告別式
「お悔やみ申し上げます…」
「……どうも」
先日、両親が死んだ。
深夜の1時を過ぎた頃。鍵が開いたままの玄関から何者かが侵入し、寝室にいる2人を刺殺した。
遺体の至る箇所に、刃物で刺された跡があり、とても無残だった。
なぜ僕が生きているのか。幸運にも、湯船に浸かったまま、居眠っていたからだ。
犯人は、物音一つしない風呂場に、人がいるとは思わなかったのだろう。
しかし、これを幸運と呼んでもいいものなのかは分からない。
生憎、両親の祖父母は数年前に他界しており、一昨年に他県から引っ越して来た為、僕を家に置いてくれるような親戚もいない。
一人息子である僕は、行く宛がなくなってしまった。
現在16歳の僕は、恐らく児童養護施設にでも入れられるのだろう。
こうなったのも全て僕のせいだ。
塾から帰った時に家の鍵を閉め忘れていなければ…。
気づいてはいたものの、“まぁいいか”と安易な気持ちでそのままにしていた。
通り魔事件などが目立つ今世だが、身近で起きたわけではないし、そんな事はそうそう起こらないだろうと思って油断していた。
面倒臭がらずにちゃんと閉めていれば、きっとこんなことにはならかった。
今さら後悔したって意味はないのに。
「──……ーい。おいおいおーい」
「…っ?!」
心ここに在らずの僕を我に返らせたのは、見ず知らずの女の子だった。
ショートボブヘアーで、僕が通っている学校とは違う、ブレザーの制服を身にまとっている。
「犯人、まだ捕まってないんだってね」
彼女は、不謹慎にも陽気に話しかけてきた。
参列に来た誰もが沈痛な表情を浮かべる中、彼女だけはとても晴れ晴れしく笑っているように見える。
「……誰?」
「君のご両親にお世話になっていた者でーす」
「……そう」
僕の両親は、サバイバルグッズの製造販売をしていた。
多分、この子の親がうちの両親と何かしらの関わりを持っていた、というだけなのだろう。
周りを見る限り、僕と歳が近いのはこの子だけだった。
だからといって、慣れ親しむ必要はない。
そう思い、その場を離れようとした時、背後から聞こえた彼女の言葉により足を止めざるを得なくなった。
「──犯人、殺してあげよっか」
思わず振り向くも、そこに彼女の姿はなく、また背後から声がした。
「……瞬間移動?」
思わずそう呟いてしまった。
「そう、すごいでしょ」
「………」
「はいはい、嘘です嘘でーす。君の視線に合わせて、視界に入らないように動いただけでーす」
恐らく彼女はこう思っているのだろう。
“両親がサバイバルグッズの製造販売をしてるのに、サバイバルについては何も知らないんだな”
正直、サバイバルに興味はない。故に両親の仕事にも関心はない。
いかにも興味なさげな顔をする僕を見て、彼女は察したように話を変えた。
「君は犯人が憎くないの?」
「べつに、憎いとかそんなこと…」
「そう。でも、君の両親を殺した犯人は、今この瞬間ものうのうと生きていて、君の両親がもう二度と見れないような景色を見て、君と同じように息をして、飯食ってクソしてまた誰かを殺そうとしている。
それでも、君は憎悪を抱かないの?素晴らしい心の持ち主だね」
同情されるのかと思いきや、煽られているようだった。
憎んでいないわけではない。寧ろ、憎くて仕方がない。両親を殺した犯人に対してだけではなく、生きている自分に対しても、だ。
「嘘つくの、下手だね」
「えっ…?」
「殺気がむんむんしてるよ」
「そんなことは…」
「そんなに殺意が湧いてんなら、殺しゃいいのに」
「……簡単に言ってくれるね」
「簡単だもん」
「………」
話にならない。
人を殺すのが簡単?だとしたら僕の両親は、人情の欠片もないクソ野郎に、簡単に殺されてしまったってこと?
「まっ、“私なら”の話だけど」
「……どういうこと?」
そう問うと、彼女は怪しく微笑んだ。
「今は教えてあげな〜い」
「はぁ…?」
「まぁ、そのうち分かる分かる〜。んじゃあね〜」
「あっ、ちょっと…!」
彼女はひらひらと手を振りながら、会場から出て行った。