始める季節。秋から冬へと切り替わっていく季節。

 ひんやりとした制服の袖に腕を通すのは冷え始めた体に苦でしかない。しかし、下の階から聞こえる母親のキッチンでの物音に急かされるように着替えを済ます。

 時計の針を横目に眉をひそめ、鞄の重みだけを手に、急いで家を飛び出した。

 こういう時、ヒロインや主人公等の登場人物はトーストを咥えたまま、「遅刻遅刻~」

などと言って走って登校し、途中、曲がり角から飛び出してくる人物と運命的な出会いをするのだろう。

 しかしトーストもなければ、そんな天文学的現象など起こるものではない。そんなものは妄想に過ぎない。

 風の冷たさが冬を知らせんとばかりに、肌に突き刺さり、同時に嘲笑うかのよう。馬鹿な妄想は一気に吹き飛んでいった。


 …


 普段と変わらない日常。

 上がった息を整えながら、予鈴と共に教室へと向かう。


「おう、今日は早かったな、甲。…その、なんだ…主張は自由だが、ほどほどにな?」

 

 教室の一番後ろの席で気だるそうに机に突っ伏した、幼馴染で悪友の佑介(ゆうすけ)が声をかけてきた。

 次第に歯切れが悪くなる佑介の言葉。その視線を追うと、そこは全力で全開していた。

 ジジジ、とズボンのチャックを上げる事で火照った体が更に熱を増す。

 

「おは……キュー」


挨拶しながら状況確認したせいか、恥ずかしさで言葉を濁す感じになってしまった。


「新しいな…」


 俺は空気を変えるために軽く咳払いしながら、佑介の斜め向かいの自分の席へとついた。急いでいたのだから仕方がないのだと、心の中で言い訳をして。


「…恵は?」


 と聞いて、廊下を走っていた時、予鈴が鳴っていたのを思い出した。

 さすがに自分の教室に帰ってるだろうかと辺りを見渡す。


「さっきまでそこにいた。たまには…いや、つーか、恵の事避けてんの?」


そんな俺の様子を伺い、祐介は問いかける。

 

「んや、別に?言い訳じゃないけど、最近すごい寝るんだわ。自分でも驚くくらい」


「ふーん。冬眠するのはまだ早くね?クマ甲」


「早いね。年中寝てるクマ介でもそんな事考えんの?」


「健康第一。ふあぁ…移動の時は起こしてくれ」


「はいよ」

 

 欠伸をしながら机の上で眠りに落ちていく佑介。

 普段と何ら変わらない日常だ。

ちょっと尖った奴らは授業中寝ているイメージがあるが、あれはそういう自分を演じているのが大半だ。だが、祐介の場合は少し違い、不良ではあるが、複雑な家庭事情からの勤労学生だった。幼い頃に両親が離婚し母子家庭で育った祐介は、母親の負担を少しでも軽くするため、いくつものバイトを掛け持ちしている。そのせいか、年齢の割に達観した部分もあり、特に恋愛に関しては自ら遠ざけているように見えた。


 教師の睡眠呪文を聞き流し、ボーっと夢の事を考えているうちに、気付けば午前の授業が終了し、昼休憩の開始のチャイムが校内に響き渡る。


「佑介、飯」


「お~う」


 机に突っ伏したままで、片手をひらひらと振る佑介を放って、俺は弁当片手に教室を後にする。

 ギィィイ、ガタッ!っと椅子が勢い良く倒れる音と共に、廊下を疾走する佑介の後姿を横目に、俺は屋上へと続く階段を上っていく。

 ふいに、今朝登校時に考えていた妄想が蘇り、アイツの方がよっぽど曲がり角で衝突しそうだなと想像して、クスリと笑った。 

 ポケットからスマホを取り出し、メールを開いたものの、電話で連絡を取ることにした。

 佑介が恵を気にしていた事が何故か引っ掛かり、幼馴染である恵を呼び出した。


「ごめん、遅くなって。って、甲だけ?」


 屋上への扉が開き、シャツの襟の辺りで内側に丸まったおかっぱ頭の、恵がやってきた。性別は男性だが、心は女の子。顔立ちは中性的で、服装や仕草、声質から、一見女の子にしか見えない。


「ん?ああ、お前しか呼んでないけど」


「ふ、ふーん…そうなんだっ」


 そう言ってスカートを翻し、飛び跳ねそうな程軽やかな足取りで俺の隣に腰を下ろした。

 (かす)かだが、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽る。

 どこか上機嫌な恵を横目に弁当をつつく。

 

「佑介から聞いたんだけど、今朝は何か急用だったのか?」


「うぇっ!?べ、別に。何を聞いたの?」


 俺の問いに、咥えていたタコ足をイメージして切れ目を入れたウィンナーの頭をプチッと噛み切り、やや慌てたように聞き返された。頭を失い、足と胴を残した無残な姿になったタコさんウィンナーは弁当箱の中へと帰っていった。

 

「いや、別に。何も聞いてないから聞いてるんだけど…??」

 

「そ、そっか。大した事じゃないから!ほんと」


「あ、そう」


 恵の態度を見るに、怒っているわけではないらしいが、何かを隠しているように感じた。だが、それをわざわざ詮索しようとも思わなかった。

 ………

 ……

 …

 

 帰宅し、ベッドの上でスマホをいじり、友人達と連絡を取り合い、オンラインゲーム。

 いつもと変わらない。けれど、一日が終わる度に何か大切なものがひとつ、またひとつと消えていく、喪失感のようなものを感じていた。


 怠惰で、変化のない一日が終りを告げるように、今日もまた、眠りへと誘われていく。


 …


 そしてまた、気付くと夢の中にいた。


『夢か…』


 家の玄関に立っていた俺は、いつものように、その言葉を呟いた。

 玄関を開けると何故か学園小等部の廊下に繋がっており、教室には顔がボヤけた生徒が数人。

 懐かしさを感じて自分の教室へと向かうと、そこは近所にある馴染みの公園。

 相も変わらずでたらめな世界をいつものように散策していると、一人公園のベンチで、ただ空虚を見つめていた幼い頃の恵を見つけた。

 思い返してみると、夢と認識した夢の中で、誰かに会うのは初めてだった。

 

(そういやこいつ、いっつも羨ましそうに俺達が騒いでるのを見てたっけ)


 昔を思い出し、懐かしく、胸の奥が温まるような気持ちを感じていた。 

 すると、ふわりと自身の腹部の辺りからまるで抜け落ちるように少年が飛び出し、その子の元へと歩いて行く…。当時の俺。


 徐々に蘇ってくる昔の記憶。

 それが俺達と、恵との出会いであると思い出す。


(この頃は年齢も性別も気にせず、遊んでいたな…)


 俺は懐かしさに思わず顔を綻ばせていた。

 同時に、周りの景色が次第に薄くなっていくのを感じた。




 学年がひとつ下だった惠は少年時代の俺に手を引かれ、半ば強引に俺達のグループに加わった。

 しかし、そんな俺達も初等部を卒業し、中等部へと進むと、各々が別の友人達とつるみ始めた。

 次第に俺達は疎遠になっていったのだ。

 それからしばらくして惠がひきこもり、不登校になった。困り果てた恵の母親から息子を外へ連れ出してほしいと頼まれた俺は、佑介に相談を持ちかけた。


『極めて深刻な問題が発生した。みんなの力を貸してほしい』


 誰もが心配そうな表情で、誰もがどこか待ち望んでいた言葉だった。


『部活つくっぞ!』


 そう口にした佑介の横顔は昔よりも遥かにガキのようで、嬉しそうに笑っていた。


『何部を作るのさ?』


 真っ先に食いついたのは、野暮ったい頭をした、やや暗い印象を受ける静馬(しずま)だった。

 伸びた前髪が視界を遮り、覇気のない口調ではあるが、その表情は趣味のオンラインゲームをしている時のように生き生きとした表情だった。


『まだ決めてはいないなー。そもそもこの話、今すぐってわけでもないんだよ』


『あたしは悪いけど部活はちょっと…。弟達の面倒みないといけないから』


そう言って棗は断る。


『私ももう部活入ってるし…でもユウ君、なんでまた唐突に部活なの?』


なぎさは所属している事を理由に否定的。


 歳の離れた三人の弟がいる、4人姉弟の長女の棗。一番下の子がまだ二歳で、両親が共働きな為、普段面倒を見るのは棗かその祖母がしている。その為、部活には入らずにいた。かく言う俺自身も部活には興味がなく、どこにも所属していない。

 なぎさは幼い頃から歌うのが好きで、ピアノ、フルート、バイオリンと習い事をしながら、合間をみて吹奏楽部の活動をしている。部の中で一目置かれる存在だった。そのため、部活を掛け持ちするのはどうしても無理があるのだろう。

 

『…聞いてくれ。部活は名前だけ借りれればいい。本題は恵についてなんだ』

 

 佑介がやや俯きながら神妙な面持ちで顔を上げてそう言った。


『どういうこと?まさか、恵に何かあったの!?』


 真っ先に反応する棗。それもそのはず。恵を一番可愛がっていたのは俺を除いては棗だった。

 恵の母親から聞いた話を佑介に聞かせた時は、恵の姿を想像して腹を抱えて笑っていた。どうやらそれ思いだしたようで、佑介は脇腹を抓りながら必死で笑いを堪えていた。

 そして、お前が言えとばかりにアイコンタクト。


『俺も実際会ってないから分からないんだが、どうやら…その………』


『何?早く言ってよ!!』


『………目覚めたらしい』


 一同の何の事か理解できないといった表情で固まった。

 ニヤつく顔で佑介は話始める。


『恵のやつがさ、フッフフ…。おっと、悪い悪い。恵のやつが、女装して登校したらしくてさ、それがあまりに似合ってたらしくて、クラスのみんなが受け入れてくれたらしいんだが、おばさんがお怒りでな…?「あたしゃ女の子産んだ覚えはないよ!そんな格好してたら笑われるからやめなっ!」ってなもんらしいぜ。それでおばさんと喧嘩して絶賛ひきこもり中なんだと』


他人事だと思って面白可笑しく話す祐介。


『ハハハ。ま、まぁ、最初はおばさんからはなんとか連れ出して、更正させてくれって頼まれたんだけど、恵自身がずっと女の子に憧れてたし?想像してみたら似合うしさ、逆におばさんを説得して、何なら学園側にも話を通して、入学式からスカートでっていう話をしてたんだよ。で、その件でみんなに協力してほしくて…』


乾き笑いで祐介に合わせつつ、何故か皆の顔色を伺いながらフォローに入る俺。

祐介のドッキリに驚く一同だったが、次第に棗の視線が痛く感じ、思わず目を逸らした。


 周りは受け入れているのに身内が反対しているという予想外の展開で、あろうことか説得対象が恵の母親。

 神妙な顔で呼び出されてのこの話題は、肩透かしもいいところだろう。これに関しては祐介の悪ノリなので俺は悪くないと主張したい。しかし、そんな事も全て理解したであろう棗だけは、『あんたも同類よ』と言わんばかりのジト目を向けていた。


『私もできる限り手伝うよ!』


 なぎさの答えは佑介次第だったので、予想通り。


『まったく。もったいぶったから入院でもしたのかと思ったじゃない!…予想の斜め上の展開だけど、あたしも問題ない。協力する』

 

 怒りつつも棗も協力してくれるようだ。


『僕も行くよ。面白そうだし』


 気分屋の静馬も加わり、再び五人が集った。 


『んじゃ、決まりだな!けど具体的に何をどうすんだ?』


『そりゃ言いだしっぺの俺の責任だよな…。まぁ、事が事だけに、真正面からぶつかる…説得してみようと思ってる。正直それくらいしか思いつかんしな』


祐介の問いはもっともだったが、現状で可能であるものはそれくらいしか思いつかなかった。


 後日、部屋から連れ出した恵を加え、久しぶりに六人全員が揃った。恵の母親をなんとか説得し、恵が女の子として生活する許可を得たのだった。

 その後は休憩時間を利用して署名活動をし、生徒の半数以上から同意の指示を得て、春休みを利用して俺は集めた署名を持って恵の事を説明し、教職員へと頭を下げて回った。

 教師達は少し驚いた表情を見せるものの、安心しなさいと笑顔で肩を叩いてくれた。何気ない事だったが、恵を、快く受け入れてくれた事が素直に嬉しかった。


 そして迎える入学式。

 新入生として女子の制服に身を包み、スカートを翻す恵の姿。

 最初はもちろん影でコソコソとする生徒もいたのだが、後々聞くと、可愛いと噂になっていただけだったようだ。

 幼さの残る女の子のような可愛らしい顔立ちと、声変わりしてない可愛らしい声が違和感を無くし、男女問わず接する恵の笑顔があったからこそだと思う。


 

 

 昔を思い出し、感慨にふけっていると、幼かった頃の二人の姿はどこかに消えており、目の前には白い世界が広がっていた。 


 …

 

 意識の浮上していくような感覚が訪れる。

 瞼の裏を感じ、現実へとシフトした事を理解する。

 

「なんか、いつもと違ったな…」


 一人呟き、起床する。

 

「ってまだ6時かよ!?」


 時計を確認し、完全に目が覚めてしまっていた俺は、仕方なく制服に着替え、ゆったりと朝食を取る。

それでも尚、あまる時間。俺は普段よりも一時間以上早めに家を出て、夢でみた通学路の途中にある公園へと何気なく足を運んでいた。

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