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竜族急報伝令役  作者: 坂東智樹
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飛竜乗雲2

 帝国の西のほうに、現皇帝の治世になってからもずっと、いまだにくすぶり続ける火種があった。それが反抗勢力という形となって現れたのは、帝国が竜族を従えさせた時期と重なる。

 その旗頭を討つため、帝国は早速従えたばかりの竜族を投入する。かつて竜族を雇っていた南の大国は、竜族の寝返りもあってあっけなく降伏していた。

 ロビンは、この命を受けたとき、何も変わらないなと思った。主を変えても、どこまでいっても、竜族は傭兵なのだ。これから先、自分たちはどうなるのだろう。竜で草原を疾駆しながら、地平線の向こうに思いを馳せる。

「これから戦だというのに、締まらないものだな」

 ロビンはかぶりを振って、自分を嘲笑う。

 この日は日没をもって、進軍を終えた。


 竜族は帝国の都を出発してから数日ほどで、西征軍の本隊と合流した。

 竜族到着の知らせが入ると、西征軍は進軍を中断した。総司令官と竜族の長ロビンが顔合わせすることになったのだ。

 面会は多くの兵士が見守るなか行われた。ロビンも緊張しているようだ。

「総司令官のノムガです」

 ノムガは自己紹介して手を差し出した。ノムガは皇帝の四男にあたる。

「そしてこちらは右丞相のアントオ」

 ロビンはアントオとも挨拶を交わす。

 それからは戦略について軽く話し合った。より細かなことは、また別の機会に話し合われるのだろう。ロビンは威圧したつもりはないが、二人は終始へりくだった様子だった。最後に、ノムガは取り囲む兵士たちに向かって言った。

「よく聞け皆の者。この戦に竜族が加わったのなら百人力。我らの勝利は約束されたも同然だ」

 ノムガが拳を突き上げると兵士たちが喚声をあげた。そして、人が波のようになって竜の近くに押し寄せる。そばにいる竜族には、次々に質問が浴びせられた。

「竜は何を食べるのですか」

「速さは、どれくらいですか」

 もみくちゃにされる竜族を見かねたのか、一人の男が兵士たちを制した。

「皆、待て」

 よく通る声で、兵士たちを振り向かせる。

「竜族の方々は長旅で疲れていらっしゃる。質問の答えは後でまとめて書いてもらえばいいだろう」

 影響力のある人物なのか、兵士たちは素直に従って散っていく。

「助かりました。ええっと……」

「シラレです。ノムガのいとこにあたります。さあこちらへ」

 シラレは兵士のいない場所まで案内した。ロビンは竜族を代表して礼を述べた。

「いえ。おれはやれることをやっているだけですよ」

 そう言ってシラレは去って行く。遠慮深そうな男だ、という印象をロビンは持った。


 本格的な決戦の前に、ロビンには解決しておきたい問題があった。ウーダラと若い竜族の間にある埋めがたい溝のことだ。その夜、ウーダラと火を囲んでいたロビンは融和を図るため、一人の竜族を呼び出した。

「よく来た、ユウジュ」

「おれに何か用ですか」

 ユウジュはウーダラの姿を見ると、あからさまに嫌そうな顔をした。ユウジュは他の竜族と比べても抜きん出て力が強い。彼さえウーダラと打ち解けてくれれば、自然と他の者たちもついてくるのではないかとロビンは考えた。

「その、今回の遠征の目的について確認しておこうと思ってな」

「西に勢力を広げているガナイチャという男を討つんですよね。間違ってますか」

「間違ってはいない。だが、それだけじゃない。なあ、ウーダラ」

「ガナイチャの影響で分裂した地域をうまくまとめられるかが重要だろうな」

 会話にウーダラを挟んだことで、ユウジュはいっそう不機嫌になったようだ。

「関係ありません。おれはただ、暴れられればいいので」

 立ち去ろうとしたユウジュを、ロビンは慌ててとどめた。

「ユウジュ。ウーダラの経験からは学ぶことが多い。何か聞いておきたいことはないか」

 ユウジュの眉間には、深い皺が刻まれたままだ。

「いえ、ありませんよ」

「おれからは何も言うことはないな」

 ウーダラもつれない。これでは和解どころではない。

「そうか……」

 ロビンはがくっと肩を落とした。

 ユウジュを見送ったあと、ロビンはウーダラに正直な胸の内を打ち明けた。

「あいつは強い。あいつこそ次の竜族の長になってほしいと思っている。だが、もうちょっと国家の情勢などに、目を向けてくれればな」

「お前はよくやってくれている」

 ぱちぱちと薪の爆ぜる音が響いた。心地よい風が吹いて焚き火の炎が揺れた。

「この仕事の面白さは色んな人に会えることかな。まあ、顔を覚えるのは大変だが」

「お前はよくやってくれている」

 ウーダラは疲れているのか、その言葉を繰り返すだけだった。


 ノムガの軍は進軍を続け、敵の本拠地である大陸の中央部に達した。混乱の続くこの地を占領して、安定を取り戻すため、ガナイチャの勢力に圧力をかける。この地をまとめれば、ガナイチャもそう簡単に反帝国を掲げられなくなるはずだ。領地を見渡し、まだ姿を見せないくだんの男に思いを及ぼしつつ、ノムガはこの地に駐留することに決めた。大した戦闘も起こらず、任務はこれで終わるかに思われた。


 物音がして、ロビンは目覚めた。顔を上げたところに、刃物が突き付けられる。

「来てもらおう」

 何者かに後ろ手に縛り上げられ、連れて行かれる。意図は不明だが、素直に従った。着いた先で、ロビンは目を丸くする。ノムガとアントオが捕らえられていたのだ。二人を見下ろす男に、ロビンは見覚えがあった。

「これはどういうつもりですか。シラレどの」

 シラレの眼光が鋭く光る。そこには、兵士のいない場所まで誘導してくれたときとは違う、意を決したような表情のシラレがいた。

「この通り、ノムガらを捕らえて軍の指揮権を奪った。おれはこれより、全軍を率いて帝国に戦いを挑む。竜族にも協力してもらう」

 ロビンは驚きの衝撃をこらえた。この短い間に、シラレに何があったのか。ノムガとアントオもいる。ここでの受け答えが、今後の竜族の立場を危うくしかねない。十分な思慮と同時に、素早い判断が求められる場面だった。ロビンは慎重に言葉を選んだ。

「いきなりそんなことをして、軍がついてくるとは思えません。勝算はあるのですか」

 シラレの命令に従う部下は少なからずいるだろう。だが、多くの兵は混乱するはずだ。ばらばらになった軍で、どう戦おうというのか。

「味方ならいる。ノムガらを送った先から、兵が来るはずだ。おい、連れて行け」

 シラレに命じられた部下が、ノムガらを連れて行く。

「おのれ、陛下に背いて、ただでは済まんぞ」

 ノムガがうめく。その間も、ロビンは必死に思考を巡らせていた。

「送った先、というのは」

「ガナイチャらのところだ」

 それを聞いて、ロビンは納得した。シラレらは、西征軍の圧力を受けて動きづらくなったガナイチャに唆されて、このような暴挙に至ったのだ。

 シラレは血筋的に皇帝の座を狙える。そこにつけ込まれたのだろう。

 そして、シラレらを直接唆した人物は、この場に紛れ込んでいた。ガナイチャの放ったこの手下は、この場の出来事を、漏らさず報告するよう言われている。竜族の長を見極めるために、冷徹な視線を送っていた。

(ここでシラレにつくとする……帝国を離反する利点は何だ……)

 ロビンは考え続けていた。竜族という戦力は、加わった側の劣勢を一気に覆せるほど強力だ。

 ここでの決断が、一国の命運を左右する。

 ロビンは大変な緊張のなかにいた。ウーダラに相談したい、と思った。

「考えはまとまったか」

 シラレは有無を言わさず迫ってくる。

「さきほどあなたは協力してもらうと言った。それは我々を雇う、ということか」

「なに」

「具体的に言えば、帝国と同じくらいかそれ以上の褒賞はあるのか」

「脅されている立場が分かっていないようだな」

 今だ、とロビンは思った。大きく頷いて合図を送った。すると、影から腕が伸びてロビンを取り囲む全員を取り押さえた。竜族だった。先程から、ずっとこの機会をうかがっていたのだ。

(兵が来ない場合もある。南の大国を離反したときは、あの時は帝国は十分大きな国だった。もらえる褒賞も、現実味のあるものだった。だが、今は違う)

 そうロビンは結論づけて、吐き捨てた。

「我々は、今ないものに命を賭けることはできない」


 シラレを組み敷いて、一帯はさらに剣呑けんのんな雰囲気に包まれた。

 解放されたロビンは、すぐに竜の手配を命じた。

 続々と竜族がかけつけてくる。

 ロビンはシラレを見下ろし、問いかけた。

「本気で帝国相手に戦いを挑むつもりですか」

 シラレが苦しそうにうめく。

「きさまらのどこに、我らに反抗できる余地があるのだ」

 次の瞬間、シラレの部下の一人が拘束を振り切って逃げた。

「兵を集めろ」

 シラレがすかさず命じる。部下はうなずいて、かけだす。

「まずいことになったな……」

「どうします。蹴散らしますか」

 ユウジュが聞いてきた。

「いや、それはまずい。シラレに従わない者もいるかもしれない」

 ロビンは少し考え込む。

「シラレが明確な反乱を起こすまで、帝国に逃げ込むしかないだろう」

 シラレの援軍はなかなか来ない。

 なぜ、ノムガとアントオを捕らえたのか。なぜ竜族を攻撃しなければならないのか。その説明に手間取られているようだった。

 この隙に、竜族は帝国に向けて走り出した。

 当初の予定では、すんなりと竜族の協力を得られるつもりだったのだろう。

 だが、そうならなかった。

 シラレは、竜族の力を明らかに見誤っている。

 そのことが、ありがたいことに竜族の追撃に半時の遅れをもたらしたのだった。

 シラレとは、いずれ戦場でまみえることになるだろう。

「その時が来たら、目にもの見せてくれようぞ」

 遠ざかっていく陣地を見て、ロビンはそう決意した。


「ウーダラ」

 竜で走りながら、ロビンは前方のウーダラを呼んだ。ウーダラが速度を落として横に並ぶ。

「追っ手は私たちがなんとかする。だからお前は、まっすぐ帝国に向かって、このことを伝えてくれ」

「承知した」

 ウーダラは行き先を帝国へ定める。

「伝令役として、初めての仕事だな」

 ウーダラが離れる前に、ロビンはそう声をかけた。

 ウーダラはわずかに口元を緩ませ、駆けていった。

「頼んだぞ」


 ウーダラは帝国の都に着くと、皇帝のもとに参じ、事のあらましを語った。

「陛下にご報告申し上げます。ガナイチャ討伐に向かった先にて、シラレどのがノムガどのとアントオどの、さらに我らが長ロビンを捕縛。竜族は一時反乱への参加を強要される状況となりましたが、我らはこれをはねつけ、急ぎ帝国へ戻っている最中です。お二人の救出はなりませんでしたが、我らは帝国のため、共に戦う所存でございます」

 側近たちは皆動揺していたが、出された指示はこのまま待機せよ、だった。

 後日、別の急使が到着して事態の詳細が報告された。シラレが反乱を起こし、ノムガとアントオを捕虜とし、軍は散り散りになった。ウーダラが話した内容と一致するが、シラレには従うものも多く、帝国に向かって進軍しているとのことだ。

 皇帝はすぐに討伐軍の派遣を決めた。ちょうどこのとき、残りの竜族が帰還した。シラレの乱への不参加を表明した竜族は喜んで迎え入れられ、討伐軍に組み入れられた。

 都でウーダラと再会したロビンはまず、労をねぎらった。

「いい報告をしてくれたな。おかげで竜族を守れた」

「戦はこれからだぞ」

 生真面目な指摘に、ロビンは笑って返す。ふと、その言い方が気になった。

「どうした。もしかして、疲れていないか。ここまで走り詰めだっただろう」

 ウーダラはやや間を置いて、首を振った。

「そんなことはない」

「そうか。竜は疲れ知らずでも、乗っている者は疲れるからな」

 ロビンは戦いの前に休養を勧めて、ウーダラと別れた。ウーダラは討伐軍でも、伝令役を務めることになっている。

 討伐軍の司令官は、バヤクといった。

「よくぞ帝国側に残ってくれた。あなたがたが味方なら、この戦いも勝てるでしょう」

 バヤクとロビンは戦の段取りをし、討伐軍は敵が乗っ取りに来るであろう草原の中心都市に向かった。到着すると、思った通り、都市にシラレ軍が現れた。日が東に昇る頃、会戦が始まった。

 まず、竜族が横一列に並んで敵軍に正面から突っ込んでいく。竜の体当たりを受けた者は、大きく後ろに吹っ飛んだ。続いて竜は体をひねらせ長い尻尾で敵兵をなぎ払う。転倒した者は、そのまま踏みしだかれた。その間も、竜は敵からの攻撃を一切受け付けない。硬い皮膚を貫ける武器はなかった。竜に乗る竜族も、分厚い鎧を着込んでおり、敵の矢や槍は通用しなかった。

「すごい……」

 バヤクは竜族のたった少数で戦況を打開していく様を見て、思わず感嘆の声を漏らした。

 だが、敵軍の数は多い。討伐軍の倍以上はあった。圧倒的に上回る数で、竜族を包囲しようとする。バヤクは伝令を出す必要を感じた。

「やってくれるか」

 ウーダラは雄々しくうなずいた。

 ウーダラが、敵軍の中心へ向かう。壁のような敵兵を押し分けて進み、竜族のもとへたどり着いて、指示を伝える。

「第二の作戦を実行する。包囲される前に後退せよ」

 敵の包囲は完成しつつあった。竜族は流れるように走り、巧みに包囲の間をすり抜けていく。だが、ウーダラは間に合わなかった。敵の騎兵に前方を塞がれ、激しく衝突してしまう。ぶつかったはずみで宙に投げ出され、かぶとが脱げた。

 地面に叩きつけられたウーダラのこめかみに、敵の槍の先が迫っていた。

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