画竜点睛3‐2
南の大国の北部にある都市、ここは軍事的にも重要な拠点で、かねてより帝国から狙われていた。この都市は河をはさんで北と南の二つの街に分かれていて、河と城壁のおかげで、簡単には落ちない都市だった。
ここを守るのは、リョブンという武将だ。まだ帝国の跳梁を許していない。
ロビンを含む竜族三名は、竜の存在を知る宰相の命令で、この都市の防衛にあたることになった。
実はロビンはこの宰相のもとで働くことに嫌気が差していた。南の大国の領土にある竜の巣に住まわせてやっているのだから、この国のために働け、というのが宰相の言い分だ。そのくせ報酬は出し渋る。これでは傭兵としてやっていけないので、最近では副業を始める竜族もいた。気乗りしない任務だったが、数年たつと、仲良くなる市民や軍人ができて、ここに移住してしまおうかと考えるようになった。最初は混乱を避けて竜を隠していたが、あるとき存在を明かすとロビンたちはたちまち街の中心人物になった。街の人々にとって、ロビンたちは希望の光となっていた。
しかし、平穏な時間は長く続かなかった。
帝国は内乱が終結すると、いよいよ本格的に南の大国を手に入れようと動き出した。国家間の緊張が頂点に達するなかロビンも気を引き締めた。
しかし、帝国側は予想外の戦術をとる。大人数で都市を取り囲んだかと思うと、土木作業を始めた。その作業は毎日続けられ、気づけば城を包囲する城が出来上がっていた。
だが、帝国側は一度も攻撃を仕掛けて来ない。都市を守る側は何度か建設中の砦に攻撃してみたものの、状況を変えることはできず、民衆にも不安が広がった。
そんなとき、民の不安をさらにあおる出来事が起こった。
「あとはまかせたぞ、ロビン」
「微力を尽くします」
この都市の守将であるリョブンが病に倒れると、ロビンは国家存亡の危機を感じ取り、その身をふるわせた。指揮を任された今、敵を食い止められるのは自分しかいない。なにより、民の命がかかっている。
「まさかこんなことになるとは……」
一晩考えて思いついたのは、竜で城を包囲している敵を全滅させる策だった。だが、これを実行するには、竜の数が足りない。
「とにかく、外の竜族に連絡を取らねば……」
そこで、三名の竜族で夜襲をかけて包囲網を突破することにした。
あたりは程良い暗闇だ。これなら竜に気づかれずに済む。敵が竜の存在を知れば、砦の建設など止めて、総攻撃に出るかもしれない。そうなれば、竜がいてもこの都市を守り切るのは難しい。
ロビンたちは城を出ると、明かりの少ない場所を選んで強引に突っ込んだ。帝国兵のあいだに動揺が広がる。竜には布を巻いているため、帝国軍の目には得体の知れないものと映っているはずだ。突破はうまくいった。ロビンは二人に思いを託し、人が集まってくる前に城へと戻った。ロビンには民を安心させるという役割が残っている。今や竜は民衆の心のよりどころだった。
今のところ敵は持久戦のかまえを見せている。ロビンは敵の気が変わらないことを祈り、引き継いだ軍の結束を図ることにした。
「ウーダラ……ウーダラ」
竜族救出に向かう途中で、タツノリは馬上から、ウーダラに声をかけた。
「馬がもう限界みたいだ」
タツノリの馬は、疲労のため動かなくなってしまった。ナオマサと別れてからここまで来るあいだ、相当長い距離を走っている。走れなくなるのは、当然のことだった。
「やむをえないな……。近くに町や村はないか」
馬を引いてしばらく歩くと、小さな農村を見つけた。ここで替えの馬が手に入れば、また走れる。タツノリは期待を寄せた。
その村は、やけに静かだった。タツノリは竜に乗ったウーダラと、村の奥に進んでいく。外に人のいる気配はない。家屋のなかをのぞいてみると、一人の老人と目が合った。
「おめえは……ウーダラでねえか」
老人が家から出てきた。
「やっぱりそうだ。何しに来たんだ」
ウーダラはタツノリに以前盗賊から助けた老人だ、と説明する。
「馬を借りたくてな……。何かあったか」
「馬なんてねえよ。馬も食糧も、みんな帝国軍が持ってっちまった。やつら、いきなりやってきて、このあたりを略奪しまわってるんだと」
「影響がここにも出てきたか……。タツノリ、お前はここで待っていろ」
「えっ。ウーダラは」
「食糧を調達してくる。しばらくもつようにな」
「連れてってくれないの」
「これから行くのは戦場だ。もとよりお前を連れて行く気はなかった」
「戦争が終わったら、迎えに来てくれるよね」
「ああ。必ず。お前を竜族にするために」
タツノリは老人の家に厄介になることになった。戦争と聞いても実感が湧かなかったが、とりあえずウーダラたちが勝てばいいなと思った。
タツノリはウーダラを見送るために家の外に出た。するとそこはいつの間にか武装した男たちに囲まれていた。
「何者だ。このでかい生物はなんだ」
「帝国兵か。タツノリ、家の中で伏せていろ」
ウーダラは一瞬で竜に飛び乗り、帝国兵を蹴散らしていく。ウーダラは敵と認識したら、一切容赦はしない。タツノリは伏せていろと言われたが、窓からこっそり一部始終を眺めた。ウーダラは最後の一人にとどめをさすと、死体をどこかに捨てに行った。
「また来る」
その姿に憧れた。格好いいと思った。自分が竜に乗る想像をすれば、ウーダラを待つ日々を乗り切れると思った。