第二話 〜想いのすれ違い〜
ファネルとの最後の戦いで炎珠と宝珠は死んだ。
セオングの腕の中でだんだんと冷たくなってゆく身体。
どのくらい泣き叫んだだろう…声も涙も枯れてしまったようにもう何も出てはこない。
いくら泣こうが叫ぼうが帰ってはこないのだ。
今はただ真っ白でなんにも考えられない。
この手に宝珠を刺した感覚だけが残っている。
「すまない…」
血の気のなくなった白く透けるような宝珠の顔を見てつぶやく。
もう2度と笑顔を見ることも声を聞くこともない。
宝珠を横たえさせようと、刺さっている剣を抜く。
そのときだった。
赤い光が宝珠からあふれ、鳥の形に変わっていった。朱雀だ。
しかしその光は弱々しく、羽根を広げても宝珠の身体の大きさにも満たない。
セオングの胸も光はじめ、龍が出てくる。
セオングが驚いていると龍は「無粋だ」とセオングを眠らせる。
宝珠の上に折り重なるように倒れる。
龍は朱雀を気遣っているのか優しく取り巻くようにしてエネルギーを分けている。
「無理をしおって…」
龍が朱雀に話しかける。
「仕方がなかった…器交代のときを狙われては…」
器交代のとき、ファネルに宝珠の身体の中に封印されたのはかなりの負担だった。器交代とはいえ、器である人物の身体に封印するわけではないのだ。
ファネルは宝珠を我がものに出来ず、朱雀の力を手に入れられぬことがわかると、朱雀の力を弱めるためにあらゆる穢れという穢れを宝珠にかけた。
それは過酷なもので純粋無垢な少女には耐えられるものではなかった。
朱雀は宝珠を護るために宝珠と自分の一部を融合させ別人格を作り出し、宝珠をl眠らせ(封印)た。弱っていた上に無理を重ねたのだ。
「もう少し無理をしようと思う…青龍、手伝ってはくれぬか?」
青龍に頼む。
「何をするつもりだ?」
「この娘…助けようと思う。本来なら幸せに暮らしているはず。器交代のときに襲われさえしなければ、ファネルに操られることもなかった」
「ばかな!!たかが人間の娘一人のために!!」
「この娘。先ほど私の力も借りずにファネルのエネルギーを押さえ込んだ。そして自らの死を覚悟の上でお前の剣を受けたのじゃ。こんな人間ははじめてじゃ。人は未熟でおろかではあるが、この娘が最後に選択するのはなんなのか、みてみたい」
「そんなことを言っている場合ではない。お前こそかなり無理をして傷ついて…私はこの者よりお前のほうが心配なのだ。わかるだろう?」
じっと見つめあう瞳。
「すまない…いつも青龍には無理を言って困らせておる気がする…私は大丈夫。自分が消えてしまうほどの無理はせぬから…それに宝珠の魂は刺される直前に炎珠が入れ替わった。だから宝珠の魂自体は傷ついてはおらぬ」
「わかった…お前がそこまで言うのなら。しかしお前と私だけでも傷を塞いで魂を呼び戻すくらいしかできぬぞ。ファネルに受けたもろもろの影響は今後も残るだろう。それによっては死もありえるかも知れぬ。お前の力が十分に働かぬのだから。それに…お前もしばらくは動けぬぞ」
朱雀はうなずくと龍と共に宝珠の傷の手当を始めた。
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眠っている宝珠のベッドに宝珠を見つめながら座っているセオング。
朱雀が宝珠の中で眠ってしまった後、龍に起こされ、すべてを聞いた。
龍から宝珠が生き返ることを聞いて、どんなに安堵し、喜びが沸いてきたことだろう。
しかし、もう何日も目を覚まさない。少し心配なセオングは自分の手を宝珠の手に優しく包むように重ねている。
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鳳家の宝珠の部屋。
…突然現れた黒いものが、宝珠に剣を握らせる。
母を殺し、廊下を歩きながら次々と家のものを殺し、父を殺し、妹の春欄の胸を貫く……
宝珠は一生懸命抵抗するが止める事はできない。
人々の驚きの表情、抵抗する間も与えず、目の前で倒れてゆく人…人…人…瞳からは光が失われ…飛び散る血しぶきが宝珠を…周りを赤く染めてゆく。肉を絶つ感触や骨にあたる感触が生々しく手に伝わってくる。
そしてかわいい妹、春欄の胸から剣を引き抜く。飛び散る血が宝珠にかかる。
「いやぁぁぁぁぁ〜〜」
叫びながら目を覚ます。それまでの景色が消えた…夢だ。
気がつくと体が重く動かない。まるで身体が鉛のようだ。動悸もするし、体中の感覚が敏感になっていて、身体に触るものすべてが痛い。
それに頭がボーっとして何も考えたくないし、見たくない。
「大丈夫か!?」
セオングは目を覚ました宝珠を心配そうに覗きこむ。
「よかった…ほんとうに…」
そういいながら安堵の顔を浮かべ、髪をなでる。
触られるだけで、激痛が走る。痛いけれど声が出ない。代わりにうめき声を上げる。
「す…すまん…大丈夫か?痛いのか?」
手を離し、心配そうに宝珠を見る。
それから1週間。
宝珠は眠るとすぐに夢を見てうなされ、叫び声をあげながらおきる。昼間は薬の発作で体中を震わせる。ほとんど眠れない状態だ。
起きている間は、一言も話さず、食事も水も飲まず、目には生気がなく、どこを見ているのかいつも空を見ていて、目に見えてやつれていった。
あの純真無垢でほんわかと、いつも前向きな宝珠はどこにもいない。
話しかけても何の反応もなく、頬はこけ、かさかさな唇。死が間近に迫っているのがわかる。
セオングはあせった。
医者に見せても、生きる気力が失われていて、食事をしないのではどうしようもないと、言われるだけだった。
”生きる気力…”
自分の手で自分の意とは反して家族を殺してしまったショックをどうやって癒し、気力を湧かせろというのだろう。
セオングは毎日祈る気持ちで宝珠の目の前に水を差し出す。
口元に持っていき、流し込もうとするが、口の端から流れていくだけだった。
生気にあふれ、ふっくらした頬とピンク色をした唇は、今はどこにもない。
「お願いだから飲んでくれ!!」
たまらず大声を上げる。宝珠は相変わらず空を見ている。
「炎珠も朱雀も君を護ってくれたんだ。このまま死ぬつもりなのか?!」
「朱雀…どうすればいい…どうすればいいんだ…」
宝珠の胸の辺りで赤く光るがすぐ消えてしまう。朱雀でもどうしようもないようだ。
セオングは思い切って水を口に含み、祈るような気持ちで宝珠へと口移しで水を流し込む。
”お願いだ…飲んでくれ…”
ごくっ
飲み込んだ音を聞き唇を離し宝珠を見る。
目と目が合う。目を覚ましてから初めて宝珠がセオングを見る。
「お…にいさま…」
呆然としている宝珠だが、確かにここにいてセオングを見ている。
さっきまでのどこにいてどこを眺めているのかわからない宝珠ではない。
「生きてくれ!家族がなくて生きる意味がないというのなら私が家族になろう。私が宝珠を護るから。もう目の前でお前が死ぬのを見るのはいやなんだ!」
宝珠の口の中、水が喉を潤し、宝珠の体中に暖かいものが行き渡るのを感じる。
もう水分など残っていないはずなのに目からは涙が溢れ出す。
父と母と妹を失った悲しみ。自分があやめてしまった自責の念。家族を失い一人になってしまった喪失感。
すべてが入り混じり涙となって流れていく。
目の前にいるセオングが宝珠を抱きしめる。暖かい。
「そばにいるから…これからはずっとそばにいるから…私が宝珠の家族になるから…」
涙の止まらない宝珠の耳もとで優しく抱きしめながら何度も何度もささやく。
それから少しづつだが宝珠は食事をするようになり、徐々に体力が回復していった。
相変わらず発作と悪夢は見るが、そばにいて抱きしめると、しばらくして安心して眠るようになった。