第七話〜市場へ〜
宝珠は白虎に自分の発作のことや、長くはないかもしれない命のことを話した。
これからどのくらい生きていられるのかはわからないが、一緒に暮らしてゆくことを決めた今、すべてを話して自分をさらけ出すべきだと思ったのだ。
はじめはびっくりし、医者に連れて行ったりしてくれていたが、医者の言うことはすべて同じで長くはない命を大事に生きろとそう言うだけだった。
「みんなヤブ医者ばかりか!宝珠は死なねぇ!」
そう言って医者に掴みかかる。
「白虎!お願いです…やめてください」
胸ぐらをつかまれ苦しそうに咳き込む医者。その間に割って入り白虎の目を見て懇願する。
そんな宝珠を見て掴んでいた手を離す。
「大丈夫だ…オレが死なせねぇ…ずっと…ずっとそばにいるから…」
そう静かに宝珠の目を見て言った。
宝珠は1日1日を大切に白虎と薬草摘みに行ったり、朝日や夕日を眺めたり、のんびりではあるが自分から積極的に食事を作ったりなどして暮らしていた。
相変わらず白虎は宝珠に嫌われぬよう一定の距離を保ちながら、冗談を言ったりして笑わせてくれた。
ぼんやりと夕日を眺めながら、二人で笑いながら、じんわり広がる安心感に宝珠は幸せを感じた。
しかし発作で血を吐く回数も多くなり、発作のあとに寝込むことも多くなった。
「白虎・・・お願いがあるんですの」
ある日宝珠が白虎にたのみごとをする。
「なんだか…久しぶりだな…宝珠からたのみごとなんて。…でも、あの男に会う事だったらだめだからな!」
「違いますわ。町に…市場に行ってみたいんですの」
にっこり笑って答える。
「市場?」
「食べたいものがありますの。お母様…母がいつも作ってくれた饅頭。作り方教わってなくって作れないので市場に食べに行きたいんですの。そこで作り方を聞いて白虎にもつくって差し上げますわ。」
「食欲が出たのか?宝珠が食べたいというのならどこにでも連れて行くぞ!!」
白虎はうれしそうに宝珠を見る。本当は抱き上げたい衝動でいっぱいだったが、あれからむやみやたらに抱きつくことをしなくなった。宝珠を大切に想い、好きになってくれるまで待つつもりなのだ。
宝珠は優しく、いつも楽しませてくれる白虎に、自分ができることでお返しをしたかった。食欲はなかったが、動けるうちにお礼をしたかったのだ。
ゆっくりと近づいてくる死に、こんなにも穏やかでいられるのは白虎のおかげなのだ。
宝珠の目の前で宝珠に抱きつきたい衝動を我慢している姿がこっけいだった。
宝珠はくすくすと笑い、ふと白虎にできるお返しがもうひとつあることに気がつく。
「いいんですのよ我慢なさらなくても…白虎が私を大切に思…」
話の途中で宝珠は白虎に抱き上げられ抱きしめられる。
「ほんとうか!?」
そういいながら満面の笑みで宝珠を見つめる。
いきなり抱きしめられ最初は驚きの表情だった宝珠も、白虎の満面の笑顔につられ微笑みかえす。
「…大切に思ってくれる気持ちは伝わっていますわ」
白虎の顔がだんだんと近づき、ゆっくりと重なり合う二人。
夕日が二人を照らす。宝珠と白虎の影が伸び、その影は長い間ひとつに重なりあっていた。
***ホランギの山のふもと、カンチョンの市場***
色とりどりの布や食材、あらゆるものが並んでいて人でごった返している。
どうやら祭りだったらしく、大道芸の道化たちが通りを人を誘うように歩く。
にぎやかで人の多い雰囲気に少し酔ってしまいそうだったが、白虎が人にぶつからないよう、支えながら歩き、少し行っては休んでくれたので、少し楽に過ごせた。
市場に来たいと言ったあの日から宝珠に触れる白虎の手がもっと優しく愛をこめて触れてくるのがわかる。
チリン…
どこからか鈴の音が聞こえてくる。
そのとたん右側から面をかぶり、剣を持った剣士が、舞を舞いながら現れる。
すうっと剣先が円を描くようにまわり、胸の前で構えられ、そのまま舞い続ける。
それまで騒がしかった人ごみが、まるで水をうったかのように静まり、その剣士に集中する。
小さな頃見た剣士が舞う姿そのままだ。
剣を持って舞うだけでこんなにも人の心をひきつける。
傷つけるでもなく、殺すでもない、感動を与える舞。
「宝珠…?」
気がつくと剣士はもういなくなり、茶屋に来ていて、饅頭を食べながら白虎が宝珠の顔を覗き込んでいた。
「気分でも悪いのか?」
「いいえ…思い出していましたの。小さな頃のやりたかったこと」
覗き込む白虎の顔を見て微笑む。
「なに?」
「あの剣士のように剣を戦いに使うのではなく、人を感動させたり幸せな気持ちにさせたりしたくて…人が平和で愛あふれる世界をつくりたかったんですの。人が争うのを見るのはいやだったから」
そう話していると後ろから
「ありがたいなぁ…そうほめられちゃ…」
といいつつ男が酒の入ったビンをドンとテーブルの上に置く。
「こいつはおごりだ!」
頬に大きな傷のある目つきは鋭く、身体つきがいいおじさんだ。面をつけてはいないが先ほどの剣士のようだ。
「やりたかったことなら続けるといい。私はいろんなことをしてきた。人に言えないようなことも…でも今の仕事は誇りを持てる。剣は人を傷つけたり殺したりするためにあるんじゃねぇ。自分のここを磨くためにあるのさ」
そういいながら親指で自分の胸を指して話す。
「それに争いごとを無くし、人を感動させたり、幸せにさせるのだったら、方法はいくらでもあるさ」
「おじょうちゃんは今…幸せか?」
宝珠は突然そう聞かれ、びっくりして答えられずにいると
「まず自分を幸せにすることだな。自分の心が幸せで平和に満たされているなら、それがあふれて何かをしようと思う気持ちになる。それから自分が何がしたいのか、どうすればそれをほかの人に伝えられるのかが見つかってゆくさ」
宝珠にそういい白虎のほうを向くと
「にいさん…おじょうちゃんを ”ちゃんと” 幸せにしてやりな」
そう一言だけ言って帰っていった。