はじめまして!
我輩は猫である。
名前はあるが、戸籍はない。
ある朝目覚めたら、猫ではなく人間の男になっていました。常々、人間になりたいと思っていた僕としては「やったあ!」という気分で、それはもう嬉しくて、寝ていたベッドから飛び起きてリビングをぐるぐる走りまわっていたんだけど、その音で起きてきた飼い主のお姉さんがものすごい悲鳴をあげてさあ大変。
「ぎゃーーーーーーー!!! 全裸の男!?!? 空き巣!? いや、露出狂!?!?」
「!?」
そのままその辺にあった本だとかクッションだとかぬいぐるみだとか手当たり次第に投げてくる。
「あっ…!それ僕のオモチャ…!」
お気に入りの猫じゃらしを投げられて、思わず飛びつこうとしたら、頭に本がぶつかってしゃがみこむ。
「ひどいよ〜、カナ〜〜」
「初対面なのに、呼び捨て!? フレンドリー気取ってればなんとかなると思ってやがるんですか!」
「えええ〜〜?」
意味のわからない方向に、怒られて混乱する。いつも優しいご主人さまとは思えない。
「初対面じゃないよ。僕とカナは毎日一緒だったじゃない」
「なにそれ。君は運命の相手だ。離れていても心はともにあるよってこと!?」
「うううううん??」
なんでそんなに怒ってるの?
首を傾げて見つめてみると、「うっ」とカナが呻いた。
「そんなうるっとした目で見てもダメよ! 最強プリティフェイスでおねだり出来るのは私のミドリだけ!!! ってそういえばミドリは……?」
リビングを見回して、何かを探す様子をしている。
「ミドリ〜〜? ふわふわもふもふのかわいこちゃんはどこ〜〜」
呼ばれて、つつつっと側に寄る。そのままパジャマの袖を引っ張ると、睨みつけられた。
「あんた。ミドリに何したの……?」
そんな怖い声出せたんだってくらいの低い声。
思わずびっくりして、瞬きをする。
「ミドリは僕だよ?」
「は?」
「僕だよ、カナ」
「……」
「怒らないで?」
キラキラ。
お願いって気持ちを込めて見つめると、カナは完全に固まった。
「ミドリは猫だよ。白くてふわふわで可愛い」
「うん。人間になったんだ。ずっと人間になりたいなって思ってたから、きっと神さまが叶えてくれたんだね」
「猫は人間にならない」
「でもなった。これでカナの23のお誕生日を祝えるね」
「え」
「一人の誕生日は嫌だってカナ、言ってたでしょ」
「なんで知ってるの……」
昨日、カナが僕のブラッシングをしながら呟いてたもん。知ってるよ。カナは寂しそうで、僕は少し悲しかった。
「カナ、おめでとう」
びっくりしたカナは、ぽかんと口を開けて、そのあと寝室に戻ると、カナが着てるパジャマより大きなパジャマを持ってきた。
「とりあえず着て」
「うん」
青いストライプでいかにもパジャマです!って柄のソレに腕を通して、にこりと笑う。嬉しい。服を初めて着た。
「お揃いだね」
「へ」
「カナと僕」
「ああ、うん」
「似合う?」
カナはじっと僕を見つめて少し苦しそうにした後に、小さく「うん……」と呟いた。
「カナ、どこか痛いの?」
「痛くないよ」
「でも、苦しそう」
「なんでもないよ」
そういうカナがちょっと無理をして見えたから、僕はカナの手を握った。
「僕がいるよ」
これが、僕が初めて人間になった日の朝の話。
ここから、長くて短い二人の暮らしが始まる。
「それでどういうことなのか、ちゃんと説明してね?」
「僕。難しいことは分からないんだけどなあ」