初めての魔法使い
『え?あ、ハイ。よろしくお願いします。テント先生。』
覚悟を決めて対面した相手は、今も優しく微笑んだまま、真っ直ぐこちらを見据えている。その表情は、自分が想像していた物とは大きく外れた物で、名乗るのも忘れてつい素の反応が出てしまった。
男としては、少し痩せ型の体型と、童顔か女顔か、いやそのどちらとも正しい様な顔立ちが、この人物の穏やかそうな雰囲気をより増長させている。正直肩透かしを食らった心地である。
そんな理不尽かつ不当な評価を心の中で受けている当の本人はというと、此方を見据えたまま微動だにしない。徐々に隣に立つセシィの雰囲気がトゲトゲしくなるのを感じる。え、もしかしてそう言うことなのだろうか。もしかして少女が趣味の紳士なのだろうかと、より一層ひどい評価をしてしまいそうになったところで、もう一度声をかけてみる。
『…。先生?』
しかしやはり反応は乏しく。単純に此方になにか粗相があったのではないかと考え始めたところで、ようやく相手は反応を見せた。
『はっ!すみません。先生などと呼ばれたことなかったため、少し驚いてしまって。これは大変失礼をしてしまいました。』
そう言うと目の前の人物。テント先生は嬉しそうに目を細めて笑う。その表情には嘘のないように見える。依然としてセシィはトゲのあるオーラを纏っているが、こちらはもう気にしなくても良いだろう。
『馴れ馴れしかったでしょうか。お嫌でしたら、直させていただきますが。』
『いえ。好きに呼んでくれてかまいませんよ。もっとも、先生などと呼ばれる程の事を教えられるかは分かりませんが、精一杯努めますので、改めてよろしくお願いします。』
『はい!こちらこそよろしくお願いします!』
元気よく挨拶をすると、また先生は優し気な雰囲気を醸し出す。その雰囲気を見て敵意はなさそうだと判断したのかしないのかセシィが私に話しかけてくる。
『では私はお部屋の前で待機させていただきます。何かございましたらお呼びつけください。』
そして回れ右して部屋から出ようとして、
『男はハゲ散らかした狼ですよ。お嬢様。』
などと訳の分からない呪詛を俺の耳元でささやいて去って言った。
今頃彼女は扉に耳をくっつけていることだろう。そうに違いない。呪詛を聞き流したうえで、セシィが去った後の扉をみる。その目が自然と冷ややかになってしまうのは、すっかり彼女の奇行にも慣れてしまったということだろう。時間の無駄なことこの上ない考察を頭の中から振り払い。先生の方へ向き直して、早く授業を始めましょうと目で訴える。
すると俺の気持ちを察してくれたのか先生は軽くうなずく。
『では早速、魔法のお勉強を始めましょうかリリィ様。いきなりですが、リリィ様は魔法とはどんなものだと考えておいででしょうか。』
『えっと、強くて便利なものでしょうか?』
我ながら稚拙な表現である。しかし、先生は納得したように、再度うなづく。
『そうですね。その通りです。魔法とは使いこなせれば生活を遥かに豊かにします。しかしその一方で使いこなされた魔法はいとも簡単に様々な物を破壊します。だからこそしっかりと理解した上で、制御する必要があるのです。』
そう言うと先生は左手でペンを浮かせながら右手で小さな火球を作って見せる。
『すごい!』
始めてみる本物の火球につい大きな声を挙げてしまう。それにしても両手で別々の魔法を使うなんて、これが使いこなされた魔法ということなのだろうか。やはり目の前の人物は、自分が憧れる魔法使いなのだと再認識する。
『大したことありませんよ。しっかり学べば、これくらいはすぐ出来るようになります。』
『本当ですか!どうすれば良いのでしょうか先生!』
元気の良すぎる返事をしてしまい、笑われてしまう。少し恥ずかしいが、自分が先生と同じように魔法を使う姿を想像する。やばい!興奮してきた!
『そうですね。先ずは簡単に魔法というものを知ってもらいます。ようするに座学ですね。』
む、座学か。今日から魔法が使えると思っていたので、少し気落ちしてしまう。どうやらこのテント先生は理論派魔法使いのようだ。だんだん根暗に見えてきたぞくそぅ。
『…以外と表情豊かな人ですね。安心してください。座学が多いのは最初だけですよ。ある程度理解してもらったら、あとは習うより慣れろです。もちろん一つ一つご説明はさせていただきますが。』
座学嫌いが表情に出てしまっていたらしい。しかし先生の言葉で再度気合いが入る。うんうん。先生の話も一理あるし、要するに手綱の意味も知らないで馬に乗るなということなのだろう、納得である。根暗だと思ったのはなかったことにして欲しい。
『ではまずどんな魔法があるかですね。魔法は大きく分けて基本魔法と属性魔法、そして属性魔法からまた派生して火、風、土、水、光、闇、という分かれています。先程お見せしたフライは基本魔法、フレイは属性魔法の火に分類されています。』
『なるほど、属性魔法には人それぞれの適性があるって聞いたのですが。』
『はい。そう言われていますね、もっとも適性がないからといって全く使えないわけでは無く、得意なのは料理だけど、別に洗濯だってできないわけじゃない。そんな程度のものだと思ってください。』
ん?俺が思っていたものとは少し違う答えが返ってくる。てっきり誰でも使えるのが基本魔法、その適性のある人間のみ使えるのが属性魔法だと思っていたのだけれど。
俺の顔に疑問符が付いたのに気づいたのか先生は説明を続ける。
『確かに学園では、あたかも適性属性しか使えないように教わるかもしれません。でもそれは固定観念に捕らわれた勿体ない教えです。先入観さえ失くしてしまえば、案外使えるようになるものですよ。何だったら新しい属性だって使えるかもしれませんよ。魔法なんですから自由な発想で使わないと。』
どうやら先生は、理論派でも、実践派でもなく、超感覚派なようでした。




