第六話〜生きる〜
朝。宝珠はゆっくりと起き上がると、破けた服の上に薄い布をまとう。
宝珠は怖かった。真っ暗な夜が永遠に続くのではないかと思うほど長く感じた。
そして、もう2度と白虎の前でセオングの名前を出すまいと思った。
それと同時にセオングの元には帰れないのだということも悟った。
白虎は人型に戻り、罰の悪そうな顔をしている。
「ごめん…大丈夫なのか?具合悪そうだったけど…」
白虎がいつものように宝珠を触ろうとすると、びくっと反応して身体全体で拒否しているのがわかる。
「…ごめん…そんなに拒否らないでよ…もう絶対しないからさ」
白虎は一時の怒りで行動してしまったことを後悔していた。
本来なら、一度感情が爆発すると止めるのが難しい。
昨日のように途中で止めることができたのは、宝珠のことを大切にしたいと思っているからだった。
ぎゅっと身体を縮こまらせる宝珠。
少し息が荒くなり発作の予兆なのがわかる。息が上がり吐くことができない。
そのうち咳が出そうになり咳をする…
ゴホ…ゴホ…はぁはぁ・…かはっっ…
咳と一緒に何か暖かいものが出る。…血だ。
宝珠は手に広がる赤い血を見て動けなかった。
今まで発作が起きても血など吐いたことはない。でも発作の間隔もかなり短くなっていて一度始まると長引くようになっていた。
宝珠は自分の身体に起こっていることをなんとなく悟った。もう長くないのだと…
白虎は血を吐いた宝珠に、びっくりして心配顔でおろおろしている。これ以上嫌われたくはないので、ふれることもできず手を差し出しては引っ込めてを繰り返している。
宝珠はショックで、しばらくボーっと手に広がっている赤い血を見ていた。
突然目の前に、バサッと緑色のものが差し出される。目の前で白虎が真剣な顔で宝珠を見ている。
「薬草だ。これで怪我なら治る」
宝珠がぼんやりしている間に、山の中を駆け回り、薬草をあつめてきたらしい。
その薬草の量に圧倒されている間に、白虎は、手に広がる血を布できれいに拭きとり、その手のひらに小さな花の束をぽんと乗っける。
「それに…これ…途中咲いてたの拾ってきた」
小さな色とりどりの花の束。照れくさかったのか、ちょっと顔が赤く、目を宝珠からそらしている。
その花を見てぽろぽろと涙を流し始める宝珠。
反応を見ようと宝珠を見ると、泣いているのでびっくりする白虎。
「!!ご…ごめん…いらなかった??」
驚いて花束を取ろうとする。その様子を見て、はじめて自分が涙を流していることに気がつく。
「あ…いいえ…違いますの…うれしくて…ありがとう…」
花を受け取ると、胸のところに持って行き、ぎゅっと抱きしめる。
花の香りがふわっと広がり、宝珠は大きな息をひとつつく。
あの戦いの時から今までの縮こまってしまっていた心が、徐々に緩み始めたような気がした。
「ほんとにありがとう…でも…今度は花を摘まないで私をそこに連れて行ってくださる?摘んじゃうとすぐに枯れちゃってかわいそうですもの」
昔は母や人に見せたくて、喜ばせたくて、花をいっぱい摘んだ。
次の日にはしおれて枯れていく花を見て、残念で仕方がなかった。
花は、そこに咲いているからこそ美しく輝いているのだということを、やっと今わかった気がした。生きているのだ。花も草も…
≪たぶんきっと長くはないだろう…この命。
炎珠や朱雀が繋いでくれた命。兄様がやさしく支えてくれていた命。
死が訪れるまでは、ここで根を張って毎日を大切に輝いていよう。
今を一瞬一瞬を大事に生きるのだ。
たとえもう兄様に2度と会えないとしても…≫
宝珠は死に直面して小さな花にふれ、やっと本気で生きてみようと思った。