登竜門1
大陸全土をまたたく間に支配した帝国の一番の収穫は、竜という生物を発見したことだった、といっても過言ではない。
それはある国に攻め込んだときだった。その戦いで帝国の前に立ちはだかったのが、竜にまたがる傭兵集団、竜族だった。彼らはたった少数で、帝国の軍勢を壊滅させた。
この火も矢も効かない怪物に頭を悩ませた帝国は、竜族に使者を送り、交渉を持ちかけた。より良い条件で迎え入れることを約束する、と。交渉というより、懇願に近かった。かねてから待遇の悪さに不満があった竜族は、このままこの国について勝利を収めたとしても、その先に明るい未来はないと判断し、帝国側につくことを選んだ。
帝国の勝利が決まった瞬間だった。
もともと竜の噂は各地にあった。しかしその実態は長年謎のままだった。今回の戦いで、帝国は幻の民の正体をとうとう摑んだのだ。
竜族を勢力に加えてから、早速皇帝は各地の乱の平定やシルクロードの物資の運搬など、なんにでも竜を用いるようになった。それもそのはず、竜はどんな距離を走らせても疲れず、頑丈な生き物だった。実際に竜のその姿を見た者は、その勇壮さに息を吞み、帝国への畏怖心を新しくしたのだった。
砂煙をあげながら走る大きな影がある。強靭な二本の後ろ脚。火も矢も通さぬ硬い殻のような皮膚。竜だ。その竜の背に乗っているのは、竜族の長、ロビンという。ロビンはこの後開かれる軍議に呼ばれていた。この頃頻発する各地の乱の鎮圧について話し合われる予定だ。
ロビンはひときわ大きな天幕の前で竜を停止させ、鞍から降りた。入り口の衛兵に挨拶をし、中へ入った。
「遅れたようですね」
天幕の中を見渡すと、帝国の重臣たちが中央の暖炉を取り囲んで座っている。
「そんなことはない。遠路はるばる、よく来なさった」
重臣の一人がロビンをねぎらう。するとあちこちで感嘆の声があがった。実はロビンら竜族が拠点としている町と、この場所とは遠く離れている。
「ほんとうに乗り継がずに来られるとは」
「竜の体力は底なしじゃな」
重臣たちが次々と竜を賞賛する。
「次の戦でも活躍を期待しているぞ」
「はい。もっとも、私らがやることといえば、竜で踏みあらすだけですが」
ロビンが丁寧に答える。
ロビンは人当たりも良く、帝国の人間からも人気があった。
「不滅の象徴、竜がいれば帝国は安泰じゃ」
場が竜の話題で持ち切りになるなかで、誰かが言った。
「不滅というと、実のところ竜の寿命はどれくらいなのかね」
「それが、私にも分からないのですよ」
そう答えつつ、ロビンは一人の男の顔を思い浮かべていた。自分に竜の乗り方を教えてくれたあの男なら、知っているかもしれないと。
日が西に傾きかけている。強い照り返しのなか、一つのキャラバンが砂漠を歩いている。
その中で唯一竜に乗っているのが、竜族のウーダラだ。ウーダラはこのキャラバンの護衛を務めていた。
うだるような暑さのなか、ウーダラは手の甲で顎の下に流れた汗をぬぐうと、そのいかめしい面容を並進するキャラバンに向けた。目的地はもうすぐだ。
「もうすぐだね、ウーダラ」
そう声をかけたのは、タツノリ。年は若いが、ウーダラとともにこの依頼を受けていた。
ウーダラは無言で、振り返らない。だが、それが常であることを、タツノリは重々承知していた。
「お納めください」
街に着くと、ウーダラたちは依頼主から報酬金の入った革袋を受け取った。
「いつもありがとうございます」
依頼主はそう言いながら、間近で見る竜の威容に驚いている。
「行こうか」
ウーダラはタツノリに革袋を渡すと、先に竜を走らせる。
「あ、待ってよ」
タツノリは慌てて勘定を終わらせて、馬でウーダラを追いかける。
馬は、ウーダラが教えてくれた。
ウーダラはあと、なにを教えてくれるだろう。
タツノリのウーダラへの期待は膨らむばかりだった。