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竜族急報伝令役  作者: 坂東智樹
6/15

飛竜乗雲3

 帝都には、ひと味違う風が吹いている。

 その噂の真否を確かめるだけでも、帝都には訪れる価値がある。

 こうして大通りを歩くだけで、大陸の西から東まで旅した気分を味わえる。市場の顔触れや品揃えは、世界の広さ、多種多様さを実感させるに充分だった。道行く人々の表情は生き生きとしていて、惹きつけられる。街並みに目を向けると、周囲の建物とは趣を異にするものが目についた。珍しげに眺めていると、ある宗教のための施設だと教えてくれた。丸い屋根の形が印象的だ。

 竜の巣に来た行商人に請われて帝都までやって来たタツノリとキトは、その人の数、物の量に目をむいた。来たのは初めてではないが、これには毎度驚かされる。

「すごいですよね」

「まだまだこんなもんじゃありませんよ。もっと多いときもあります」

 いまタツノリは大陸随一の賑わいを創出する帝都の先進性に触れて、胸をはずませずにはいられなかった。

 だが今回の目的は観光ではない。商人の手伝いをするためやって来たのだ。

「ここの店に届けてほしいんです」

 タツノリは商人から地図と納品書を受け取った。

「分かりました。任せてください」

「助かります。人手不足で、店主の話すことばを解する者が私の他におりませんでしたので」

 タツノリは地図を頼りに、荷車を引いていく。かなりの重さで、体中から汗が吹き出してくる。だが、タツノリにはこれがちょうどよかった。ウーダラとあのような別れ方をしたため、何かに打ち込んで気を紛らわせていたかった。

 重い荷物に苦労しながら路地を抜け、裏通りに出ると、やがて目的の宿屋らしき店が見えた。入り口に大柄な男が立っている。

「すみません。ご注文の酒を届けに参りました」

 大男は荷車に満載の酒樽を見ると、ぞんざいに口を開いた。

「ああん。こんなに頼んでねえぞ」

「え、でもちゃんと……」

 タツノリが持って来たのは九つ。大男は三つだけ運び始める。

「これでいいな。もう用は済んだろ。帰れ」

「ま、待ってください。注文内容を思い違えてもらっては困ります」

「何だと」

 大男がタツノリにつかみかかった。タツノリはそこで、納品書の存在を思い出す。

「ほら、ここにちゃんと書いてあります」

 大男は目を凝らしてのぞき込む。段々ばつが悪そうな顔になった大男は、信じがたい行動に出た。納品書をびりびりと破いてしまったのだ。

「な、何するんだっ」

「おれは、三つしか頼んでねえ。そうだよな」

「何を言ってるんだ。ちゃんと九つ分の代金を……」

「うるせえっ」

 大男の怒声がまき散らされる。

「おれが、嘘ついてるってのか」

 大男の拳が、タツノリのほおに叩き込まれた。

 大男は店の中へ引き上げていく。あとに残ったのは、タツノリとキトと、六つの酒樽だけだった。


「いってえ……」

 タツノリはその場に座り込んで、自分のほおをさすった。まだひりひりと痛む。

「大丈夫ですか」

 キトが心配そうにタツノリの顔をのぞき込む。

「くそっ。もっとおれに武道の心得があれば……」

「もっと自分を大切にしてください。タツノリは未来の竜族をしょって立つ人なんですから」

「なんだよそれ。皮肉か」

「皮肉じゃありません」

 キトはそう言うと、しばらく考え込むような素振りを見せてから、横目でちらりとタツノリを見た。

「これは言おうか迷ったんですが……」

「なんだよ」

「以前、お父さんとウーダラが話しているのを聞いたことがあります。そこで二人は……」

 キトはおもむろに話し始めた。

 キトは竜の巣でロビンを見かけた。駆け寄ろうとすると、ロビンの大声が届いた。キトは立ち止まって、岩陰から様子をうかがうことにした。

「どういうつもりだ、ウーダラ。本気であの子を竜に乗せる気なのか」

 どうやらウーダラを咎めているようだ。

「ああ」

「それはあまりに酷じゃないか。だってあんなに……」

「たしかに、あいつは戦闘とは無縁の者だろうな。だがそれでいい。それがおれのねらいなのだから」

「どういうことだ」

 ウーダラはしばし黙った。

「お前にはいつか話そうと思っていた。おれは、今のような竜族のあり方を、根本から変えようと思っている。竜を軍事に使うのを止め、頑丈さと怪力で人々の営みの手助けをすることで生計を立てる。何年かかってもかまわない。あいつには、その先駆けとなってもらいたい」

 めずらしく熱弁をふるうウーダラに、ロビンは心を動かされていた。

「しかし……それは難しいだろうな。竜の持つ特性を考えると、軍事利用は避けられないさだめのようなものだ」

 ウーダラは首を振った。

「まもなく、戦争の時代は終わりを迎えるだろう。そうなれば、別の竜の使い道を考えないといけなくなる。これからの竜族には、そういった者が必要だ」

 キトは、熱い議論を交わす二人をそのままに、そっとその場をあとにした。

「そんなことが……」

「だから、諦めないでください。ウーダラが本気なんだから、あなたはきっと竜に乗れます」

 タツノリは立ち上がり、一歩前へ歩き出した。


 商人のところに戻った二人は、大男のことを報告した。

「それは申し訳ない。私が頼んだばかりに」

「ああいう暴力に訴える人はだめです。役人に言いつけてやりましょう」

 キトと商人のやりとりも、今のタツノリには聞こえていなかった。

 驚きだった。ウーダラがそんなことを考えていたなんて。まるで大きな船の舵取りを任されたような責任の重さを感じた。けれども同時に、やっと竜族の一員になれた気がしてうれしさが胸一杯に広がった。

「ウーダラ……」

 ウーダラの期待に応えたい。タツノリは胸の奥からこみ上げてくる抑え切れない思いに気がついた。

「生きて帰ってきてよ、ウーダラ」

 なによりも、今も遠い空の下で戦っているウーダラの無事を、強く、願った。


 今まさに、ウーダラの眼前に敵の槍が迫っていた。全身に激痛が走る。動けない。観念して、目を閉じた瞬間だった。両者の間に、割って入ったものがいる。目を開けたウーダラの視界に入ったのは、見紛うことのない、竜の姿だった。その竜はよく精練された動きでウーダラのもとまでたどり着き、槍をその鋼鉄のような皮膚で弾き返していた。一連の動きから、優れた竜の乗り手であることが分かる。勇敢にも敵軍の中に竜を飛び込ませたのは、ユウジュだった。

「さあ、来いっ」

 ユウジュはウーダラを後ろに乗せ、口笛を吹いて乗り手を失ったウーダラの竜を呼び寄せる。

 ウーダラの竜は、次々と敵をはね飛ばしながらこちらに向かって突進してくる。追いかけるようにしてシラレ軍も突っ込んでくる。竜族の後退を好機としたのだろう。手柄を立てようと、先を争っている。

「いいぞ……もっと来いっ」

 すると気づいたときには、シラレ軍は討伐軍に左右から挟まれていた。竜族は、この陣形に誘いこむためのおとりだったのだ。矢の雨が、一斉にシラレ軍を襲う。シラレ軍は壊滅し、草原は血で染められた。

 竜族はいったん幕営地に戻って、逃走したシラレを追うための段取りをしていた。どうやらシラレには援軍は来なかったようだ。ロビンの予想は当たった。

 ウーダラがユウジュのもとに近寄る。

「さっきは助かった。正直、危ないところだった」

「気にするな。あんたがいないと、困るからな」

 ぶっきらぼうだが、同じ竜族だ。多くは語らなくても、竜を通じて、互いのことが分かり合えるのだろう。ロビンはそんな二人を見て、どこかほっとしていた。

「バヤクどの。では我々もシラレの追跡に加わるということで……」

「いや。たった今伝令が入った。竜族は急ぎ帝都へ戻ってくれ。次の指示は、追って伝える」

 ロビンはこの手でシラレを捕らえられなくて残念だったが、バヤクが残るなら安心だろうと、竜族を引き連れて戦場をあとにした。


 帝都に着くと、ロビンだけでいいと言われたので、長を残して、竜族は帰ることになった。久方振りに故郷へ。


 いよいよこの日が来た。行商人からもたらされた報によると、竜族は誰一人欠くことなく、乱を鎮圧して、帝都に帰還したそうだ。タツノリは息を切らしながら駆け回って、帰りを待つ家族らにこのことを知らせた。誰よりも、タツノリが一番浮かれていた。

 ウーダラが竜の巣に帰ってくる。

 あれからいろいろ考えた。

 あの朝残された手紙、これからの竜族の姿、ウーダラの構想。

 自分がどれだけ関われるか分からないが、一つ一つ大切に取り組んでいきたい。そうすれば、自分の理想に、ウーダラの理想に、近付くことができるのではないか。

 ウーダラが竜の巣に帰ってくる。

 今の状態で会えば、思いがあふれにあふれて、きっと何を言えばいいか分からなくなるだろう。

 焦りや不安が完全に消えたわけではないが、自分はしっかりと、地に足をつけて立っている。それを確認できた。

 だから、あの時とは違って、穏やかな気持ちでいられた。

「おかえり、ウーダラ」

 出迎えたタツノリに、ウーダラはふっと笑みを見せた。何かいいことがあったのだろうか。

 武力に依存しない竜族のあり方を目指す。ウーダラも、模索のただ中にいるのかもしれなかった。

「竜の世話、手伝ってくれるか」

「え、いいの」

 ウーダラからの意外な言葉に、タツノリは感情が高揚する。二人は連れ立って、竜の穴に向かった。

 暮れなずむ空に、鮮やかな星がちりばめられていた。


 次の日、タツノリとウーダラは、武芸の稽古に取り組んでいた。タツノリのやる気に応えるように、ウーダラの指導にも熱が入る。

「強くなれば、おれも竜に乗れるかな」

「やっておいて損はない」

 望み通りの答えではなかったが、今はウーダラに任せることにした。

 稽古をひととおり終え、休憩を取っていると、キトが近寄ってきた。

「お客ですよ」

 二人が家に戻ると、ロビンが待っていた。

「やあ。お前にまっ先に伝えたくてな……飛ばしてきた。次の遠征先が決まったぞ」

「どこだ」

「日本だ」

「えっ」

 タツノリは耳を疑った。だが聞き違いなどではなかった。

「日本……」

 タツノリの顔が強張った。

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