飛竜乗雲1
次の日の朝、タツノリは竜の巣の麓で若い竜族に混じって話をしていた。
タツノリが加わったことで、話題はウーダラのことになった。しかしそこでのウーダラの評判は、あまり好ましくないものだった。
「ウーダラ、あいつはもうだめだ」
「どの辺が……」
「年だよ。もうかなりきてるだろう。そんなやつに戦わせるなんて、ロビンさんは何をお考えなのか」
「おれ、見たんだよ。あいつ、こないだの模擬訓練のとき、大事な局面で槍を取り落としてんの」
「あいつがいるとやりにくいんだよなあ。意思の疎通ができないっていうか」
ウーダラの武名は、何十年も前のことなのか。
タツノリはこうした不満をウーダラと共に生活している自分が聞くのはまずいのでは、と少々困惑した。そして同時に、今のままではいけないのだと焦りを感じた。
「ねえ、竜に乗るにはどうすればいいの」
タツノリが尋ねる。
「それはだな……」
タツノリの問いかけに、その場にいる全員が一様に口をつぐんだ。気まずい空気が流れて、タツノリはそれ以上追求できなかった。やはり、竜の乗り方には何か秘密があるのか。
そこへ、ロビンがやって来て、集まった竜族全体を見回して言った。
「皆聞いてくれ。我々は今回の遠征に備えて、竜の水飲みを行う。それでは、各自列を乱さずついてきてくれ」
竜の水飲みとは、竜にとある山頂にある泉の水を飲ませることだ。竜は基本、この水しか飲まない。そして、長い遠征の前には竜族総出で必ず行う儀式のようなものだった。今回、タツノリはこの大行事に初めて参加する。馬で、だが。
辺りには霧が立ち込めている。竜族は一列になって、山道を登っていく。この列の連なりが、長い遠征の始まりを告げていた。
ウーダラがいるのは列の後方で、タツノリはその後に続いていた。タツノリが考え事をしていると、目の前のウーダラが不安定な足場で竜からずり落ちそうになった。タツノリには心なしかその背中が頼りなく見えた。
タツノリが頂上に着くと、先に着いていた竜族たちが思い思いに休憩を取っていた。竜は、中央にある泉に入って気持ち良さそうに水を飲んでいる。
ここは、竜が生まれて来る場所だと言われている。
実は、タツノリがここに来たのは、昨夜ロビンに言われたからだった。竜に乗りたいと願って山に登れば、不思議と新しい竜が泉に現れるという。だが、泉を見渡してみても、タツノリのために現れた竜はいないようだ。タツノリは落胆した。
憮然とした面持ちでロビンのもとへ駆け寄ると、ロビンは申し訳なさそうな表情を向けた。
「竜、いませんでしたね」
「そうだな……すまん」
二人はそれきり黙り込んだ。水面を見つめるタツノリを見て、ようやくロビンは口を開いた。
「見事な眺めだろう。ここまで竜が集まることは他にないからな」
タツノリは泉の周囲にいる竜と竜族に目を移らせる。楽しそうに水浴びをする者、持ち寄った食べ物を頬張る者、様々だった。そこに張り詰めた空気はない。各自が穏やかな時間を過ごしていた。
「とても戦に行く人たちとは思えないです」
「ははっ。そうだな」
ロビンにも緊張した様子はない。これが普通なのだろうか。
「大丈夫なんですか。今度の戦い」
「ああ、問題ない。皆大きな戦いを何度も経験している、屈強な戦士ばかりだよ」
タツノリは見てきた。竜族が毎日のように激しい訓練をこなす姿を。これは、厳しい本番を前にしての、束の間の安らぎの時間なのかもしれない。それにしても、皆、切り替えが上手いんだな、とタツノリが感じ入っていると、ロビンが改まって尋ねてきた。
「タツノリ。竜の乗り手になるためには、君が思っている以上に険しい道を進まなければならないのかもしれない。それでも行くのか」
タツノリは戦う覚悟を問われているのだと感じた。
「もちろんです」
そう答えたものの、タツノリの自信は急速にしぼんでいくのだった。自分は、何の戦闘訓練も受けていない。このままで、本当に戦えるのか。タツノリはいたたまれなくなって、ウーダラの方を見た。ウーダラは遠くで、竜に水を飲ませている最中で、うつむいたままだった。
竜の水飲みを終えた竜族は、帰路についた。列の最後尾が竜の巣に戻ったのは、日没間際のことだった。
タツノリはいつものように馬小屋に馬を置きに行った。世話を済ませ家に戻ろうとすると、反対方向から来るウーダラとかち合った。竜の世話はもう終わったのだろう。
タツノリは目を合わせることなく、家の入り口まで来て立ち止まった。
「どうした」
タツノリが入り口を塞ぐ格好となったので、ウーダラも立ち止まらざるを得ない。
タツノリの肩は震えている。
「おれは、中途半端な優しさなんていらない」
ウーダラが顔を上げる。
「……不安、なんだよっ。どうして何も言ってくれないんだ……。そんなにおれを竜に乗せたくないのかよ。才能が無いなら無いってちゃんと言ってくれよっ」
タツノリが全速力で家とは逆方向に駆け出す。キトが心配そうに家の中から出て来た。ウーダラは、小さくなるタツノリの背中に向かって、ぼそりと呟いた。
「おれは、お前に才能がないと思ったことは、一度もない」
タツノリは馬小屋にいた。馬の背中を撫で下ろしていると、幾分か気が楽になった。
「お前は偉いな。竜に囲まれても、おびえずに……」
タツノリは再び気分が沈んだ。竜のことは考えたくなかった。
「おれは、恐い……。明日が見えなくて……」
タツノリのむせび泣く声が、馬小屋に響いた。
すぐそこまで、夜の闇が迫っていた。
タツノリが家に帰ると、キトが出迎えてくれた。
「タツノリ。どこへ行ってたんですか」
「別に。冷えてきたから、帰ってきただけだ」
ウーダラはもう寝たらしい。タツノリは食事もとらずに、寝床へもぐり込んだ。疲れていたので、すぐに寝付けた。
翌朝、朝日の眩しさに、思わず目を開けた。キトが呼んでいる。
「ウーダラが行きますよ。見送らなくていいんですか」
タツノリはウーダラとは顔を合わせづらくて、起きなかった。しばらくまどろんでいると、枕元に手紙があるのに気づいた。ウーダラからだった。
「この戦いが終わったら、お前に武芸の稽古をつけようと思う。待っていてくれ」
タツノリは飛び起きた。慌てて家を飛び出したが、もうそこにウーダラの姿はなかった。
ウーダラはその朝、戦地へ向けて旅立った。




