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竜族急報伝令役  作者: 坂東智樹
3/15

登竜門3

 今から二十年程前、ロビンは策略によって故郷を追われる身となった。頼るべきつてもなく、あてどない放浪の日が続いた。ある時剣の腕を買われ、キャラバンの護衛を引き受けることになった。

 それはとても暑い日だった。若干ふらつきながら歩いていると、前方から大きな塊が近づいてくる。それが、ロビンが初めて竜を見た瞬間だった。ロビンが目を奪われていると、竜の背に乗る男から声をかけられた。

「おい」

「な、なんだ」

「この先、胡乱うろんな奴らがいた。通るなら、気をつけよ」

「あ、ああ」

 ロビンに忠告したのは、別のキャラバンの護衛をしていたウーダラだった。広大なシルクロードでは、キャラバン同士がすれ違うだけでも珍しいが、二人の出会いは、これだけでは終わらなかった。不思議な宿命が、二人を結び付け、のちにもう一度引き合わせることになる。


 照りつける太陽の下、ロビンは目まいを覚えていた。ろくな食事を摂らなかったせいかもしれない。それとも、睡眠不足か。いずれにせよ、ロビンの剣を握る手は、覚束なくなっていた。

 ロビンのキャラバンは、大規模な盗賊団に襲われていた。ロビンたち護衛は必死の抵抗を続けていたが、ひとり、またひとりと仲間が倒されていく。ロビンが盗賊団の首領らしき男の攻撃を防いだとき、後頭部を棍棒のような物で強く殴られ、意識がとんだ。ロビンは捕らえられた。


 両手を縛られ、地面に組み敷かれている。ロビンは盗賊から、しつこい勧誘を受けていた。ロビンはいっこうに首を縦に振らず、その度に殴られていた。

「おれたちの仲間になれば、助けてやるぜ」

「お頭が、お前のこと気に入ったと言ってるんだぜ」

 ロビンには、もはや生きる気力もなかった。キャラバンを守れなかったことも、盗賊の仲間になることも、なにもかもどうでもよく思えた。災難続きの自分の人生にほとほと嫌気が差していた。

(もう、楽にしてくれ……)

 何日も拘束されていることが、肉体的にも精神的にもかなりこたえていた。

 ロビンが監禁されている場所は、砂漠の中の使われていない牢屋のような場所だった。

 一旦盗賊たちは食事か休憩のためそれぞれの持ち場に戻り、牢屋内は静寂に包まれる。

 砂が風に運ばれてくる。

 ふと、床に転がっている角笛が目に入った。監禁されたときに取り上げられたが、盗賊はすぐに興味を失ったようでそこらに投げ捨てたものだ。

 その角笛を見ていると、故郷のことが思い出された。かつての友人や日常が、走馬灯のように浮かんでいく。

(ああ、あの頃はよかった……)

 ふいに、手が自由になった感触があった。

「しっかりしろ。歩けるか」

 何者かに肩を貸され、牢屋の外へ運び出された。朦朧とする意識のなかで、ロビンは声の主の顔を見た。昼間すれ違った竜の背に乗っていた男だった。

(助けに来たのか)

 更に遠のいていく意識のなかで、何かの上に乗せられた感覚があった。そしてどうやら動き出したようだ。

(竜に……乗っているのか)

 体を揺さぶる振動に心地良さと安堵感を覚えると、そこでロビンの意識は途切れた。


 目を覚ますと、認識に時間はかかったが、家の中にいるようだった。ロビンは寝台に寝かされ、傷は手当てされていた。しばらくすると、男が近づいてきた。男は食事と水を持っていた。

「食べるか」

 男はロビンに少しずつ食べさせた。食事が済むと、ロビンは再び深い眠りに落ちた。

 男、ウーダラの看病の甲斐もあり、ロビンは少しずつ、体力を回復し、元気を取り戻していった。

 あるとき、ウーダラはロビンのそばに来て、角笛を渡した。

「これは……」

 実はロビンのうわごとを聞いたウーダラが、取りに行ったのだという。ロビンは、涙が出るほど感謝した。

「これは、おれの魂だ」


 ある日、外で剣を振っていたロビンに、ウーダラが頼み込んできた。

「一緒に、あの盗賊団を討ってほしい」

 聞けば、そのような依頼がウーダラにあったのだという。一瞬、拷問されたあの牢屋がロビンの脳裏をよぎった。だが、やられっぱなしは気分が悪いと思い、なにより、角笛のこともあり、引き受けることにした。


 二人の進む先に、砂にまみれた建物群が見えてきた。ロビンは、その中の一つに自分が閉じ込められていた牢屋を見つけた。

「盗賊たちはあそこにいる」

 ウーダラは一番大きな建物を指差した。ロビンも一目でそこだと分かった。他の建物は、壁がなかったり、天井が崩れ落ちているものばかりだった。

 二人は竜を降り、それぞれの手筈を確認する。ここからは別行動になる。

「健闘を祈る」

 ロビンは建物の陰に隠れながら盗賊のいる建物へ近づいていく。夜に寝静まったキャラバンを襲うため、この時間は寝ているはずだ。

 ロビンは東の空に狼煙が上がったのを見た。ウーダラが見張りと逃げる手段の馬を仕留めた合図だ。ロビンは土で作られた壁の、地面と接する部分に、鼠の通りそうな穴を見つけた。ロビンの仕事はこの穴から火を起こして煙を流し込むことだ。ウーダラから渡された草を燃やし、手でぱたぱたと煙を送り込む。しばらくすると盗賊たちが咳をしながら出て来た。

「なんだ、この臭いは」

 ロビンは小高い砂山に登り、合図の角笛を吹いた。

 盗賊たちが一斉にロビンの方へ振り返る。すると、盗賊の一人が、首を元の位置へ戻せないまま地に伏した。それはひとり、またひとりと増えていく。盗賊が気づくとそこには、弓矢を悠然と構えるウーダラがいた。

「ウーダラ……」

 ロビンは竜に乗るウーダラの姿に、神々しさを感じた。だが、見入っている暇はない。やがて、盗賊たちは状況を理解し、戦闘態勢に入った。ロビンも剣を抜き、近くの盗賊と切り結ぶ。

「ロビン左だっ」

 ロビンが斬った相手を蹴飛ばして離したところに、左方から矢が飛来した。とっさに左手を顔の前へやる。すると矢は握っていた角笛に当たった。

 角笛は砕け散った。

 ロビンはその場に尻餅をついた。ウーダラが矢を放った盗賊を踏み倒して歩み寄る。

「終わった……のか」

「まだだ。まだ頭領の男を倒していない」

 ウーダラが馬小屋の方へ目をやる。竜にまたがり、前進させた。

 馬小屋に着くと、馬の死体があるだけで、人気はない。おそらく、頭領はどこかの陰に隠れていると思われる。ウーダラは砂に埋もれている家の屋根に上って辺りを見回す。頭領の姿は見当たらない。

「ウーダラ、いたぞっ」

 ウーダラの死角からロビンの声がした。ロビンが頭領を追い詰めて、ウーダラにもその姿が視認できるようになった。頭領はウーダラに見つかると、ロビンに応戦するのを止め、一目散に逃げ出した。

 何もない砂漠へ、頭領は喘ぎながら飛び出す。その姿を追って、ウーダラも竜を全速力で走らせる。弓を引き絞り、狙いをつけて、放った。

 矢は、頭領の喉笛に命中した。


 その夜、任務完了を報告すると、依頼主は大いに喜んだ。あちこちから人を集め、人が人を呼び、大宴会が催された。思った以上に、あの盗賊団に苦しめられた人々は多いようだ。

 ロビンは久々の大勢で賑わう雰囲気に酔いしれた。

 宴もたけなわになる頃、ロビンはウーダラを探した。

 ウーダラは庭先でひとり、石段に腰掛けていた。そばには竜もいる。ロビンはゆっくり歩み寄った。

「ここにいたのか」

 ロビンは柱にもたれかかった。

「皆と飲まないのか」

 ウーダラが茶化すように言う。

「ウーダラ、今日はありがとう。いや、今日だけじゃない、盗賊の手から助け出してくれたこと、本当に感謝している。今日は、あのときの絶望的な気分とは大違いなんだ」

 ロビンが自分の左手を見やる。

「おれの人生は終わった。ずっとそう思っていたんだ。だから、助けに来てくれたとき、最初はお前を拒絶した」

 ロビンがはは、とはにかむ。

「終わったのなら、また始めればいいのではないか」

 ロビンが力強くああ、と頷く。

「角笛は……おれの魂は砕けてしまったがな」

 ロビンが左手を角笛の感触を思い出すように握りしめる。

「これからどうするつもりだ」

「どうかな……。わからない。だがまずはおれの最初の依頼主に、謝りに行かないとな」

「それが済んだら、おれのもとへ来い」

 え、とロビンが両目をしばたたかせる。

「竜の乗り手になれ。お前にはその資格がある」

 両者はしばし見つめ合う。すると先に口を開いたのはウーダラだった。

「それから、お前にこれをやろう。おれの依頼主が、なんでも一つ持って行っていいと言ったから、貰ってきた」

 ウーダラがロビンに一本の棒状のものを手渡す。

「これは」

「遠い東の国で、龍笛と呼ばれるものだ。竜の乗り手となるお前に龍の笛……ぴったりではないか」

 ロビンの胸は、戸惑いと興奮とで、あふれていた。

「改めて聞こう。竜の乗り手になる気はないか、ロビン」


 そこで何と答えたか正確には思い出せない。ただ、月と満天の星が鮮やかだったのを記憶している。

「それがそのときの……」

 タツノリは先程キトが持って来た龍笛を見つめた。

「……それで、竜に乗るには、ウーダラに資格があると言われるようにならないとだめだということですか」

 ロビンの意外な過去を聞いて、タツノリは興奮した。盗賊と戦う竜の壮大な物語が描き出された。だが、どうやらタツノリにはロビンの言いたいことはうまく伝わらなかったようだ。

「ウーダラというより、竜に、かな。……ウーダラは、もう一度私に命を吹き込んでくれた、いわば恩人なんだ。だから、あまり悪く言わないでくれ、ということだ。でも、これじゃあ君への答えになっていないな」

 ロビンが思案顔になる。

「竜に乗るためにウーダラについたことは正しいだろう。私が言うのもなんだが、ウーダラの人を見る目は確かだ。だから私も、君のことはウーダラに一任している」

 タツノリはウーダラに初めて出会った日のことを思い出した。その後助けてくれたウーダラの、颯爽として竜に乗る姿が強烈に印象に残っている。

「君も、ウーダラのそういうところを見込んで、ついていくことを選んだのではなかったか」

「う、それは……」

 ウーダラに、竜に魅了され、これしかないと思った。自分を変えたい。その気持ちは今もある。そしてウーダラに師事したことは間違いではなかったと信じたい。

(でも……)

「ウーダラには度量の広さがあるからなあ。だから、君も、キトも……」

「キト、も……」

「ああ……どうやら、若い竜族はウーダラを敬遠しているようなんだ。その話をしたら、キトは……」


「わたしがウーダラを助けます」


 タツノリが来たときには、すでにキトはウーダラの家にいた。

「まさか、一緒に住むようになるとはなあ。たまに様子を見に行くんだが……」

「ひょっとして……笛を吹きに来るんですか」

「そうそう。お、聴くか」

「ど、どうぞ」

 タツノリが促すとロビンは張り切って龍笛を吹き始めた。笛の音が静かな夜に響き渡った。


 家に戻ると、キトが話しかけてきた。

「お父さんとは話せましたか」

「ああ、まあ」

 タツノリが曖昧な反応を返すと、キトはそれ以上何も言わず自分の寝床に戻っていった。

 タツノリも自分の寝床に入り、明日に備えて早めに眠った。

 昨日までの自分と何一つ変わっていない今日の自分に、焦りを感じつつも。


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