自己チューと狐?の冒険3
「森を、わたくし達を助けて下さい!」
部屋に入るなり紫の短毛をした狐のように見えるそいつが
グリーンウォルフのテリアは俺達に投げかけてきた。
******
市場での俺のナイスアドリブが功を成し
布を纏った大男を連れている事をスルーさせた俺達は足早にアシカ亭へと避難してきた。
「テリアちゃんが喋る不思議な動物だってのもビックリだったけど
まさかウルフマンにまで出会うなんて……」
アシカ亭の一人娘、デイジーちゃんは目をパチパチさせながら驚いていた。
このデイジーちゃん、かなりの美人である。花も恥じらう17歳だったか?
腰まであるらしい長い金髪。それを三つ編みにしたものを
首の後ろでまとめたような髪型。なんていうんだ、団子?にした感じ。
本人はコンプレックスのようだが
顔には少しそばかすがあり化粧っ気のない彼女の
素朴な清純さのような魅力を引き出してくれていると俺は思う。
可愛いと思うんだがなぁ。
まぁこれを言うとまじで口聞いてくれなくなるから禁句だが。
(以前クラウドが1ヶ月くらい無視されてた)
俺達が借りている部屋には現在、俺・デイジーちゃん・テリアのみ。
ラガー君は部屋の入り口で待機中。
テリアが帰る条件に俺との話し合いを提示してきたからだ。
ウルフマンに驚いた女将さんだったがデイジーちゃんが
上手く言ってくれたようで特にお咎めもなかったのは凄いと思う。
「色々と聞きたい事はあるんだが、……ハゲはどこ行ったんだ?」
「ハ……、クラウドさんなら
テリアちゃんを私に預けた後、野暮用とか言ってどこかに……」
あのハゲ、身の危険を感じて逃げたってとこか?
まぁテリア自身がいれば、こっちとしては何も問題ないが。
「昨日の夕方、いきなりテリアちゃんを連れて来たんです。
その後すぐ何処かへ行ってしまって……」
なんという脱力感。ハゲめ。まじでむしり取ってやる。
「どこに行ったかはわかんねぇかな?」
「それについては」
今まで黙って俺達の会話を聞いていた紫っぽい毛色をした狐
もといグリーンウォルフのお嬢様が言葉を挟んできた。
「あの薄毛の方にはわたしからお頼みしたのです」
えぇ?なにそれ、どういうこと?
「薄毛さんの信頼できる所へわたしを一時的に預けてもらい
お願いしてある場所へ向かって頂いたんですの」
逃げたんじゃないのか……。チッ
毛を刈り取る大義名分がなくなっちまった。
でもテリアが何気なく言う薄毛という単語に笑いを
堪えるかのように俯き、肩を震わせる
デイジーちゃんを見て少しは溜飲が下がったのを感じた。
「とにかく、ラダ老が心配?してるし、森へ帰ろうぜ?」
「それはダメですわ!」
急に、それまでとは打って変わった大きな声に
俺もデイジーちゃんもギョッとしてしまった。
と思うが早いか、部屋の扉がガン!と開かれ
鬼のような形相の女将さんの鉄拳が
唸りを上げガツン!!と俺n なんで俺!?
「ア、アデルさん大丈夫ですか?」
心底同情するかのようなデイジーちゃん。
血の気が引いてるテリア。
「こ、こうなるから、静かに、な……」
頭を押さえながら絞り出した声に、無言で頷く一人と一匹だった。
頑として森へは戻らないというテリア。
「まず、なぜ人間のギルドに依頼を出したか。に
ついてですけど、以前わたし達の森へ結界を
張ったとされる魔術師様の御子孫を探すためですわ」
「結界?」不思議そうな顔のデイジーちゃん。
「それ、俺も少しだけ聞いたんだけどさ、そもそもなんの為の結界な訳?」
「それは……言えませんわ。でも大変なんですの、それだけは間違いないですわ!」
「どうも要領を得ないな……そいや、ウィルは?」
「ウィルさんなら調べ物があるとかで留守ですよ」
「うぅん、ウィルもクラウドもいないとなると相談しようもねぇな」
「そういえば、ハ、……クラウドさん、馬車は利用してないみた」ぺちん!とあまり痛そうじゃない肉球パンチを
テリアはデイジーちゃんに繰り出した。
「いたっ……くない。柔らかい……」ご満悦のようだ。
「デイジー、口が軽すぎますわよ」
ごめんなさいと口では言うものの
その顔には反省の色はない。むしろもっとやれ的な顔だ。
部屋を見渡す。角に立てかけてあったはずのハゲの物干し竿がない。
「まぁ、あの糞重いって文句言ってた
ロングソードも持ってってるみたいだし、心配は」
更なるトラブルを持ってこない事だが……。
パリン!
ねぇかなぁと出るはずだった言葉は
盛大に割れるガラスの音に掻き消されてしまった。
てかなんだ、なんだ?なんかえらく外が騒がしいぞ?
外からは女将さんの怒号となにやら言い合う声。穏やかそうじゃない物音。
「ちょっと見てくるから」
ドキドキと鼓動が早い。やべえ、またなんか修羅場かよ。こえええ
そうはいいつつも、世話になってるアシカ亭に無礼を働く奴はゆるせねぇ。
ショートソードの柄に手をかけた状態で、部屋の外に出ようとした。その時。
「お嬢!アデルさん!逃げるッスよ!」
ラガー君がドアを開け入ってきた。
「さっ、早く!今は女将さんと親父さん達が時間稼いでくれてるッスから!」
ええええ?なに、なんなの?
良くわからねぇが緊迫した空気に俺はテリアを
自分の皮鎧の隙間に押し込めラガー君の方を見やった。「ついて来てくだせえ!」
「ごめん、デイジーちゃんなんか色々、あとでキチンとお詫びすっから!」
ラガー君を追って店内を全力で走った。
所々で割れる音、言い争う声
アシカ亭の飲食スペースを抜け
裏口のドアを体当たりで開け
そのまま飛び出した……はずのラガー君が何かにぶつかり戻ってきた!
なんだこいつ!?
フード付きの黒いローブで全身包んで、顔さえ見えない。おまけにすげえ体格。ラガー君もデカイがもっとデカイ!
裏口がこいつの体でふさがってんだけど!
「ラガー君、大丈夫か!」
くるんと身を返し、何事もないと言わんと一瞥。
「なんなんスか、てめぇら!」
てめえら!?って事はこんなのが複数いるってのか!
てかこいつ、見た事ある気するが、どこだ?
その一瞬の思考に気を取られた俺は
黒ローブがありえない速度で手を伸ばしてきた事に
反応が遅れてしまった。
「うおっ!?」飛び退くのが遅れた、やべえ捕まる!
そう思った時、黒ローブの伸ばした腕にくらいつくラガー君が見えた。
だが全く動じない、ぜってえ痛いだろそれ!?なんなんだこいつ!
「ウルフマンさんどいて!アデルさん伏せて!」
風を切る音と共に声がした。これ、やばいやつだ!
咄嗟の脊髄反射に身を屈めた瞬間
まるで突風の軌跡かのようなしなりを見せる細長い剣が
伸ばした腕を切り付けた。
「もう一つの厨房側の方に回って!」
そう言い放つはデイジーちゃん。
親父さんの冒険家英才教育の賜物か、ブルティアギルドでは
その若さながらギルドリーダーを任されている剣の達人である。
そう、俺達の上司って事ね。
腕を押さえ後ずさる黒ローブに剣を向け
牽制するデイジーちゃんの背後に回る。
「デイジーちゃん!」
「鍵を持ってくるのに遅れちゃって、これ!」
投げて寄越したのは店の鍵?さっきいってた厨房の鍵か。
ふと黒ローブをみると対したダメージが……あれ、なくね?
しばらく切り付けられた腕を押さえてたように見えたけど、全然血出てねぇ。
ローブの裂け目からなにか、黒光りするものがみえていた。
「ローブの下に鎧でも着込んでるってところですかね」
俺の疑問に答えるかのようにデイジーちゃんは呟いた。
「私の家を荒らすなんて、絶対許さないわ」
そう言い放つデイジーちゃんから
普段の看板娘のような優しい顔は消えていた。
まじ仕事モードの時のこのデイジーちゃんは
なんというか氷のように冷たい雰囲気を感じる。
「今ッス!逃げるッスよ!」
ラガー君の声を皮切りに再び襲い掛かろうとする黒ローブ。
だが怒りのギルドリーダーはそれを許さない。
激しい金属音を後に俺達は厨房に急いだ。
裏口とは別に、食材の受け渡しなんかを行う時のドアがある。
貰った鍵で開け、外に出ると一気に町外れを目指して走り出した。
背後からは暴動かのような音がなおも続いている。
女将さん、親父さん、デイジーちゃん。無事でいてくれよ。
俺はそう祈る事しかできず、ひたすら走り続けた。
******
町外れ。
ブルティアの中心部から北に外れたこの辺りは
主に名産のりんご畑が広がっている。
余程怖かったのか、俺の皮鎧の懐で
ガタガタと奮え丸々テリア。
とにかく、腰を落ち着ける所が必要だ。
いきなり色々ありすぎて全く神経が休まらねぇ。
りんごの一時的な保管をしている
大きめの小屋で一休みしようと提案すると
ラガー君は辺りを警戒に行くと言い駆け足で畑の中へ消えて行った。
「なんなんですの、あの黒い、怖いの……」
小屋に入り、少し安堵したのか鎧から顔だけ出し
テリアは誰に言うでもなく呟いていた。
それについては答えは出ていた。
あ、いや、正体とか目的が~ってんじゃないけど。
なんか見た事あると思ったのは、あれだ。
黒いローブの冒険家PT。
冒険家としてギルド登録してりゃ
その町のギルドリーダーの顔を知らないなんて事ありえねぇし
なんだったんだ、あいつら。
てっきり冒険家だと思ってたけど違ったか?
「……そういえば、……ん?」
チャッチャッチャッ
小刻みに聞こえる音。
なんだ、なんの音だ?
チャッチャッ……
(中入ってろ)そう小さく声をかけると
ヒィッと顔を引き攣らせ懐に潜りこむテリア。
チャッチャッチャッ
扉の前で止まる音。追っ手か!?
ギギィィ……鈍く開かれる扉に向けショートソードを
「なんて顔してんスか……」
ひょっこり出てきた狼顔に お前の爪音かよ!
とツッコんだのは言うまでもない。
ちなみにテリアお嬢様ときたら
音の正体がラガーだと知るやいなや顔を出し
「ラガーの匂いに間違いありませんわ?」だと。
「特に追いかけて来る奴はいなかったッス。
なんなんスかね、あのモンスター」
と、ラガー君の言葉を聞いてギョッとなってしまった。
「モンスター!?人じゃないのか?」
「市場で散々人の匂いを嗅いだんで間違いねぇッス。
あまりにも場違いなくせえ匂いだったんで」
まじか。なんでモンスターなんかが町に、しかも
人の姿で滞在するとか。どういう事なんだ。
でもまぁ、アシカ亭の皆なら大丈夫だろう。
ちなみに、アシカ亭の従業員は元冒険家のコックだの
元傭兵のコンシェルジュだのといった武闘派集団である。
これからどうするよ、と考えあぐねていると
「ペンデールとやらに向かいましょう!
そこはここより大きく頼れる人も多いのでしょう?」
快活なテリアの声に俺は頷くのを躊躇ってしまった。
「驚いたな、ペンデールを知ってるのか」
「お嬢、ここは一度森に帰るべきじゃないッスか?
まさかこんな事になるなんて思わなかったッス。
ラダ老達の判断を仰ぐべきッスよ」
「そうは言ってもなぁ。こっちは北側だし、森に行くには
町の南側にでなきゃならねぇ。もっかい町ん中を突っ切るのは
無しだとしてもだ。迂回するにもあいつらが俺達探して
ウロウロしてないとは言い切れねぇ」
「ほとぼりが冷めるまで待った方がいい……って事ッスね」
大都市ペンデールに行けば例の魔術師の情報もあるかもしんねぇし俺の実家に匿う事もできる。
だけどギルドにはすげぇ顔出しずらいんだよなぁぁぁぁ
俺が黙ったままだったのに不安を覚えたのか
心配そうな顔でテリアが覗き込んできた。
んんんん、もう3ヶ月も経つし
事情を説明すれば協力を仰げるかもしれんし……
自分にそう強く言い聞かせる。
まじで大丈夫か、心の葛藤はあるが、仕方ねぇ!
「よし行こう、ペンデールに!」