第十一話
白い雪景色。
あたり一面が真っ白な世界。ここが森なのか草原なのか、町なのか山なのかそれさえもわからない、凍った世界。
空からはさらに雪が降り、白く白く染めてゆく。
静寂の中、さくさくと新しい雪を踏む音と、自分の息の音だけが聞こえてくる。
ここは天国だろうか。雪の中にいるのに冷たさも寒さも感じない。
歩いてきた足跡を振り返ると、すでにもう空からの雪で埋まりかけている。
宝珠の頭にも肩にも雪が積もっている。うず高く積もっては振動に耐え切れず崩れ落ちるのだ。
なぜここを歩いているのか、ここはどこで、何をしに、どこへ行こうとしているのかもわからない。
それでも一歩ずつ足を進める。
風が吹き、そばを何かが通った気がした。
立ち止まり気配をうかがう。
「…… ……」
誰かが…何かを言ってるような音。風が何かに当たっている音だろうか。
だが妙に懐かしいような、うれしいような、切ないような音だ。
誰もいない空間。
”きっと私は死んであの世と呼ばれるところに来てしまったのだ…”
そう思ったときだった。
ちりちりと胸が痛む。
羽根を閉じ、シールドに守られた朱雀が、宝珠の胸からでてくる。
それを手のひらに載せ、話しかける。
「朱雀さん…ごめんなさい。あなた方にに助けていただいた命でしたのに無駄にしてしまったようですわ」
朱雀からは何の返事もない。
「力を使って眠ってしまわれているのですね。私に少しでも返せるものが残っているのなら…お返しいたしますわ」
そう言うと宝珠は目を瞑り体中のあらゆるエネルギーを朱雀へと注ぎ込む。
そのうち力が抜け膝を落とし、雪の中に仰向けに倒れる。
朱雀はそのエネルギーを受け、目覚め、羽根を広げる。
だがもとの姿には及ばず、手のひらに乗るくらいの大きさだ。
「ごめん…なさいね。これくらいしか…私にはできませんわ」
謝りながら、まだエネルギーを朱雀へと向けている。
足先からだんだんと透明に薄れてゆく宝珠。
「ばかなことを! やめぬか! 宝珠!」
「いいんですの。もう…思い残すことはありませんわ。お兄様には…最後に…一目…お会いすることができましたもの・・・」
そう言うとゆっくりと目を閉じる。
だんだんと身体全体が薄れ、下の雪が透けてみえる。
朱雀は少しずつ大きくなり、そばにある大きな雪の塊の上に乗っている。
「やめぬか! 宝珠!!」
朱雀は必死に受け取るまいとするのだが、宝珠はもう朱雀へとすべてをささげることを決めてしまっている。
ほとんど薄れてわからなくなっている顔だが、かすかに微笑んでいるのが見える。
宝珠の姿がすぅっと消えかけたそのときだった。
一陣の風が吹き、当たり一面の新雪を巻き上げながら雪が空へと舞う。
今まで降っていた雪がやみ、空から光りが差し、消えかけの宝珠を包み込む。
青い光が宝珠の内側からあふれてくる。同時に宝珠の身体がはっきりとする。
しかし宝珠は、目を瞑ったまま、目覚めようとはしない。
宝珠を見つめる朱雀。
宝珠から伝わってくる青い光は青龍のものだ。朱雀も答えるように宝珠に向けて赤い光りを放つ。
宝珠の周りでそれは交じり合い、紫色へ変化する。
それまで曇っていた空も、光りが広がり、だんだんと雪も融け始め、あたりの景色を顕にしてくる。
緑の森に草原。光でキラキラと光っている。
そしてその光は、すべての雪を融かしてしまった。
雪が融け、初めてここはボンファングの原っぱであることがわかる。
それでも宝珠は目を覚まそうとはしない。
”だめなのか…”
そう朱雀が思ったときだった。