第九話
セオングと白虎で近くに医者を探し、宝珠を運びこむ。
診察が終わり、医者から説明を受ける。
説明にいちいち白虎が医者に食って掛かるのを止めながら、たんたんと医者の説明を聞くセオング。
今日が峠で…もう数日もつかどうかもわからないと、説明を受ける。
白虎は顔面蒼白になりながら、そんなはずはないと、やぶ医者!と、怒鳴り散らす。
セオングは、それを横目に寝台に横たわっている宝珠のそばによる。
「宝珠…なぜ北に向かわなかったんだ?…ずいぶんやつれたんだな。…ごめんよ…護るべきだったのに…あの時、君のそばを離れてしまった。ちゃんと気持ちを伝えて、そばにいればよかったんだ」
寝ている宝珠の髪を遠慮がちに撫でる。
茶屋で出会った白虎と言う男と宝珠。男は宝珠をかばい気遣い、今も医者に食って掛かる姿を見ると、心から宝珠を愛していることがわかる。
きっと宝珠もそんな男に惹かれたのだろう。あのときの宝珠には何よりも心の支えが必要だった。
「握っていた手を私が自ら離してしまった。それがこの結果…私のせいなのだ。命を分けることができるなら…すぐにでも差し出すのに」
血の気が失せ、こけた頬にふれる。
ふと触れたその頬の冷たさに指を握り締める。
「間に合わないかもしれない…だがこうして待っているだけでは死を待つばかり。北の長老なら…」
何かを決めたように瞳を上げその場を去ろうとする。
「まったくお前たちふたりは…相変わらずごたごたしておるのか?!今も昔も変わらんのぅ」
どこともなく声が聞こえる。
吐き出し窓がゆがみ、まるで水面のように揺らぐ。そしてそこから小さな手が出てくるのが見える。
セオングは宝珠をかばうように寝台の前に立って剣に手をかける。
窓から入ってくるのは小さな子供。濃いブルーの刺繍の入った綺麗で高級な男物の着物を着ている。今の言葉はセオングと宝珠に向かって発したものだ。
「…白虎!! お前はまたふたりの邪魔をしておるのか!! まったくいいかげんにせい!」
白虎は医者を突き飛ばし、空間から出てきた侵入者のほうに向き直り、セオングと宝珠の前に背を向けて立ち、指をボキボキと鳴らす。
「なんだ? ガキ!」
白虎の名前を呼ぶ小さな子供、いぶかしがりながら、睨みをきかせる。
セオングも鞘から少し刃を見せながら気を抜かない。
「何者だ」
「安心せい。敵ではないわ」
そういうと小さな子供は突き飛ばされた医者に向かう。
「…席をはずせ。この者たちと話をするゆえ」
「わかりました…長老」
「長老? …」
セオングがつぶやく。
その子供は、医者が出て行くのを確認してから話しはじめる。
「我はお前たちと同じ四神の…玄武の器、名は麒麟じゃ。世間には北の長老とも呼ばれておる。ここの医者は我の弟子じゃ。ここに来てくれてよかった…ここなら私の目が届く」
そういいながらまっすぐ宝珠に近寄ろうとする。
「ガキ! なに言ってんだ!! 宝珠に近寄るな!!」
白虎が一喝する。
「北の長老…ほんとにそうなのか??…すまない…そうは見えないから」
「無理もない…私も継いだのは数年前だ。だが玄武はほかの聖獣と違って歴代の器の記憶を受け継ぐ。心配せずとも知識はかなりのものじゃ」
じっと麒麟の瞳を見つめるセオング。
そして チン といわせ刀を鞘に納め剣から手を離す。
「なんだ…また宝珠を守らないつもりなのか! お前! つくずく気にいらねぇ!」
麒麟から目をそらさず、剣から手を引いたセオングに向かって発する。
「この人は宝珠を助けられる唯一の医者だ。この人のもとへ向かっていたのだ。…宝珠がいなくなるまでは…」
一縷の望みだった。ほかの医者にはどうしようもないと言われ、唯一聞いたうわさの。
「…玄武って…四神って…何のことだ? お前たちって誰のことを言ってる!?」
白虎は四神とは何かも宝珠が朱雀なのも知らない。
「ああ…もうよい! お前には私から後でゆっくり話すから…宝珠の容態を見させてくれ」
そういいながら宝珠のほうに近づく、白虎が構えるが、一陣の風が起こったかと思うと、すでに麒麟は宝珠の目の前にいた。
一度ゆっくりと目を閉じあけた次の瞬間、目が不思議な色に変わる。
「あのまま北へ来ていればここまでひどくはならなかっただろうに。…内臓の刀傷のところに魔がまだ封じられたままか…そこから毒を発しておるのじゃな。宝珠が死に魂が抜ければまた復活するつもりだったのじゃろうて」
ため息をつきながら、苦虫をつぶしたような顔で話す。
「お前!いつの間に!」
麒麟に掴みかかろうとする白虎をセオングが止める。
「大丈夫です。この方は信頼できます。本当に宝珠を助けられるかもしれない…」
白虎は納得はしていないが、宝珠を助けられる唯一の医者と言うことで様子をうかがうことにした。
麒麟はお構いなしに話しを続ける。
「宝珠とセオングには悪いが、かなり前から見張りを付けさせてもらっていたのだ。途中で宝珠の見張りがいなくなり探しておったのだが、まさか白虎と一緒におるとは…白虎には見張りをつけてもいつも食われるでな。今までわからなんだわ」
しばらく宝珠の身体の一点を見つめていたが、ハッとしたような顔をする。
「チッ…これはまずい…とにかく魂が身体にとどまっているうちに早く手当てせねば…」
「蓮華! 鈴華!」
そう呼ぶと何もない空間から侍女が2人現れる。
「結界を張るぞ!!」
そういうと蓮華と鈴華は、紙のついた小刀を部屋の四隅に投げる。
すると”フォン”と空気が変わり、外で聞こえていた音が一切しなくなった。
そして宝珠のそばに来て手をみぞおちのところに添えるように置く。麒麟の胸あたりが光るとその光は腕を伝い宝珠の中へ入ってゆく。
宝珠は意識のないまま、ビクンビクンと、身体を震わせる。
しばらく身体の中何かが暴れていたようだが、ゆっくりと宝珠の中から光る玄武が、黒い雲のような塊をくわえ出てくる。
麒麟はそれを待ち構えていたようで封印をするために新たに床に陣を張る。
「封じるぞ! 青龍! 白虎! 力をかせい!!」
麒麟がそういうと、セオングと白虎の胸が光り、青龍が出る。白虎は虎に変身する。
青龍、白虎、玄武が黒いエネルギーを囲み、光を放つと バシッ!バシッ! と空間に火花が散る。
その黒い雲はだんだんと小さくなっていき最後には ”パシッ” といって黒曜石に変化し床に落ちる。