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アヤメ  作者: 魔天光殺法
第一章
3/4

転校生



 両親が死んでから5日が経った頃、児童養護施設の、ある一室に身を置いていた僕に、先生はこう告げた。


 ──犯人、亡くなったって…。


 数秒ほど、思考回路が停止した。


 犯人?亡くなった?死んだ?いつ?どこで?死因は?


 嬉しいような、悔しいような、そんな感情が入り交じって混乱する中、告別式で出会った女の子の顔が脳裏にちらついた。


 …まさかね。簡単って言ってたけど、そういう意味じゃないよね。違う違う。何言ってんだ。人を勝手に殺人犯に仕立て上げるなんて失礼にも程があるでしょ。


 犯人の顔を見に行くかと問われたけれど、僕は断った。死人の顔を見たところで、何かが変わるわけではない。もう終わったことなんだから。


 それに、明日からまた学校に行くことになる。ちゃんと気持ちを切り替えて行かなければ。もう同情の眼差しは御免だ。



 翌日。告別式以来の制服を身にまとい、学校用のリュックを背負い、一週間ぶりに登校した。


 施設から学校まではかなり距離があるため、施設を通るバスに乗り、学校の近くにあるバス停で降りた。


 これからはこの経路で学校まで行くことになるんだな…。



「お、おはよう…」


「おはよう」



 案の定、みんな気を遣っているのか、挨拶がぎごちなく感じた。


 特に仲のいい友達がいるわけでもない為、さほど気にはしない。けれど、視線が集中していることに対しては、少しむず痒いような、不快なような、複雑な感情を抱いていた。



 今日一度目のチャイムが鳴り響いた。


 生徒達が席に座り、私語などでざわついている中で、教室の前方の扉が開く。



「おっはよ〜、諸君!」



 とても威勢のいい声。ゴツい体。

 見るからに体育教師を連想させる、理科担当の鬼川(きかわ)先生が、僕のいる2年3組の担任だ。



「あれ誰?転校生?」


「そんな話聞いてないけど…」



 ふとそんな声が聞こえ、図体のデカい鬼川先生の隣に目をやると、見覚えのある女の子が、ブレザーではなく、この学校のセーラー服を着て立っていた。


 ──思わず目を疑った。


 昨日、施設の先生から聞いた言葉に惑わされて、そう見えるだけなのでは?


 なんて思って、一度目を逸らし、今度は目を凝らして見てみるけれど、やっぱり告別式で出会ったあの女の子と瓜二つだった。



「転校生の東條 恵愛(とうじょう あやめ)さんだ。仲良くな〜」



 彼女はぺこりと頭を下げ、鬼川先生に指定された席に座る。


 ──その席は、偶然にも僕の右隣だった。



「よろしく」



 席に座ると同時に呟かれた声に、背筋が凍るような感覚がした。



 授業が始まってからも、隣が気になってしまい、授業の内容が頭に入ってこない。


 運悪く、今日の一発目は数学だった。

 数学は嫌いではないけど、担当の砂川(さがわ)先生が苦手な為、とても苦痛だ。



「じゃあ、御坂(みさか)。この問題を解いてくれ」


「………へぁっ、僕?!」



 不意に当てるだなんて、卑怯だ。


 お陰様で、みんなにクスクスと笑われている。


 全くと言っていいほど授業を聞いていなかったので、どの問題をやっているのかすら分からない。


 更には、目が悪いくせに眼鏡もコンタクトも持っていない為、黒板すら見えない。



「えっと…」


「まっ、分かるわけないよな〜。ずっと転校生のことチラチラ見てたし」


「………」



 これだから砂川は嫌いだ。


 問いに答えられず、机に置いてある教科書に目を落とすと、そこには1枚のメモ用紙が置かれていた。



「p=3…?」


「……せ、正解だ」


「えっ…?」



 無意識に読み上げた“p=3”は、先生が出した問いの答えだったようだ。


 力が抜けたように席に着き、メモ用紙を見返すと、右下に“感謝しろ”と小さく書かれていた。


 こんなことしてくれる友達いたっけ…?


 何となく、右隣に視線だけを向けると、机に立てた教科書に隠れて、僕に向かって親指を立てる女の子。


 ……やっぱり。


 数学を乗り切り、10分間の休憩。

 苦手な砂川がいなくなった教室で、今では忌々しくも思える教科書をしまう。


 右隣では、スクールカーストの上位にいるような男女達が、東條恵愛の周りに群がっていた。



「どっから転校してきたの?」


上丘(かみおか)高校からです」


「隣町の?」


「はい」


「上丘って結構な金持ち校だって聞いたことあんだけど…」


「あそこの制服持ってるの?!」


「持ってます」


「めっちゃ可愛いやつじゃん!今度見せて!」


「私のでよければ」



 まず初めに思ったこと。僕に対する態度と全然違う。


 あんなにお淑やかではなかったはず。あんなに優しく笑う女の子ではなかった…はず。


 別人?いや、瓜二つだし…。



「御坂のやつ、また見つめてんぞ?」


「一目惚れってやつぅ?」



 思わず目を逸らした。


 高校生ってどうしてすぐ茶化したがるんだろう。


 もう何も考えないでおこう。所詮、両親の知り合いの娘ってだけだ。その知り合いが誰かも分からないし、苗字を聞いてもピンとこないってことは、大した知り合いではなかったんだろう。



 4時限目を終え、やっとのことで昼休みを迎えた。


 昨日、コンビニで買った昼食を持って、教室を出る。


 うるさい空間はあまり好きではない為、いつも中庭の端にある大きなヒノキの下で昼食をとっている。


 今日も中庭に向かい、見慣れたヒノキに凭れかかり、そのまま地面に腰を下ろした。


 施設の先生が弁当を用意してくれるらしいけれど、受け取る気にもなれず、お金は勿体ないがコンビニに頼った。



「ぼっち飯?」



 ポリ袋からおにぎりを取り出した時、頭上に女の子の声が降り掛かってきた。



「…えっと、東條…さん?」


「“あやめ”でいいよ。隣いい?」


「……どうぞ」



 気さくに話しかけてくる彼女は、見るからに友達なんてすぐにできてしまうタイプの人間だ。


 しかも、“転校生”なんていうブランド付きで、一目置かれる存在だというのに、こんなところで僕に何の用なんだろうか。



「施設での生活はどう?」


「……なんで知ってるの?」



 両親が亡くなったとは言え、親戚の元へ行くなど、様々な選択肢はあるのに、どうして施設だと分かったのか。不思議でならなかった。



「……いきなり失言してしまった」


「はい?」



 彼女は頭を抱え、立てた膝に顔を埋めた。

 かと思えば、即座に「なんつって」と、顔を上げた。



「りゅうすけ?くん?だっけ。りゅうすけって呼んでい?」


「“りゅうのすけ”です」


「面倒だから“りゅうすけ”で」


「たった一文字…」



 人の話を聞いているのかいないのか。彼女は「話変わるけど」と、体を僕に向けた。



「りゅうすけの両親には本当に世話になってたの。だから亡くなったって聞いた時はビックリした。しかも殺しだなんて」


「……そう」



 まぁ、世話になっていたのは彼女の親のほうだろうけど。



「世話になっていたのは私の親のほうだとか思ってる?」


「──っ?!」



 思っていたことをそのまま口に出され、心臓が跳ね上がった。



「話の流れ的にそう思うよね〜。んまぁ、間違ってはないけど。でも、実際に世話になっていたのは私のほう」


「…どういうこと?」


「ほんとに何も知らないの?」


「知らない…って?」


「うわぁ〜、すんげぇ守られてんのなぁ〜」


「えっと…何が…?」



 彼女は面白可笑しそうに笑い、耳を疑うような発言をした。



「私の家に来なよ」


「…………は?」


「施設じゃ、あんま自由にできないっしょ?朝起きる時間も決められてるし、常に人がいるし。息苦しくない?」



 息苦しい…か。言われてみればそうだ。

 ルームメイトや先生など、悪い人ではないけれど、常に学校にいるみたいで居心地はあまり良くない。



「無理に…とは言わないけど、りゅうすけには両親の仕事を継いでもらいたいんだよね」


「仕事を?」


「詳しいことは放課後、うちで話すよ。その時に決めればいい」


「……う、うん?」



 どうやら、そのことだけを話しに来たようで、彼女は立ち上がり、制服のスカートについた砂埃を払いながらその場を離れて行った。

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