自己チューと狐?の冒険13
「アデル、まさかとは思うけどクラウドの事忘れてないよね~?」
集落へ向かう道の途中、不意にウィルが目を細め聞いてくる。
正直忘れてたというか消息が全然掴めず何をどうしたらいいか
わからんというのが素直な気持ちだが。
「あいつが転送用の便箋を使い捨ての奴にしてなきゃなぁ」
そう。俺が痛恨のミスで手紙を放置しちまったもんだから
あのハゲの手紙の内容は消えてしまい読めずじまいだった。
本来であれば元になる手紙は複数印刷されてもいいように
使い切りのものは使用しないもんなんだが。
今回あいつはそれをやっちまったようで魔力不足で印刷不可だと
魔便局で言われてちまって手紙の再入手が出来ていなかった。
これじゃそもそも俺かウィル、どっちかしか受け取れねぇだろ。
「まぁ、手紙自体は無くなったわけじゃねぇからブルティアで読めばいいんだけど」
そもそも、テリアをアシカ亭に預けたままどこかに向かったクラウド。
確かに俺はアシカ亭で話した時、テリアに頼まれて行動したと聞いた。
そん時の会話で確か、移動には馬車を利用しないとか言ってたはずだ。
そう遠くへ行った訳じゃねぇとは思うが、ここまで消息がわからんのも心配にはなる。
「まぁ、あのハゲの事だ、忘れた頃にひょっこりでてく いって!」
唐突に前を行くスライが立ち止まったおかげで盛大にぶつかった。
「おいおい、なんだよ。どうしたんだ?」スライは答えない。
その視線の先、土煙を上げ何かがこっちに向かってきてる。
遠くで馬のいななきが聞こえたかと思うと突然腰が浮くかと思うほどの強い衝撃が。
「うわ、うわぁ!」「な、なにこれぇ!?」
地面が揺れる、なんだ地震か!? しゃがみ込み辺りを見回す。
すると耳をつんざくような音と共に地面を突き破り姿を現したのはなんとあの黒ローブのゴーレム。
くぐもり、聞き取りづらい声がゴーレムから響く。
「にげられたか? いや まりょくは たしかにここにある」
今まで見たゴーレムよりも一回り大きなそいつはゆっくりと地面から這い出してきた。
「なんだよ、そっちに行くまで待っててくれるんじゃあなかったのか?」
腰に付けた拳程の独楽のような道具に触れながらスライが話し掛ける。
その言葉に反応する事なくゴーレムは俺達をひとしきり見渡すと
一点を見つめ大きな腕を振り上げウィル目がけて振り下ろす。
「あぶね!」反射的にウィルを突き飛ばす。
腕は避けられてもなお地面をえぐるように何度も何度も突き続ける。
その振動は激しく足元がおぼつかねぇ! 身動きがとれない俺達を確認するや否や
四つん這いの状態でアワアワしてるウィルに向けてもう一方の腕を伸ばそうとしていた。
「ウィル! ウィル! 狙われてるぞ!」
ありったけの声で叫ぶも地鳴りに消されて届かない。
「くそっ踏ん張りがきかねえ!」何度も体勢を崩しながらもスライがゴーレムの足を払おうとするも
僅かな傷をつけるので精一杯のようだ。
と、不意に俺の目の前を何かがよぎった。
一瞬の瞬きの間にそれはゴーレムの真下まで近づいたかと思うと腰に下げた
細身の剣を抜き放ち息つく暇もない程の剣速でゴーレムの足を削り取ってしまった。
「大丈夫ですか、皆さんっ」
「デ、デイジーちゃん!?」
ボロボロになった足で身体を支える事ができなくなったゴーレムの下半身は
音を立てて崩れていき残ったのは腰から上のみに。
悔しそうに地面を叩きつけるとローブから突き出した腕からジャラジャラと勢いよく鉄の鎖が垂れていき
ゴーレムの胸元を埋めていく。「あっ、おい!」
スライの声も虚しく一瞬にしてゴーレムは鎖の輪の中に溶けていくように沈んでいってしまった。
「な、なんだったんだ……ありゃあ」
******
「それよりも、どうしてデイジーちゃんがここに!?」
「わぁ、ほんとだ。デイジーちゃんだぁ!」
おたおたとおぼつかない足取りで立ち上がるウィルと手を繋ぎ小躍りするデイジーちゃん。
サリーの時もそうだったが、ウィルは女の人に好かれる何かがあるらしい。
「いやあ、本当助かったぜ。あんな状況でよくブレずに打ち込めたもんだ、なぁ」
「だな。デイジーさんって言ったか。若いのによく……ん?ちょっと待ってくれ。デイジー……? それってまさかブルティアの疾」
一人首をひねりスライがポツッと呟いた。
「しっ??」俺もウィルもスライの言葉に頭の中、?がいっぱいになる。しっ??
スライは何かを言おうと口を開けた。開けたまま固まった。口をあんぐりと開けて。
いや、違うな。どこか見て……
あっ
察した。
背中越しに伝わるこの殺気。
禁句か。禁句なんだな、そのしってワードは。なんかよくわからんが。
「おお~い、置いてくなんてひでぇッスよ!待って欲しいっス! 馬なんて扱った事ないんスから~!」
間の抜けた声。見ると数頭の馬を引き連れた見慣れた姿が。
馬の手綱を引いてこっちに向かってくるのはなんとラガー君だった。
「えぇっ!? ラガー君まで!?」
「わたしがペンデールにアデルさん達を訪ねたんです。
丁度入れ違いになってしまったようで……その時にお会いしたんです。
なんでも、どなたかがいなくなってしまったんだとか」
んん?? 嫌な予感。
「はあはあ。お嬢! いるのは分かってるッス、どこっスか!?」
到着するなり声を荒げるラガー君。するとなぜかキョドり始めるウィル。
「え、えぇ~? テリアちゃん~? ペンデールで待ってたんj」
「ふが、ふが」……なんか変な声?音?がしる。ん?とお互いがお互いの顔を見合わせる。
「ふが、ふがふがふが……」
今度ははっきり聞こえた。しかも俺の近く、ってかウィルから。
「さっ、さっきのゴーレムかなぁ!? モンスターかもぉ!?」
キョドりながらそう言うウィルの表情は青ざめていた。なになに?とみんなが顔を覗き込む。
大量の汗をかき、怪しさ爆発のウィルを凝視していると
突然ウィルの背負う小ぶりなリュックがもぞっと動いた……。
「ふがふが」もぞもぞ……
「あっあっ、あぁ~~なんでもないからぁ!」
泣きそうなウィルの背後に回り思いっきり開けてみた。
「ぶはーっ! もう窮屈でたまりませんわ!
まだそのゴブリンの集落とかいう所には着かないんですの?
……って、あら?デイジー?」
そこにいたのは狭いリュックの中、身動きのとれない状態で納まる
グリーンウォルフのお嬢様だった。いつの間に!
「ううう、ごめんなさいぃぃ。テリアちゃんがどうしてもって言うから……」
「いやいやウィルさんは悪くねえッス! どうせお嬢が超絶駄々をこねたんでしょ!」
フン、とそっぽを向くテリア。
「あのなぁ、テリアよ。お前の事を考えてああしたんであってな」
「わかってますわ。わたくしの心配をしての配慮でしょうけれど。
それならむしろアデル達と一緒にいた方が安全だと思いますの!」
「あのなぁ、いつまた飛び出すかもしれねぇだろ。原因がわかんねー事にh」
「デイジーがどうしてここに居ますの?」
俺の話なんざ聞いちゃいねぇ。
「しゃーねー。一度ペンデールに戻るか」
「えええ!折角苦労して抜け出してきましたのに!」
ブンブンブンブン。残像が見えるレベルで首を振る。
「その件なんですけど」とデイジーちゃん。
「アデルさん達にはこのままわたしとブルティアへ戻って欲しいんです」
「えっ なんだ? どうしたってんだ?」
「それが、原因不明の体調不良者が町から出ていまして。それも1人、2人じゃないんです。
ゼノ先生もお手上げで、それでペンデールで診てもらえないかとお願いに上がったんですよ」
******
それから俺達がアシカ亭についたのは真夜中過ぎだった。
俺とウィルは現状を知る為にそのままギルドへ。スライには
ラガー君とテリアを任せアシカ亭に残ってもらう事になった。
「こっちです。もうゼノ先生の所のベッドも埋まってしまって
狭くて申し訳ないのですが仮設としてギルドの施設を使ってもらってるんです」
来賓用の宿泊スペースには簡易ベッドがいくつも組み立てられていた。
そこに10人はいるだろうか。ぐったりとした表情の町の人間が横たわっていた。
「おかえりなさい、リーダー! あれっアデルさん?」
タオルと水の入った器を手に忙しそうに動き回っていた
ギルド受付のシャンちゃんが俺達に気付いて小走りで近づいてきた。
「それで、ペンデールはどうでしたか!?」
「お疲れ様です。問題なく受け入れてもらえるとの事で
明日の朝一番でギルドの大型馬車を向かわせると」
「よかった~~」安堵した顔でへたり込みそうになる。
「んで、一体全体どういう事なんだ? 変な病気でも流行ってるのか?」
安堵顔から一転、深刻な顔で首を振るシャンちゃん。
「安心せい。疫病なんかの類とは違うもんじゃ」
シャンちゃんの背中越しにそう答えるゼノ先生、今年72歳になろうってのにその姿は全く老いを感じさせない。
「八百屋のとこのせがれが体調が悪いと駆け込んで来たのが最初だったんじゃが
詳しく調べてる間に同じ症状の患者がドンドン増えてくる始末での。こりゃいかんとデイジーに助け船を出したんじゃ」
「それで原因は判明したんですか?」
「うむ、恐らく間違いない、間違いないが」
「ほ、ほんとですか!? それは一体」デイジーちゃんの顔が輝く。
「待て待て、わかったと言うても治療方法が見つかった訳じゃないぞい」
「う、そうなんですね……」うな垂れるデイジーちゃん。
「じゃが、きっと解決のヒントにはなるはずじゃ」ごほん、と咳払いをすると俺達の顔を見渡す。
「この世に魔法なるもんがあるのは、お前さん達なら知っとるよな?」
「え?ああ、このウィルなんかまさに魔術師だしな」
「うむ。この世のあらゆるものには、ほんの僅かでも必ず魔力といわれるものが
含まれとる。これを使って超常のチカラを発揮する者を我々は俗に魔術師と言うとる」
そう言いながらゼノ先生は指を鳴らす。するとなんと指先がほんのり光りだした。
「この体内に含まれとる魔力は当たり前じゃが無限ではない。使い過ぎればなくなってゆく。
そしてこれは体力のように休めば回復するものとそうでないものがおる」
手をパッと開くと光は消えてしまった。
「では魔力がなくなるとどうなるのか」
ウィルを指差し答えを促すようにニヤリと笑う。
「えと、魔力がなくなっていくとぉ。激しい脱力感だったり身体に悪影響を及ぼしていきます」
「うむ。その通り。魔力は生命力に直結しておる。故に完全に空になった時、人は命を失う」
「そういやそんな話し聞いたな。魔力が自然に回復しない奴らってどうなるんだ?」
「いい質問じゃアデル。自然に回復しない魔力を補充する方法、それは至って簡単。他からもらえばいいのじゃ」
「じゃあまさか、この状況は何者かが町の人達から魔力を奪う事で起こしていると?」
デイジーちゃんの言葉にゼノ先生は首を振るばかり。
「あくまで可能性の話じゃ。大体今じゃそういう特殊な体質の者達の為の魔力補給剤は至る所で売っとる。
そんな他から魔力を奪うような行為は遥か昔の技術が進歩しとらん頃の話じゃ」
「んで、今更なんだが俺達を探してたってのは?」
「おお、そうそう。それはワシが頼んだんじゃ。お前の親父さんに話を通してもらえんかと思うてな」
「あ、今わかった。それでさっきの話が俺に繋がる訳ね。確かに魔術関係なら親父に見せるのが一番だな」
「うむ。事は一刻を争う。頼んだぞアデルよ」
******
そこかしこがベニヤ板で補強された痛々しい姿のアシカ亭。
親父さん、女将さんは俺達を見るなり大喜びで迎え入れてくれた。
黒ローブに襲われた後、思った以上に大変だったようで
アシカ亭の従業員の実に半分以上が怪我で休んでいた。
俺が謝り倒す中、頭にぐるぐると包帯を巻いた料理長はそんな俺を笑い飛ばし
久しぶりのケンカで楽しかったから気にするなと言ってくれた。
(女将さんには壊れた壁やらガラスやらケガして出てこれない従業員の代わりに
しばらくうちで働いてもらなわいとねぇ……と満面の笑みで言われた)
例の症状の事は親父さん達も聞いて心配しているらしかったが
「飯屋が最初に逃げ出しちまったんじゃ、残された連中の胃袋は誰が守るんだ」
と、最後まで避難しない事に決めていると豪語された。
これを聞いた女将さんの呆れたような、でも誇らしいような。そんな顔が印象的だった。
朝になればペンデールから大型馬車がくる。
それに合わせて俺達もゴブリンの集落へ再出発する事になった。
ギルド用の緊急連絡用の魔便箋を使わせてもらい親父への手紙は送付済み。
一応ゼノ先生にも普通の便箋で書いたもんを渡してある。
漠然とした不安や焦燥感みたいなのもあるがとりあえず今は出来る事から潰していくしかねぇ。
少しでも寝ようとベッドに潜り込むといつの間にやら深い眠りについていた。
明けて次の日。
俺は目を覚ますと深い霧のかかる森の中にいた。
「え? なんで?」
素で出る言葉。そらそうだ。辺りを見回すとなんとなく見覚えのある風景。
「あれ?ここはブルティアの……森だよな?」
そうだ、ラダ老にとっつかまったあの場所だ。
でもなんで俺はこんな所で寝てるんだ?
体中の土や葉っぱを払いながら立ち上がる。と
背中から声を掛けられた。というか声がぶつかってきた。
何言ってるかわからんと思う。俺もわからん。
ただ声ではあるんだが衝撃波のようでもあるものが突然ぶつかってきた。
『アデルさん……ですね?』
振り向こうとするが体が動かねぇ。
そう思った途端、声も出なくなっちまった。かろうじて目だけが動く。
(なんだ、どうなってんだこれ。ってかお前誰だ)
『わたしさん』声が一旦止まる。
『わたしさんはニーナ』
それまで濃い霧に包まれていた森が嘘のように晴れていき明るくなっていく。
『封印の魔術師と呼ばれるペンデールの魔術師、ニーナ』
(封印の……!じゃあやっぱり、あの肖像画はそうだったのか)
相変わらず体は動かない。と、開けた視界の先に
古い洋館がひっそりと佇んでいるのが見えた。
『あれが彼の言った魔術師の館。わたしさんと彼がいる場所』
遠目に見えていた洋館がだんだんと近づいてくるように見える。
彼? わたしさん? わたしさんとかいうのがニーナだとして
彼って? 目だけが勝手に一人で歩いてるみてぇに
どんどん近づいて見えてくる。なにこれ怖いんだけど!
正面の門まで近づいた時、ふいに俺の目は二階の角部屋の前に移動した。カーテン越しにだが奥に誰かがいるのがわかる。
『アデルさん』
ニーナの声はか細く弱々しい。
これが大陸一の魔術師?余程そうとは思えない覇気のなさだ。
『今あなたにこの映像を見せているのは警告の為です』
(警告? どういう事った……?)
『絶対に』
『館へは近づかないで下さい』
「はぁ!?」
その言葉を聞いた瞬間、体は俺の言う事を聞いた。
振り向くとブルティアのギルドで見たあの背の高い女。
先のハネた栗色の短い髪をピンできっちり留めたデコ全開の女。
ニーナの表情は血の気もなく暗く、足元はおぼついていない。
大きくよろけたかと思うと前のめりに倒れ込んでくる。
あぶねぇ!と、ついつい抱きとめた……のはいいんだが。
摑んだ俺の手は乾いた土くれのような塊。
え?え?なんだこれ?と混乱しているとニーナが顔を上げ
「いいですか、ぜったいに……」
ボソボソと呟くニーナの姿は段々と薄く透明になっていき
やがて完全に消えてしまった。
その直後俺の体もボロボロと崩れ始めると
森にも再び濃い霧が立ち込めていった。
飛び起きるとベッドの上。
少し日が昇ってきてるのかぼんやり薄暗い部屋の中で
俺の荒い呼吸が響いていた。
「アデル、ちょっと大丈夫なの?」ウィルが気づくとすぐ横にきていた。
「すごい苦しそうにうなされてたよ、大丈夫?」
そう言いながら俺の額に手を置くウィル。
「熱はなさそうだけど……」
「あ、ああ、大丈夫大丈夫。ここ最近の疲れが一気にな、ははは……」
なぜか俺は今見た夢の内容をウィルに言う気になれなかった。
「うわ、汗でびしょびしょだな。ちょっとサッパリしてくるわ」
「ね、ねぇほんとに何ともないの?アデル……」
「おう!」自分でも分かるくらいぎこちない笑顔だった、と思う。
でもウィルはそれ以上何も言ってこなかった。
体を拭き服を着替えると一階のテラスへ出る。
日が昇り始めているとはいえ、少し肌寒い。
さっきの夢、あれは多分本当の事なんだろう。
根拠はないがそう感じさせる何かがあの夢にはあった。
それに、あれが本物だとすれば指定してきた館は森の中にある事になる。
これは罠か? わざと情報を与えておびき寄せる為?
でも、あの夢で見た疲れきった弱々しい姿からは
すげえ魔術師にも悪巧みしてそうな悪党にも見えなかった。
ボーっと風に当たりながら夢で見た館の事を考えていると
目の端にきらっと光る何かが見えた気がした。
月明かりに光るそれはまっすぐに森に向かっている。
赤い軌跡を描きながら一直線に。
と、一瞬立ち止まると俺の方を振り向いた。
「テリア……?」声を出したと同時に影は森に向かって走り出した。
ああ、もしかしてラダ老に会いに行ったのか?だとしても……
今、なぜか嫌な予感がしてたまらない。
それも悠長にしていられる感じじゃない、今すぐいかないと!と。
理由のない焦りが俺の中で大きくなっていく。まるで何かに急かされるように。
こっそり部屋に戻った俺は寝息をたてるウィルを起こさないように
愛用のショートソードを手に取ると一人テリアとおぼしき影を追うために森に向かう事に決めた。




