第四話〜西の洞窟〜
宝珠が目を覚ますとそこは洞窟。
辺りを見回すと、人が住んでいるようで必需品が一そろい揃っている。
起き上がろうとすると体中が鉛のように重い。ゆっくりと座る。
洞窟の入り口に影が見える。
人ではなく動物のような…逆光でよく見えない。近づいてくるとようやくそれが白い虎であることがわかる。
「…虎…さん…」
竹林で見た虎だ。
「起きたのか?」
虎が言葉を話す。そして次の瞬間人型を取り立ち上がる。
宝珠と同じくらいの年だろうか、大きく筋肉質な身体のまだ少年のような顔で、くりくりとしたつり目の美少年だ。
目を丸くしている宝珠のそばに寄り、あごに手を当て上を向かせる。
「オレは白虎。…あんたは?」
「ほ…宝珠…ですわ。」
だんだんと顔を近づけていく白虎。宝珠はもう少しで触れ合うほどに近づいてくる顔を、どうしていいのかわからず、身体をこわばらせ目をギュッと瞑る。
白虎はすっと手を離してしゃがみ、座っている宝珠と、目線をあわせる。
「こ…ここはどこですの?私…どうしてここに…」
ゆっくりと目を開けながら白虎にたずねる。
「お前…誰かに連れてかれそうになってたんで、オレがここまで連れてきた。なんか…追われてんのか?…やばそうな女だったぞ…」
宝珠は意識を失う前のことを思い出す。
”そういえば発作の最中、女の人の声がしたと思ったら意識を失った…あの女の人は誰?神殿って…何?”
ファネルは消えたはず。追われるとすれば魔が地上に出てき始めているのか?
「…白虎様には助けていただきましたのね。ありがとうございます」
宝珠は丁寧にお辞儀をしながら、白虎に礼を言う。
「…もう…帰らなければ…兄様が心配しますわ」
セオングが帰って来た時、自分がいないと、きっとびっくりするだろう。
ここにどのくらい居たのかはわからないが、早く帰らなければと思う。
そして宝珠が立ち上がろうとすると、白虎は袖を引っ張って止める。
「帰る事ない…あの男はお前を泣かせて出て行った。へんなやつから護ることもせずに。オレはそんな最悪なヤツのところに帰さないよ」
「…見てらしたの?…」
「オレならお前を笑わせて幸せな気分にしてやる。だから…オレの嫁さんにならないか?」
「よ…お嫁さんって…私にはまだまだ早いですわ」
真っ赤になりながら答える。
白虎は宝珠の全身をじろじろと見回しながら
「早い?…いつ結婚するつもりだよ。ばあさんになってからか?」
「し…失礼ですわ!!」
ぷぅっと膨れる…が今の自分を思い出して”あ”という顔をする。まだまだ自分の内と外の年齢の差に慣れない。
「そ…それにお兄様は最悪なんかじゃありませんわ。強くて優しくて思いやりがあって…」
色々を言いかけて胸がちくんと痛むのを感じる。
「…とにかく…私を妹のようにかわいがってくれていますの。」
「いもうと…??ふぅ〜ん…」
白虎は、ちょっと考えて言おうとしたことを飲み込み、にやっと笑う。
「ま…いいや。とにかく仲良くしようぜ。宝珠」
白虎は宝珠とはじめて会ったときのことを思い出して、話し始める。
「オレのこと見て、驚いたり、怖がったりしないヤツは初めてだった。そこが気にいったんだ」
そういいながら身体を引き寄せられ、抱きしめられる。
「お前…あったかくってやわらかいのな…それに…生きてる。竹林で目が合ったときは幽霊かと思った。もろく消えてなくなりそうで…それで確かめるためにもう一度お前のところに行ってみたんだ…そばで見て捕まえてそばにおきたくなった」
抱きしめられてどうすればいいのかわからない宝珠は、少し肘で抵抗しながら、話を別の話にそらす。
「あの…ところで…ここはどこですの?」
「ここは西の山。ホランギだ。」
にっこりと笑って答える白虎。
ホランギは宝珠たちが宿を取って泊まっていたソンスの宿から遠く離れている。馬でも1週間はかかる距離だ。
「…え…西?…ど…どういうことですの???わたしたち北へ向かっていましたのよ」
あわてて抱きしめられている白虎を引き離し目を覗き込む。
「だから言ったじゃん。さらわれそうになってたんで連れてきたんだよ。ここはオレの家」
白虎の胸に手を置き、ギューっと突っ張って一生懸命引き離そうとしている姿に、愛着を感じ白虎はニコニコしながら答える。
「……オレ…このままふたりで横になってもいいな♪」
少年のような笑顔を宝珠に向けてささやく。
「ふたりで横になってどうするんですの?寝る時間でもありませんのに」
洞窟の中からでも日は高く上っているのはわかる。
不思議そうな顔で白虎にたずねる。
「そりゃ…あんなことやこんなことや…い・い・こ・と するんじゃん」
さわやかなニコニコ顔で答える。
「…いいこと…?なんのことですの?…それよりお兄様のところに返してください」
まだ中身が少女の宝珠には男女の関係などわかるはずもない。
白虎に抱きしめられているのを何とか振り払い洞窟の入り口へ行こうとする。
腕を引っ張られまた白虎に抱きしめられる。
「帰すわけないだろ?…お前…ちょっと鈍い?」
「にぶ…鈍いってどういう意味ですの?!」
ぷんぷん怒っている宝珠を見てぷっと吹き出す。
「おま…かわいいのな。わかった。宝珠がいいって言うまで手は出さない。でも絶対オレの嫁さんにするから」
「いやです…やっぱりお嫁さんになるのは好きな方でないと…」
「ずっとそばにいればオレのこと好きになるさ」
白虎のまっすぐ見つめる瞳と、ストレートにぶつけてくる言葉に、なんだかまぶしくて、ドキドキして、宝珠は目をそらす。
「それとも一緒にいたあいつの事が好きなの?」
セオングの事を聞かれ、宝珠は少し寂しそうに微笑んで下を向く。
「……お兄様ですもの…それにお兄様には好きな方がいましたの。私のせいでいなくなってしまいましたけど」
ファネルの戦いからセオングは宝珠のそばで優しく付き添ってくれていたが、宝珠にはセオングが自分のなかにいる炎珠をいつも追っているような気がしていた。
その炎珠も宝珠の代わりとなっていなくなってしまった。宝珠は自分が殺してしまったようで、セオングに負い目を感じていた。