画竜点睛1
あの日以来、タツノリが日本に対して抱く感情は、複雑極まりないものになった。
竜族になると決めた日は同時に、タツノリが罪悪感に苛まれる日々の始まりでもあった。
今こうしている間も、自分は家族、友人、故郷を裏切り続けている。その事実を突きつけられるのが嫌で、なるべく考えないようにしていた。
「なぜこの時期に日本なんだ……」
タツノリにもその理由に大方の予想はついた。帝国は数年前に日本に遠征したもののすぐに撤退している。今回は再挑戦ということだろう。しかも、竜族を投入してのだ。タツノリの脳裏には蹂躙される故郷の姿がありありと浮かんだ。竜を相手にしては、日本に勝ち目はない。
「一緒に、故郷を救おう」
タツノリははっとした。空耳だ。
今の声は、あれは、ナオマサの声だ。これだけ会っていなくても、はっきり分かった。
「そうだ、ナオマサも、おれのこと許してはいないよな……」
眠りに入ろうかというときに幼馴染みの声を聞いたので、タツノリの意識はだんだん記憶の深層へと沈んでいった。
降り注ぐ蝉時雨に、小魚の跳ねる音が交じった。まぶしい陽光を反射する、清冽なイタチ川の流れ。
幼い頃、タツノリは暑くなると涼を求めてよくこの川に出掛けた。そのときは川には入らず、川原で石を積んで遊んだ。
ナオマサとは、いつどのようにして仲良くなったのか、よく覚えていない。気づけば隣にいて、一緒に行動するようになっていた。
二人は十になると、仏門に入れられた。同じ時間を過ごすうちに、一気に距離が縮まった。よく修行の合間にイタチ川に行って、今度は川の中に入って遊ぶようになった。同じ寺に入らなければ、ここまで仲良くはならなかっただろう。友人を作るのが苦手だったタツノリにとって、ナオマサの存在は貴重だった。
このときは、多少ぎこちなくても、この関係が続くと思っていた。
だが、運命に翻弄されるように、二人を取り巻く状況は変わっていく。
この頃から、都で政権をめぐる大きな争乱が起こり、戦禍はタツノリの故郷にも及んだ。さらに、天災や疫病、飢饉などが相次いで発生した。増水したイタチ川の激流に阻まれて、逃げ延びられなかった敗将の怨霊の仕業だといわれた。
このような不安定な世の情勢を受けて、新しい寺社の造営が計画された。その費用は、大陸との貿易で得ることになった。さらに大陸の仏教を学ぶため、貿易船とともに海を渡る僧侶に、タツノリとナオマサのいる寺の住職が選ばれた。弟子を数名連れて行くことになり、寺で修行する少年たちが集められた。まず指名されたのは、ナオマサだった。ナオマサは威勢良く返事をした。誰もが認める人選だった。
「あと一人、誰がいいかな」
住職の問いに、ナオマサが答えた。
「タツノリがいいと思います」
急に指名されて、タツノリはたじろいだ。だが、タツノリには妙な自信があった。寺での成績は、悪いものではなかったからだ。特に語学は、誰にも引けを取らなかった。
「ぼくでよければ……」
こういうとき、ぜひ行かせてください、と言えない気弱な自分が、恨めしくて仕方がなかった。
その晩、タツノリは枕を並べて寝るナオマサに、ふいに尋ねられた。
「なあ、タツノリ」
「なに」
「お前、寺に入ったこと、後悔しているか」
タツノリは返事に詰まった。
「なんだよ、いきなり……」
「おれはしていない。兵士になるよりましだ。殺し合いなんて、御免だからな」
タツノリはなるほど、とナオマサの考えに納得させられた。そんな考え方もあるのか。
「なあ、タツノリ」
「なに」
「おれたち、立派な僧になって、必ず故郷を救おうな」
「……うん」
タツノリとナオマサは誓い合った。そのときは、決して守られない約束になるとは、夢にも思っていなかった。




