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シリィ・カーニバル  作者: 羽瀬川よーでる
第1話 飢えた洞穴との戦い
4/8

1-4 遭遇

「なにあれっ? なにあれっ? なに、あれぇっ!?」


 死霊渦巻く汚れた霊場、それ自体が意思を持ち、魔物になった。昼間に遭遇した泥の魔物は洞窟(あそこ)から這い出てきたもの。もはや個々の自我など溶けた群体、いくら倒してもキリがない。

 などと全力疾走している最中に解説する余裕はない。やかましく泣き叫びながら(つまず)きもせず全力疾走できるレクトと違って、カイの身体能力は遺跡調査のために鍛えていても良識の範疇を出ない。携帯灯(ライト)を掲げなければ前も見えないし、普通に息切れする。

 それでも逃げられているのは長い脚幅(リーチ)と、泥の群れの動きが鈍いおかげだ。だがいつまでもは保たない。何か、手を打たねば。


「ごはんっ? 僕のごはん(スープ)のせい? ごはんが美味しそうで出てきたの? 美味しいって罪なの? そんなはずないよっ! そうだよねカイっ!?」

(ぅるっせぇ)


 出現(エンカウント)したきっかけ(タイミング)を考えるとレクトの供物(スープ)に惹かれた可能性は否めないが、洞窟に近づいたわけでもないのに襲ってきたのは不可解だった。理由はいくつか考えられるが、決定打には足りないし、悠長に考えている時間もない。


「おっにごっこー♪」


 事態の深刻さを理解していないのか、それともしていてこうなのか、前方を走るランに緊張感はカケラもなかった。いかにも走りにくそうな厚底の靴、椀を落とさず水平に持ち上げた姿勢のまま、おまけにどういう理不尽か中身(スープ)を一滴もこぼすことなく、灯りもなしに誰よりも早く谷底を駆け上がる。

 その後に追随するネリアは、対照的に洗練された走り(コンパクト)だった。小さい挙動で地を蹴り、軽やかに闇を走る。カイのように灯りを手にしているわけでもないのに、石に躓くこともなく岩の隙間に身を躍らせた。


「こちらへ!」


 言うと同時に、しなやかに躍った手首が光るものを放った。カイの携帯灯を浴びて煌めいたそれは、紫に光る花を詰めた硝子(ガラス)瓶。硬いが脆いそれが汚泥の前で砕け、魔除けの霊菫(はな)が瘴気に反応して光を燃え上がらせる。

 追いついた魔物たちが、破魔の光を前に塩を浴びたナメクジのように怯む。近づきすぎた触手が萎れ、砂になって崩れるのが見えた。


「あっ、ありがと、ネリア。たすかっ」

「ってませんよ。すぐに燃え尽きますから、その前に方針を固めませんと」


 ネリアの言葉通り、瘴気に触れた花は見る見るうちに萎れて焦げていく。光は今のところ勢いよく燃え盛っているが、あと数分と保つまい。

 砂利を蹴散らしながら岩陰に到着したレクトの横で、カイは息を整える。横たわって思う存分酸素を貪りたいが、そんな余裕はない。

 火照った肺に冷たい夜気を取り込みながら、告げる。


「逃げるぞ。あんなもん、少数精鋭でどうこうするもんじゃない」

「えっ、ダメだよ、そんなの!」


 どうせ食料を谷底に置き去りにしたのが心残りなのだろうと思ったカイに、レクトは必死になって告げた。


「だって、あの人達、お腹が空いて、僕たちに助けを求めて洞窟から出てきたんでしょ? なら、助けなきゃ!」


 死霊の具現である魔物は、存在するだけで霊力を消耗する。呼吸をするために霊力を、動くために霊力を、ただ生きるために霊力を必要とし、霊力が涸渇すれば存在を保てず自壊する。魔物が人間を喰らおうとするのは、その血肉から豊潤な霊力を奪えば、それだけ死を遠ざけられるからだ。

 レクトの熱い言葉に、軽やかな声が追従した。


「レクトさんに一票。このままおめおめと逃げ帰ったら、査定に響きますし」

「ネリア……!」

「お前、仮にも神官がそんな動機(モチベーション)でいいのか」

「私が利益(ビジネス)抜きの提案をしても胡散臭いだけでしょう? ランさん、は」

「がんばるーっ!」

「だそうですが、カイさん?」


 三対一。能天気に(スープ)を頭上に掲げたラン、怜悧に自分の利益を追求するネリア、ネリアの賛意を得て熱く決意をみなぎらせるレクト。誰を説得するのも無理だし、そんな時間もない。

 最後の甘露とばかりに呼吸を飲み干して、カイはレクトに告げた。


「言い出しっぺはお前だ。働けよ?」

「うん、任せて!」

「よし。ラン、とりあえず(それ)は地面に置け。もしくは捨てろ。いっそ飲め」

「はーい。おとどけものでーすっ」

「ああっ!? 公国(コノラノス)中央神殿御用達の天然木製汁椀んんん!!?」


 躊躇なく円盤(フリスビー)のようにランが投げた(スープ)が、(ひかり)の向こう側で泥の水面に波紋を立てる。

 ガックリと肩を落としつつ、そのために取り分けたものだしとレクトは自分を慰めた。せめて美味しく食べてくれたら良いのだが、水面に浮かぶ人面に特に満たされた様子はない。外に出しっ放しだった鍋が心配になる。

 麻袋には魔除けを仕込んでいるが、鍋にそういった防護はない。大丈夫だろうか。いや、鍛えた鋼には魔を払う力があるとネリアが言っていた。信じよう。まずは、自分たちが魔物を倒さなければ、鍋を迎えに行くこともできない。

 今にも燃え尽きそうな花を決然と見つめるレクトのつむじに、三つの声が重なって落ちる。


「じゃあ、がんばって生き残れ」

精霊のご加護を(グッドラック)

「びゅんびゅん♪ いっとうしょー♪」

「ほぇっ?」


 頭上を見上げる。夜空にランのマントが羽ばたき、ランの細腕にネリアとカイがぶら下がって、空を飛んでいく。

 レクトを谷底に置いて。


「えっ、あの、ぇっと、みんな、これって、その、うわぁああああああああっ!?」

『ゔぐぉおおおおおおっ!!』


 光が消える。足止めされて渇望を深めた汚泥(モンスター)の群れが、獲物(レクト)に向かって殺到する。

 一秒前までの決意も勇気も忘れて、レクトは踵を返し逃げ出した。




次回更新:7/24(火)18:00

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