逆鱗1
帝国軍が日本に出発する日が刻々と迫るなか、港では竜を乗せる船の建造が急速に進められていた。タツノリも、戦争が始まろうとしている雰囲気を感じ取っていた。竜の巣に出入りする帝国兵も日に日に増えてきている。竜族は、竜の水飲みを終わらせ、各自武器の手入れや戦の段取りなどに余念がない。戦となれば何度も見てきた光景だが、今回は感じ方が違った。日本が標的というだけあって、タツノリはとても人ごとではいられなかった。
準備が整え終わるころ、竜の巣を出発する前に、里をあげて見送る会が開かれた。近隣からも日頃竜の巣に出入りする商人などがかけつけ、竜族を激励した。竜族が海を越えて遠征するのはこれが初めてだ。家族も不安になるところだが、戦に向かう男たちはきりっと勇ましい表情を見せていた。この会で、行く者も残される者も少しは心が軽くなったのではないか。そう思える会だった。
タツノリは会が終わって帰り支度を始める商人に声をかけた。この前帝都に一緒に行った商人だ。
「すみません。ちょっと頼みをきいてもらえませんか」
「なんでしょう」
「帝都で、この似顔絵を配っている青年をご存知ですか」
「ええ。知っていますよ。あなたによく似ていますね」
「そいつに、この手紙を渡してほしいんです」
それは、タツノリのナオマサに対する返答だった。まだ直接会う気にはなれない。胸を張って会える自分ではない。だが、帝国と日本の戦争が始まろうとしている今、伝えたいことがある。それと、キトの言ったように、ここまでしてくれるナオマサへの感謝の気持ちをつづった。タツノリはこの手紙を誰に託そうか悩んだ結果、この商人に行き着いた。
「わかりました。帝都へ行ったとき渡しましょう」
「ありがとうございます」
タツノリは手紙を商人に預けることができて、ひとまずほっとした。あとは、無事届くことを願うのみだ。
そして、竜族出発の朝は来た。
それぞれの竜族が家族と最後の別れをすませる。そんななか、ウーダラを見送るタツノリの心中は複雑だ。自分の故郷を打ち負かしに行くウーダラに、何と声をかけたらいいのだろう。
「いよいよ、だね」
「ああ」
「船酔いには気をつけてね」
「一緒に行くか」
「……行かないよ」
タツノリは行ってほしくなかったが、止められるものではない。
「お前は強くなった。その姿を故郷の人たちに見せたいとは思わんか」
タツノリは首を振る。
「どんな顔をして会っていいかわからない」
故郷にいる者たちは知るまい。タツノリが僧侶になる道を捨て、こうして竜の巣で暮らしていることなど。自分は裏切り者なのだ。その事実は変わらない。
「そうか」
ウーダラは竜にまたがり、竜族の列に入っていく。今回の戦では、帝国の要望で、すべての竜と竜の乗り手が駆り出された。竜のいなくなった竜の巣の警護には帝国兵があたる。いつもと違う里の雰囲気に不安を口にする者も多い。
タツノリは不安しかなかった。どうすれば今回の戦争を食い止められたのか、考え続けた。帝国のねらいは何なのだろうか。わざわざ日本に竜族を派兵してまで、何を得ようとしているのか。どうして日本を攻撃するに至ったのか。タツノリは自分が追い込まれている気がした。自分が竜族になることを夢見ず、僧侶になる道を進んでいれば、もっと別な未来があったのか。わからない。
タツノリは家に戻る道すがら、繰り返し繰り返し同じことを考えていた。何度も立ち止まったせいで、家に着くのに随分と時間がかかった。
入り口の前に来ると、それまでの考えを振り払うかのように強くかぶりを振った。
タツノリは日本が抵抗せず降伏してくれることを願った。さすがに日本も竜を目の当たりにすれば戦う気も失せるだろう。日本は犠牲を出さず、竜族も無事帰ってくる。タツノリは、そのような未来を望んだ。なんのことはない、またもとの日常に戻るのだ。
あれほど自分に言い聞かせたはずなのに、タツノリはざわざわと胸騒ぎがおさまらなかった。