即興小説 #輝く竜の鱗の物語
元ネタからの構想→本編執筆→校正1回→投稿までで40分くらい掛かりました。
【お腹を空かせた人間の子供を見かねた竜は「これをお売り」と、その身から輝く鱗を一枚剥がして手渡しました】
上記から続く物語を執筆しなさい。ただし「鱗目当ての人間が竜を狩りに押し寄せて来る」バッドエンドを用いてはならないものとする(記述/15点)
https://twitter.com/comori_uta/status/964687640774651905
を参照。
白く消え入りそうな雪が曇天の空から降り続けている。
眼前に広がるは銀世界。
耳朶を刺激するのは自分自身の吐息と雪を踏みしめる足音。
「はぁ……っ……はぁ……うっ……」
まるで他人が呻いているような感覚。
すでに私が私で無いような感覚。
嗚呼、私はもうここで死ぬのだろうか。
なんて、他人事のようにさえ思えてくる。
「くっ……ぁ……」
雪に足を取られ、身体が地面へと叩きつけられる。
けれど、何も感じない。
叩きつけられた痛みも、冷たさも。
感覚が死んでいる。
「はっ…………は………」
自分の呼吸すら聞こえなくなっていく。
それと比例しているのか、瞼も重みを増していく。
白から黒へ、意識が切り替わる。
違う、意識が切り替わるのでは無い、意識が途絶えるのだ。
それは確信だった。
私は何も抵抗する事無く、死を受け入れた。
鼻孔を刺激する匂いと、身体を包み込むような温かさで意識が覚醒するの意識した。
ゆっくりと瞼を開けて行く。
見知らぬ天井がそこにはあった。
「おや、起きたのかい、嬢ちゃん」
「ぇ……あの……っっ!?」
声の元を辿ると、そこには形容し難い人間がいた。
いや、人間では無い。
ならば何なのだろう?
銀色に光る鱗を携えた爬虫類だ、しかも言語を発している。
「ひっ……あっ……っっ」
「なんだい、そんなに怯えて。平気だよ、取って食ったりはしないから安心しな」
理解出来ない現状の為か、震える身体を止める事が出来ない。
あれは何だ?
どこかで見た事があるような。
私はかつて見た記憶という記憶を手繰り寄せる。
数秒の後、その記憶の中に合致する存在を思い出した。
『大国を滅ぼせし忌避すべき銀竜』『赤眼と黒翼を携えし銀竜』『銀竜の身体、即ちそれ全てが財宝』等である。
つまりは伝説の存在だ。
「あぅ……うぅっ……」
すでに死んだとばかり思えた意識が活性化していくのが理解出来た。
これは恐怖だ、紛れも無い恐怖。
「だから怯えすぎだって、アンタを殺す気や食う気があるなら介抱なんてすると思うかい?」
「いやっ……やだ……あっ、うぅぅっっ!!」
目の前の銀竜の言葉が言葉として認識されない。
身体中の毛穴という毛穴が広がっていくような感覚。
爬虫類めいた赤い眼光がこちらを射抜いてくる。
けれど、身体が動かない。
寒さのせいか、恐怖のせいか判断が出来ない。
「アンタ、寒さと空腹のせいで頭が回ってないんだよ。これ作っといたから食べな」
銀竜がゆっくりと立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
身の丈は3M程だろうか、歩みを進める毎に重い足音が部屋に響き渡る。
「ほら、ビーフシチューだよ。毒も何も入って無いからお食べ」
銀竜の持っている皿には事実、ビーフシチューにしか見えない食事が盛られていた。
思わず涎が垂れそうな匂いだ。
「ほ、本当に……信用していいの……?」
「アンタを騙す理由がどこにあるんだい? いいから食べな、そのままだと本当に死んじまうよ?」
喉がゴクリと音を立てる。
本能には逆らう事が出来ない。
私は震える手を差し伸べ、皿とスプーンを受け取り、それを口へと含んだ。
温かい、美味しいという感覚で満たされていく。
改めて、まだ生きているんだという実感がわいてきた。
「あむっ、んぐっ、ずずっ」
ビーフシチューの中に入っている肉やジャガイモ、ニンジン。
全て慣れ親しんだ味だった。
決して忌避された存在が作り上げたものとは思えない。
ふと、皿から目を離し、銀竜を見やると穏やかな目と口元が入り込んできた。
この銀竜は優しい、敵意なんて無い。
伝説で語られているような悪意なんて欠片も無い。
私の心がそう告げていた。
ビーフシチューを堪能し終え一息ついた時、銀竜が口を開いた。
「嬢ちゃん、この鱗を売りな。国に見せれば大金を払ってくれるだろうよ」
「えっ……?」
「伝説の一つや二つあるんだろ? 私は別にそんな国を滅ぼすだの人間を殺すだのしたりはしないが……先祖の竜達はやっていたってのは噂で知ってる。それを利用してやればいいのさ」
「で、でも……」
「なら聞くけど、どうしてあんな大雪の中歩いていたんだい? 正気じゃないだろ?」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
恐らく、本気で心配してくれているのだ。
だからその鱗を売って生きる糧にしろと。
「わ、私は……私にはもう何も無いんです……」
「何も無い?」
食事で潤ったはずの口内が掠れていく感覚。
「今、町は大寒波で流通が全く無い状態なんです……それ以前にお金も無くて……一日にパン一枚食べれればいい程で……何の為に生きているのか分からなくなって……」
「だからって何でわざわざ死ぬような真似をしたんだい? おかしいだろ?」
「飢餓でジワジワと死ぬくらいなら……凍死した方が……楽かなって……」
重い溜息が漏れるのが聞こえた。
私では無く、銀竜の口からだ。
「別に生きるのが義務だとか、死ぬ事は悪い事だなんて言うつもりは無いよ。でもね、アンタまだ子供だろ?」
「は、はい……」
私は自分で自分の胸元を押さえつける、ほとんど無いに等しい胸だがほんのりと女性を感じさせる程度はあるかもしれない。
「別に胸の事を言ったわけじゃないよ」
「あぅ……」
「とにかくね、そんな簡単に死を選ぶなって事だよ。死ぬ寸前になって後悔したらどうするんだい? 生きたいって思っちまったらどうするんだい? そうなってからじゃ遅いんだよ?」
「で、でも私は……意識が遠のく瞬間にこれで楽になれるんだって思えましたっ」
嘘では無い、事実死ぬ瞬間に安堵した程だ。
「それは結果的にだろ? もし今度同じような事をして生きたいって思った時どうするんだい? どうせ死ぬなら死ぬほど頑張ってみればいいじゃないか」
「それは……根性論です、精神論です! し、食事と寝床を用意してもらったのは感謝してます。でもそれとこれは違うと思います!」
「そういう事じゃないんだよ、嬢ちゃん」
「ど、どういうこと……ですか?」
窓からチラと外を見やると、先程までの豪雪はおさまっていた。
雲も晴れ始め、太陽がその顔を覗かせている。
「困った時には誰かを頼ればいいんだよ、別の方法を探せばいいんだよ」
「そんな人……どこにもいません……」
「本当かい? 誰かに助けて欲しいって言ったのかい? それで何もしてくれなかったのかい? こんな嬢ちゃんを放っておく大人ばかりの町なのかい? それならそんな町抜け出して他の町に行っちまいな」
「そんな物乞いみたいな事……」
「それでいいじゃないか、少なくとも私はそう思うね」
銀竜は腕組みをし、顔を横へと向けた。
しかし、その目はこちらを伺っている。
本気で心配してくれているのがありありと理解出来た。
だからこそ思ってしまった。
生きて、いつかこの銀竜さんにお礼がしたいと。
「あ、あの……」
「なんだい」
銀竜さんは横を向いたままだ。しかし声色は柔らかい、温かい。
「私、まだ生きたいです……た、助けて……欲しいです……」
顔中が熱い、生き恥を晒しているようだ。
それでも、銀竜さんに生きろと言われた。
恥じてもいいと言われた。
「なに恥ずかしがってるんだい、生きる事は恥ずかしいのかい? 恥ずかしくないだろ? もし馬鹿にするような奴らがいるなら私がくい────」
「いえっ! もう、恥ずかしくないですっ」
こんな優しい銀竜さんにそんな言葉は言わせたくない。
無理やり嘘を言わせたくない。
「銀竜さんの鱗……頂けますか……?」
銀竜さんは少し痛みを堪えるような仕草をしたのち、その輝かしい銀の鱗を私に手渡してくれた。
生きるという選択肢を与えてくれた。
私はこれからも抗い続ける。
こんな絶望に満ちた世界でも光があると知ったのだから。