教育施設
ここ、極楽は以前栄えたと言われる和の国をモチーフに作られた街である。
和の国の正式名称は教育施設で見ることのできるデータベースには載っておらず、授業でも知らされてはいない。
和の国の文化に興味津々なコジロは幾度となく教師型アンドロイドに正式名称を訪ねたが、教えてくれることは無かった。
気になることがわからないのに別のことをどんどん詰め込まれていく。
コジロの勉強嫌いはそういうところから始まったのかもしれない。
教育施設前の広い並木道を歩きながら周りを見渡す。
同じ制服を着た学生達が同じ方向へと向かっている。年齢はまちまちだが、大人と呼べる顔つきの学生はいない。どの学生達もコジロとコユキと同じく、男女のペアで歩いている。
コジロとコユキと同じく、若い学生ばかりだ。
「どうしてこの街には大人がいないんだろうな。」
「さぁ。どうしてでしょう?言われてみれば小さな頃から教師型アンドロイド以外の大人は見たことがありませんね…。」
教育施設に辿り着くと、ひとまず食堂へと向かう。食堂には自動販売機があり、当然冷房も効いている。
二人は当初の予定通り、少し休憩することにしたのだ。
食堂にはすでに夏の熱気から逃れようと涼みに来た学生達がたむろしていた。
「コユキ!200円くれ。」
そう言ってコジロは右腕に嵌めた腕輪をコユキに向けた。
そうすると、腕輪の少し上の位置に、0という数字が投影された。
「はいはい。ちょっと待ってくださいね。」
金銭の管理は、勘定の得意なコユキが担当している。
コユキは鞄から何やらカードの様なものを取り出すと、取り付けられている液晶に200と入力してコジロの腕輪にタッチした。
チーンと、音がなり、コジロの腕輪に金銭がチャージされる。
投影された数字は200になった。
「サンキュー!コユキ。
今日はどれにしようかな。」
コジロの正面にある自販機には様々な飲み物がある。人気どころでいうと、コーラだったりスポーツ飲料なんかも割と人気の商品ではある。
「うーん。
やーい!お茶もいいが、綾雉も捨てがたい…。」
「何迷ってるんですか?お茶なんてどれ選んでも同じですよそんなことより私のカフェオレを早く買ってください。」
どうしてコユキは自分で自分の飲み物を買わないのかというと、身長の問題で一番上にあるカフェオレのボタンに手が届かないからであった。
「はいよっと。」
コジロがボタン二回を押すと、とても甘いカフェオレと綾雉と記載のあるお茶が自販機から出てきた。
言うまでもなく綾雉はコジロの飲み物である。
「はい。どうぞ。」
コユキが自販機から綾雉をコジロに手渡す。
「ありがとな。」
「いいえ。」
二人は日の当たらない通路側の席に座り、しばし談笑をしていた。
しばらく経つと、別の席から何人かの学生がコジロとコユキの方に歩いてくるのが見えた。
「よぅ!今日も暑いなクソ和の国かぶれ!元気か?」
「あ?なんだ。ギターバカか。それなりだよ。」
コジロに話しかけて来たのはコジロと同じくらいの身長の男子学生。
背中には大きめの縦長の袋を背負っており、とても不満げな顔をしている。
「何回言えばわかるんだよ。俺の楽器はベースだって言っただろ?せめてベースバカと呼んでくれ。」
「違いがわかんねぇんだよ。どっちでも同じだろ?」
コジロはめんどくさそうに言った。
「相変わらず雑だなぁ。コユキも苦労してるだろ?
ところで今日暇?よかったらランチでもどう?」
「い、いえ。遠慮しておきます。」
コユキは遠慮がちに返答した。
「大丈夫。俺が奢るから!和の国の事しか考えてないコジロのことなんておいておいて俺と遊ぼうぜ!」
「いい加減にしな!ケイ。」
ケイと呼ばれるベース男子に話しかけて来たのは髪の毛を真っ赤に染めたパンキッシュな女子学生だった。
彼女も縦長の袋を背負っており、片手には小さめのハードケースの様なものを持っている。
ちなみに身長はコユキと同じくらいである。
つまり小さい。
「げ!アカネじゃん!もう来たのか」
「げ!じゃないよ!
コジロ。コユキおはよう。
うちのケイがすまないね。」
「なんだよアカネ。別になにもしてないだろ?」
「初っ端の挨拶がクソ和の国かぶれってなんだよ!いきなり喧嘩を売りすぎなんだよあんたは!」
「ちょっと屈みな!」
「ん?なんなんだよ…。」
そう言いながらもケイは少し屈む様な姿勢になった。
アカネは叩きやすくなったケイの頭を思いっきりしばいた。
「痛って!何すんだよ!」
「よそ様に失礼した罰だよ!ほら。もうすぐ始業時間だ。さっさと教室に行くよ!」
そう言ってアカネはケイの手を引いて食堂から出て言った。
「相変わらず嵐の様な二人ですね。」
「だな。」
コジロとコユキは疲れた様な表情で言った。
奥の方から罵声が聞こえる。
「しかもさっきコユキをナンパしてだろ!」
「うう。悪かったって!アカネはもちろんかわいいよ。」
「へ?」
「でも、コユキもかわいいのがいけないんだよ!」
「ったくあんたは…。ちょっと屈みな!」
再びケイの頭をしばく音が食堂に響いた。
「俺たちもそろそろ行くか。」
「そうですね。行きましょう。」
ちょうど飲み物も空になり、コジロとコユキは自分達の教室へと歩き始めた。