自己チューと狐?の冒険14
明かりを遮る暗い暗い森の中を小走りで駆け抜ける。
冷静に考えれば、ウィルを起こしてギルドにいるデイジーちゃん達に
事情を話して準備万端にして行動に移すべきだと。
頭ではそう考えているんだが、それよりも強い焦燥感が俺の中に充満していた。
とにかく早く、手遅れになる前に早く!その考えが俺の他の思考を消していく。
がむしゃらに走っていた俺は気づかなかった。周りの様子に。
森の中の雰囲気に。急に視界が開けたと思った瞬間。
夢で見たあの館が唐突に姿を表した。途端、全身に鳥肌が立つ。
きちまったもんはしょうがねぇ。さっさと用事を済ませて退散しよう。
古ぼけた屋敷をぐるりと囲むボロボロの鉄柵の前に、テリアは佇んでいた。
あれはやっぱテリアだったんだな。と再認識。
と同時になんでここに?とか、何か様子が違くないか?とか
色んな事が頭を駆け巡っていく。
「……アデル」
それはテリアから発せられた言葉だった。多分。
テリアから声が聞こえた、んだが。
いつものテリアとは違う無機質で冷たい声。
闇夜の森の中、違和感は一層強まってくる。
「そうか、前来た時に比べて明るいんだ」
時間的にそろそろ夜が明けてくる頃とはいえ
前に俺が来た時は一寸先も見えないくらいの暗さだった。
それがどうだ。森の中にひっそりと佇む屋敷も、塀も、テリアも。
薄暗くはあるけど、しっかり見えている。森の様子が変わってる……?
「アデル」
再び声を掛けられハッとなる。
いかんいかん、敵地ど真ん中で物思いにふけってる場合じゃねぇ。
早いとこテリアを捕まえてここから離れないと。
「おい、テリアふざけてる場合じゃない。こっちこい!」
思わず姿勢を低くして小声で言う。
だがテリアはその場から一向に動こうとしない。
薄闇の中でも爛々と光る目に吸い込まれそうになる。
まるで俺の全てを見透かしてるような、そんな瞳。
「アデル、わたくしが一つ、あなたの望みを叶えてあげますわ。その代わり……」
テリアの瞳の輝きがより一層強くなった気がする。
本能的にやばい、なんかわからんがこれ以上目を合わせちゃいけねぇと思うものの
体が言う事を聞いてくれない。足が鉄になったみてぇだ。しかも意識すればするほど嵌っていってる気がする。
それでも精一杯の力を振り絞って俺は一歩を踏み出した。
テリアを強制的に連れて行こうと。その時だった。
地面が割れゴーレムの頭だけが俺の前に現れた。
「あのじょうたいから うごけるのか てかげんでもしたか」
ゴーレムから無機質な声が響く。
「そんなつもりは一切ありませんわ」
それまでと一転、テリアの顔がゆがみ歯をむき出して笑う。
「あなたにとって悪い話じゃないと思いません?」
熱でうかされたように顔が熱い。頭が茹で上がりそうだ。
一体どうしちまったんだ俺の体は。
途端テリアが含み笑いをしたかと思うと
堪え切れなくなったみてぇにケタケタと笑い出した。
「大丈夫。すぐに楽になりますわ」
ニヤァッと笑う。ゾクゾクとした悪寒が背筋に走った。
しゃべり方から雰囲気から、テリアじゃない何かがそこにいる。
なんだこの悪意の塊のような感じは。
「どうした はやくしろ」ゴーレムかが苛立ちを含んだ声を出す。
「あともう少しだと思うのですけど
どうにも何か引っかかってるようですね……。
何かに守られてるような……? ではアプローチを変えましょう」
そうテリアが言うと何かが屋敷の扉を開けこっちに近づいてくる音がした。
ギィ、と軋ませながら門を開ける。さすがに薄暗くて顔は分からないが人間だ。
こいつがニーナか……それとも従者とかいうやつか。なんて思っていた。
そいつは背中にやけに大きいロングソードを背負っていた。
おもむろにそれを引き抜くと俺に向かって一直線に歩いてくる。
「クラウド……?」
驚きすぎて声がかすれる。俺の声に反応するそぶりも見せず
ずんずん近づいてくる。殺意を向けながら。
「お、おいおい。何の冗談だ、なんでお前がこんな」
そこまで言いかけて思った。
俺の知ってるクラウドとは、少し、いや随分。違っていた。
髪が、ある。
ふさってる、薄くない。え、もしかしてこれもゴーレム?
なんて事を考えている間にロングソードを大きく振りかぶるクラウド。
ひゅんっと風を切る音と共に弧を描いて振りぬいてくる。
「っぶね!」咄嗟に飛びのき距離をとる。
気付けば、さっきまでの体の不自由感はなくなっていた。
「ほ、ほんとにクラウドなのか?」クラウドの剣術には癖がある。
俺がそれを知ったのは初めてPTを組んだ時だったが
それをゴーレムにまで忠実に再現させてるとは思えない。
そこまで考えた時、ふと閃いた。
テリアの望みを叶えるという話。目の前のふさったクラウド。
初めてテリアと会った時に俺は今クラウドがどこにいるかを尋ねた。
あいつはクラウドに用事を頼んだと言っていた。
どこかへ行ってくれるように、と。
「これが、望みを叶える代償、ってか!?」
俺の声にククク、と声を押し殺して笑うテリア。
クラウドがロングソードを胸の位置でまっすぐに構える。
すぐに背を丸めて低姿勢な格好に。そのまま勢いをつけて前のめりに走り出す。
こいつ得意の突き上げだ。避ける方向を間違うとそのままの勢いでなぎ払われてしまう。
なぎ払う際に軸にする右足側にこっちも姿勢を低くして突っ込む。
相手の思わぬ行動に戸惑ったのか一瞬躊躇するように動きがにぶった。
半ばタックルのような形で右ふとももへダイブ。
クラウドは衝撃に苦悶の表情を浮かべるとロングソードを取り落とした。
一緒に倒れこむと同時にクラウドの腕を後ろに回し身動きを封じる。
「……へぇ。そんな事も出来たのね」
冷ややかな声で呟くテリア。
上手くいったのはこいつの古傷をつつけたからなのだが。
「おい、クラウド! 俺だ俺!」
クラウドは低く唸りながら身をよじるばかり。
「何を言っても無駄よ。クラウドは今、わたくしの忠実な僕なのだから」
「忠実な僕だぁ!?」
「クラウドはわたくしと取引をしましたの。それで望むものを手に入れたのですわ」
そりゃあもうクラウドは喉から手が出たに違いない。そして迷う事なく言っただろう、切実に。
テリアに毛が欲しいと。だが取引って言うならその代わりに何か、クラウドもテリアに差し出したって事になる。
「ふふっ、お分かり頂いたようですね。
わたくしが望みを叶える為に相応の魔力を頂きました。
……魔力を頂く際にほんのちょっと意識を奪わせて頂きましたけど」
コロコロと笑うテリアはまるで悪びれた感じはない。
「もういいだろう やらないなら こっちでやる」
完全に痺れを切らしたゴーレムから声が響く。
「……もう終わりますわ。それに」
まただ、全身に悪寒が走る。まずい、まずいと本能が言ってる。
「もう下準備は出来ていますしね」
ハッと気付いた時には体に力が入らない状態だった。
クラウドを押さえる手が緩み、するりと抜け出されちまう。
「アデル、わたくしは出来ればあなたの意思でわたくしに協力して欲しい、だけど」
頭の中が真っ白になっていく。さっきまでの熱とは反対に身体中の血の気が引いていく。
「心配いらないわ。命を取るような事は致しません、だから安心して心を委ねて頂戴」
なんだこれは。脳を手で鷲掴みにされ揺さぶられるような感覚。
うう、記憶が、あの日が鮮明に蘇る。忘れたい、でも忘れちゃいけない事が。
テリアの声が甘く脳に響く。
「そう。アデル、これがあなたを苦しめるものね。今わたくしが嫌な過去の記憶を取り除いてあげますわ。そしたら ……なっ!?」
「なに、これはどう言う事ですの!?」
気付けば植物のツタのようなものが
俺の全身に絡まっていく最中だった。
「してやられたな あのろうじんに まんまと いっぱいくわされたな」
「ここまできて……、逃さない!」
その声にどこからとも無くウルフマンの群れが現れた。
ボーッとする頭でその様子を見る。あれはガロンさんか?
ラダ老もいるな。どうしたんだ?そんなおっかねぇ顔で?
俺に絡みつくツタが俺を守るように襲い掛かる狼とクラウドを
容赦なく払いのけていく。
「アデルっ! わたくしは、……!」
そしてついにそのまま地面にひきずり込まれた。
完全に土に埋まるその前に声が頭の中に響いてくるのが分かった。
(来てはダメだと、言ったでしょう……)
******
気付くと森の外。あたりはすっかり日が昇っている。
むくりと体を起こして見回す。うん、間違いなくブルティアの郊外だ。
一体何がどうなってるんだと頭をひねっていると
腹の辺りで何かがもぞもぞと動くのを感じた。
「うおわっ!?なん……なんだ、これ?」
見ると麻の糸のような、こぶし程もある人型の繊維のかたまり。
もぞもぞもぞ……それが俺の腹の上で動いている。
気持ちわる!と払いのけようとした所で俺は気付いた。
あん時俺を地面に引きずりこんだのはこいつじゃないか……?
「~~~~」
人形が何か音を発した。全然わかんなかったけど。
「~あ、~ん~~ん~」
今度は少しわかった、人間の言葉をしゃべ……気持ちわる!
そう思った時には人形をばしっとはたいていた。
「なにするんですか!せっかくなけなしの魔力つかっ」
ふらふらと立ち上がりながらも急に
はっきりとした声でしゃべり始める人形。
「おおお、しゃべれる。しゃべれてますよ!」
よくよく見ると顔のあたりに目・鼻・口っぽいくぼみがある。
声はそこから出ているようだった。
「な、なんだお前。なんで俺にくっついてたんだ」
「それはもちろん、あの時助けたからに決まってるじゃないですか」
やっぱそうだ。こいつが俺を地面に引きずりこんだ犯人だ。
ん?助けた……助けたって言ったか?
「あのまま、あそこにいれば今頃あなたはあなたの友人のように
意識を奪われゴーレムのように操られてたでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前、まさか……」
「はい。今でこそ、このような人形の姿ですが……
大陸にその名を轟かせる天才魔術師ニーナとは、私の事です!」
ババーンと胸を張る人形。
うわぁ、なんだこいつ。
今までの中でダントツに胡散臭い。
「その、眉をひそめて胡散臭い物を見る目をやめてください
いくらなんでも傷つきます!最悪泣きますよ!?」
うぅわぁ、なんだこいつ。
今までの中でダントツにメンドクサイ系だ!
じりじりとにじりよってくる人形。
適度な距離を保ちつつ離れる俺。
「と、とりあえずあの場から
抜け出せた事については礼を言う。けどよ」
「わたしさんを信用出来ない、というんですね」
わかってるじゃねぇか。というよりこちとらただでさえ
テリアの事やらクラウドの事やらで思考が追いついてねぇんだ。
「そうですね、まずは話合えるレベルにまでならないとですね」
そう言うと人形はそれまでのふにゃふにゃした動きから
シャキッと固まっちまったかのように棒立ちになった。
「わたしさんの事についてお話しましょう」
「知ってるよ、全部じゃねぇけど。
大陸一の魔術師でゴーレムを操っている張本人、だろ」
「ご明察!」人形が胸を張る。
「なにがご明察、だ。てめぇが何したのか分かってんのかよ」
するとそれまで割りと快活な口調だった人形がトーンを落とした。
「そうですね、わたしさんのせいで多くの人を傷つけてしまった」
「そうですね……って、まるで何とも思ってないみてぇだな」
怒りが沸いてくるのがわかった。
このまるで他人事みてぇな態度が気にいらねぇ。
「あなたが思っている事は大体分かりますよ」
ほんの少し間を置いて人形がぽつりと言った。
「それで提案なんです、アデル・ノートさん」
「提案?」
「はい。わたしさんに協力して頂きたいのです」
「お、おいおい何なんだ一体。協力?ふざけるな、なんで協力なんざ」
人形はしゃべらない。ただ深く頭を下げているだけ。
このまま不毛なやり取りとこの空気が続くかと思ったが
「見つけたー! もうアデルったら探したんだからね~!?」
けたたましい声を上げながらこっちへ向かってくるウィル。
「しょうがねぇ……このままここでこうしてても埒があかねぇしな。
あっちに俺達が借りてる宿がある。そこで事のあらましを教えてもらおうか」
「いえ、待ってください」
人形は両手をびしっと伸ばし俺を引き留める。
そうこうしてるうちにウィルが俺達の所まで辿り着いてきた。
「はぁはぁ、もう一体こんなとこで~……ってなぁにそれ?」
毛玉を指差し興味津々のウィル。
「はじめまして。あなたも魔術師ね?」
しばしの沈黙の後めいっぱい口を開けたウィルが叫ぶ。
「にっ 人形がしゃべった~~!?」
******
「ちょっと! これってどういう事なのアデル!?」
ウィルのマグマが噴出したかのような怒涛の怒りが俺を襲う。
「いやいや、俺にも何がなんだかわかんねぇんだって!」
「はいはい。落ち着いて下さい、ふたりとも」
人形が俺達の間に割って入る。シュールだ。
「あなたも魔術師ならわたしさんが魔力で動いている事はわかるでしょ?」
「う、うん。すごい技術だよ、こんなの見た事ない」
言われた人形はどや顔なのか腰に手をあて胸を張るポーズをしている。
「と、こんな事してる場合じゃないわ。わたしさんには時間がないのです」
「時間? どういうこったよ」
「当初わたしさんはあなた達に依頼するつもりだったの。
万全の状態でシルフィーに奇襲をかけて欲しいってね」
シルフィー?こいつの言ってる事がいまいちピンとこない。
「あなたはもう会ってるわよ、もちろんそっちのあなたもね」
ふう、と息をつくとニーナ人形はその場にペタンと腰を下ろした。
「今、この体で動けているのはね。ケアロおじいさまのおかげなのよ」
ケアロってゴーレムに襲われて連れ去られた例の封印の魔術師の人か。
「わたしさんの体、この人形ね。これを構成する為の魔力は
ケアロおじいさまから頂いたものなのよ」
「もらった?そのじいさんも今同じ所に捕まってるのか?」
ニーナ人形はふるふるを首を振る。
「残念ながらおじいさまはもう亡くなられたわ。
わたしさんの所に来た時、もうすでに助からない状態だった」
「今のわたしさんはね。ゴーレムの維持の為に魔力のほとんどを吸われ続けて
自分の体すら動かせない程衰弱してるの」
「ええっ!? ちょっと待てよ。吸われてるって? 自分で造ったゴーレムだろ?」
「そうね。わたしさんのだわ。確かにわたしさんのゴーレムなんだけど
今やコントロールは完全にロンドが握っているわ」
ロンド、って聞いた事あんな。誰だっけ……?
俺がウィルに顔を向けるとウィルも困ったように眉をひそめていた。
「そんな他の人が生成したゴーレムをほいほいと他人が使えるもんなのか?」
俺の疑問にウィルがふるふると首を横に振る。
「無理だよぅ。ゴーレムと魔術師を繋ぐ魔力は一方通行なんだ」
「いい所に気がついたわね。あいつは魔力の逆流を利用してわたしさんの体を操ってるのよ」
自分の繊維の塊のような体をバシバシ叩いてみせる。
「あ、操るって……んな事言っても現にお前はここにいるじゃねぇか」
「ああ、なるほどぉ。もしかして意識分離の応用魔法とか?」
「流石魔術師、話が早くて助かるわ!」ウィルの言葉に嬉しそうに指を立てる人形。
おおーとか言われても何言ってんのかサッパリわからん。
「簡単に言うと魔術師版、幽体離脱ってとこよ」だそうだ。
「おじいさまは私に自分の残りの魔力をすべてペンダントに込めて託してくれたのよ」
「ペンダント?」言って親父のペンダントを思い出す。
いくら魔術師同士でも魔力を軽々と譲渡する事は出来ない。
大抵魔力の受け皿になる物に込めて渡す、というのが普通らしい。
「そう、魔術師が魔力を分け与える時に使うアイテムがあるのよ。
だからこうして話すのも、この体を動かすのももうあと僅か。
万が一の為にあなた達を助ける為にと思って残しておいたけど
それも大半をつかっちゃったしね」
ニーナ人形がじとっと俺を見る。
「まぁあの時がその万が一の時だったと思っておくわ」
ニーナ人形はコホン、と一つ咳払いをすると
「改めてお願いするわ。わたしさんに協力して欲しいのよ」




